第二話⑦
……本日二度目の喫茶店である。
さすがに名前を知ったばかりの人間を家に上げる気にはならず、適当に入ったチェーン店だ。
もちろん、俺だけではなく紗香さんも同席している。
これは俺や紗香さんが言い出したことではなく、ツノガミ後輩が「伊藤先輩もお願いします。お二人にお話ししたいことがあったので」と言ったからだ。
さて、二対一で対面するように座っているけど、俺たちと後輩の表情は全く別物。
俺たちが困惑を浮かべている反面、後輩は変わらず微笑を湛えている。
「もう帰っちゃったのかと思って内心ドキドキでしたけど、お二人が並んでると目立つから、すぐ見つけられてよかったです」
突発的な行動ではなく、計画的。
なら、今の言葉や振る舞いも、何か考えがあってのもの……なのかもしれない。
とはいえ、そんなものに付き合っているほど暇じゃない。
結構時間かかるんだよ。ボロネーゼ。
「で、わざわざ待つほどの話しって何?」
「……もうちょっと世間話してもいいと思うんですけど」
分かりやすく不満げな表情を浮かべつつ、後輩は鞄に手を伸ばす。
そして取り出したのは、茶封筒。
「実は私、見ちゃったんですよね」
言いながら彼女が見せたのは、二枚の写真だった。
一枚は、夕暮れの中、加藤家の玄関を開く俺と、中に入ろうとする紗香さんという構図。
もう一枚は、玄関の鍵をいじっている紗香さんと、それを待っている俺という早朝の写真。
文春砲か!
と突っ込めばいいのか迷いつつ後輩を見ると、変わらずニコニコと笑顔を浮かべていた。
「これ、動画から切り取った写真なのでわかりづらいかもですけど……ご本人ですし、どのシーンかわかりますよね?」
改めて言うのもなんだけど、帰宅時と外出時だ。
それがどうした。というか、なんでコイツ堂々とストーカーの証拠見せびらかしてんだ?
わけわからん。
そんな俺たちの表情をどう捉えたのか、後輩は笑みに若干の加虐さを混ぜながら言う。
「学生でこれって、けっこうマズくないですか? 先生たちに知られちゃったら、結構ヤバいと思うんですよぉ」
……なるほどね。
紗香さんと目が合って、同じように感じたことが分かったから、確かめるべきことを訊ねることにした。
「……何が目的だよ」
その言葉を待ってました、とばかりに後輩は言う。
「加藤先輩たちって、ウォーレン先輩が信也先輩に近づくの手を貸しましたよね。そんな感じで、私に協力してください!」
「……信也との間を取り持てってことか?」
「はい! できればウォーレン先輩たちとは――」
「断る」
俺の即答が受け入れられなかったのか、若干勢い込んだままの状態で固まる後輩に、俺はもう一度告げる。
「断る」
さすがに二回も言われれば聞き間違えるはずもなく、受け入れるしかない。
ついさっきとは逆で、狼狽を見せる後輩は、叩きつけるように他の写真を広げた。
「い、いいんですか!? バラしちゃいますよ!?」
「好きにしろよ」
「わ、私たち生徒はいいかもしれませんが、学校からしたら認めるわけありません! 不純異性交遊だって、PTAだって――」
「それはない」
まぁ、確かに、高校生が恋人の家に宿泊だなんて話、学校が公に認めることはできないだろう。
恋愛の自由は黙認していても、度を越した異性交遊は外聞に悪いと判断するだろうからな。
でも、俺たちに限ってその対応はない。
これは俺たちが付き合ってるとかどうとか、そういうレベルの問題じゃない。
「学校側は知ってるからな」
「そうだね」
紗香さんに水を向けても、当然同意が返ってくる。
なんたってこれは、家族が同じ屋根の下に住んでて何が悪い、ってレベルの話だ。
「……そんな、でも……」
上手くいくと思っていた策が破れたからか、軽く絶望している後輩に、紗香さんが学生証を見せた。
そこに書かれているのは、“加藤紗香”の文字。
色々と面倒だから、先生たちも伊藤呼びで統一してるらしいけど、書類上は完全に加藤だ。
「そんなっ、……先輩たちばっかりズルいっ……!」
「狡いのはお前だ」
俺たちの何がズルいのかはわからないが、それだけは言える。
「俺はあいつの友達だ。だから、俺に言ってきたのはわかる」
ウォーレンさんもそうだったし。
でも、そのためにとった行動は彼女とは真逆で悪手だった。
大方、主導権を握るために先に写真を出したんだろうけど、それこそが悪手。
悪手も悪手。敗着だ。
「人の弱みを握って操ろうとするようなやつ、友達に近づけるわけねえだろ」
本当に好きなら、ただ協力してほしいって言えばよかったんだ。
そうすれば、ウォーレンさんと同じくらいとはいえ、もっと確実に協力を得られたのにな。
……こういう、卑怯な人間は苛々する。
「俺は行くけど、どうする?」
「私は……」
紗香さんは少し迷う素振りを見せ、
「先に帰ってて?」
と苦笑した。
「わかった」
それだけ返して、俺は店を出た。
紗香さんが帰ってきたのは、一時間経つか経たないかといった頃。
お互い後輩には触れず、ただいつも通りに夕飯の準備を済ませていく。
そして無事に調理は終わり、茹でたフィットチーネに盛り付けたボロネーゼ、その他サラダなどの実食へ。
「うん、美味しい」
「それは良かった」
「セロリ、入ってるって言われないとわかんないね」
「肉の臭みを消すためって感じなんかね」
以前作った時と同じく、ウェブのレシピ通りに作ったからその辺はよくわからん。
「結構作ってたみたいだけど、作り置きしておくの?」
「冷凍すると結構もつんだってさ。パスタ以外でも、厚切りのパンにソースとチーズ乗せて焼いてもいいから、一週間ももったことないけど」
「それ絶対美味しいよね。今度しよ?」
勿論、と快諾。
そんな風に談笑する中で、紗香さんはポツリと言った。
「ちょっとビックリした」
「?」
「光毅くんって、怒っても家族以外には表に出さない人だと思ってたから」
その言葉が何を指しているのかなんて、考えるまでもないことだ。
「普通に出すよ。今回みたいな、卑怯なやり方は大嫌いだから尚更だけど」
「でも、私だって」
「紗香さんとあの子は違う」
そう断言しても、紗香さんは納得できないらしく、その顔は晴れない。
せっかく上手くできた料理だ。
陰りを見せる表情はすぐに切り上げてしまった方がいい。
「紗香さんは卑怯だったわけじゃない」
「……じゃあ、私の場合どうやったら卑怯ってことになるの?」
何がそんなに気になるのか、食い下がる紗香さん。
あまり考えたいことではないけど、答えなきゃ納得してもらえ無さそうだから、考えてみることにした。
「……自分から手を出して、襲われたってことにするとか。他の女子を宛がって、こんな奴だからって流れに持っていくとか、そんな感じかな」
「ごめん、聞いておいてなんだけど、それは私も引く」
うん。俺も言いながら自分で引いた。
ストーカーと盗撮よりよっぽどタチ悪いわ。
「だろ? そんなことしない人だったから、今こうしてるわけだし」
「そっか……」
納得したらしい紗香さんは、再びフォークを動かし始める。
ただ、そこで言葉は止まらなかった。
「でもね、私、角之上さんの気持ちもわかるんだ」
「……あんなことをした理由?」
うん、と紗香さんは首肯する。
そして、次に口にしたのは、あの後輩があんなことをするまでの経緯。
「角之上さん、最初は普通に頼もうとして、私たちに話しかけようとしてたんだって。でも顔見知りでもないし、先輩だし、話しかけられなくて、結果的にずっと後をつける形になっちゃって……」
「家に入るところを見た、ってことか」
紗香さんは頷く。
で、さすがにそこから朝まで張り込んでいたわけじゃなくて、朝早くから見張って、家から出てくるところを確認したらしい。
「その行動力、別のところに生かせばいいのに……」
「うん……そうだね」
でも、少しわかるんだ。
そう紗香さんは、先の言葉をもう一度呟いた。
「焦っちゃって、でもどうすることもできなくて……最初の目的を果たすことだけに目が行っちゃって、間違った方法をとっちゃう気持ち。……自分でも、間違ってるってわかってるはずなのにね」
言って、紗香さんは苦笑した。
それは、自嘲……だろうか。
だけど、それもすぐになくなって、彼女の表情にはいつもの笑顔が浮かんでいた。
「光毅くんの言い分には賛成だけどね。私だって、逆の立場だったら絶対通報してたし」
「……通報したほうがよかったか?」
「たとえ話だよ」
いや、たぶん紗香さんは普通に通報するだろう。
なんとなく、そう思った。
それは男女差別じゃなくて、異性に対する拒絶の度合い。
普段の、他の男子に対する紗香さんの振る舞いを見ているせいか、そんな気がした。
夕食後、一服してまったりとした後、
「じゃあ、結果、見せあおっか」
紗香さんはおもむろに立ち上がり、そう言った。
まぁ、変に引き延ばすもんでもないし、否やはないと俺も準備する。
部屋に向かい、入ってきた紗香さんと成績表を交換。
「……まじか」
総合順位の結果は、俺が6位で紗香さんが5位。
総合の点数も1点しか差がなかった。
「……ぎりぎりだったね」
さすがにこの結果は紗香さんにしても予想外だったようで、若干呆れにも似た苦笑を見せていた。
正直に言ってしまうと、自信はかなりあった。
自信というか、勝つんじゃないかっていう予想というか。
「今まで10位を行ったり来たりだったし、今回はかなり良かったんだけどな」
「私も。案外、競い合うのってバカにできないのかもね」
俺だけじゃなく、紗香さんも今回は普通に成績が上がったみたいだ。
とはいえ、勝負は勝負。
「俺の負けだし、俺にできることなら何でもするよ」
「うん。じゃあお願いしよっかな」
紗香さんは微笑んで、居住まいを正した。
「……お試し期間のこと、忘れて欲しいんだ」
「……忘れる?」
「あー……、忘れるっていうのとはちょっと違うかな」
彼女自身、どう伝えるべきか迷っている。
そんな感じの、言葉を選んでいる様子に見えた。
「私がしたことをなかったことにしてなんて言える立場じゃないし、忘れてなんて言えないけど……光毅くんってさ、人の振る舞いの理由とか言葉の意味とか、考えちゃう人だよね」
「それは……、……そうかも」
面と向かって言われると、あんまり褒められた癖とは思えないから、歯切れ悪くなってしまった。
そんな俺の肯定に、否定的な感情はないと言わんばかりに緩く笑い、紗香さんは言葉を続けた。
「……だから、きっと前の私と今の私の行動を、比べて考えてると思うんだ」
今度こそ、俺は言葉を返せなかった。
図星だったから。
何かと以前の彼女と比べて、そこにある意味を考えてしまっていたから、否定することは当然として、肯定することもできなかった。
「だから……だからね、それをやめてもらえたらなって」
「……前と、比べて考えること?」
「……うん。私が試してたことじゃなくて、今の私を、そのまま……」
まだ、彼女の中で俺を騙そうとしていたことは、許されないことだって重く残っているみたいで、まるでその願いが許されないことであるかのように、彼女の言葉は言い切られる前に萎んでいく。
これはきっと、俺のせいだ。
言葉足らずのまま一人にしたから、「間違ったことをしている」と自覚していたらしい彼女は、余計に思い詰めてしまったんだ……と、思う。……確信はないけど。
確信はなくても、同じ過ちは、繰り返しちゃダメだってことはわかる。
「わかった」
「……いいの?」
「もちろん。……普通に言われてもそうしたと思うけど、勝負で負けたしね」
「……そっか」
ただの承諾じゃ半信半疑みたいだったけど、勝負のことを付け加えたら、もう少し信じてくれたみたいだ。
……だけどこれじゃまだ足りないってことも分かってる。
このままじゃ、たぶん紗香さんは俺が以前の振る舞いと比べていると……まだ演技だって疑っているんじゃないかって、考えてしまう。
それでは駄目だ。
「……次もやろっか。勝負」
「え? いいけど……」
意外そうにこちらを見る彼女の視線がなんとなく気恥ずかしくて、つい逸らしてしまったけど……、ここでやめたら意味がない。
いや、意味がないわけじゃないけど、たぶん、言葉にしないと伝わらないから。
「俺が勝った時は、紗香さんにはやめてもらおうかな」
「……え?」
何を言ってるのかわからない。
もしくは、何をやめるのかわからない、かな。
「俺が勝ったらさ」
そんな彼女に、俺は勝った時の願望を告げる。
「試した時のこと気にするの、やめてもらうから」
本当の意味で、俺たちが俺たちらしく向き合えるように。
そんな願望も込めて。
第二話終了です。
明記しない程度にいちゃいちゃさせることの難しいこと難しいこと……。
ここまでお読みくださりありがとうございます!
ブクマ、評価をしてくださった方々には、感謝の念に堪えません……!
第三話は書ききってからの投稿となる予定です。
書きたいシーンは思い浮かんでも、そこに至るまでの経緯を書ききれないジレンマ……。




