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第二話⑥

 時は何事もなく流れ、五月の下旬。

 数名の阿鼻叫喚と共に終わった中間試験の採点も終わり、授業の度に起こる一喜一憂の波も過ぎて、個人個人に成績表が渡される。

 総合点に、各教科の点数と平均点、そしてそれらの順位が書かれたその付箋サイズの紙だ。


 で、放課後である現在、俺は喫茶店に来ていた。

 隣には紗香さん。


 向かいには、信也と赤城さんとウォーレンさんが座ってる。


「……俺ら必要なくね?」

「いやいや。やっぱり公正な判断って必要じゃん?」

「もう順位は出てんだから公正も何もないだろ」

「言い出しっぺなんだから協力してくれよ!」


 そう。

 この場は以前赤城さんとウォーレンさんが争っている、信也への絶対命令権を賭けた勝負の結果を見るためのもの。

 絶対命令権ではないかもしれないけど、似たようなもんだろ。


「えっと……前の期末試験との得点差が高い方が勝ちなんだっけ?」

「いいえ、違うわサヤカ」


 真剣な面持ちでウォーレンさんは訂正する。


「それだと、元々出来の悪……点数の低かった方が有利でしょう?」

「だから、前回と今回の教科の順位差で勝負しようってことになったんだ」


 そう説明した二人の美少女が視線を交錯させる。

 ああ、これが世にいう火花を散らすってやつね。

 でもその火花が散ってる場所って、たぶん信也がいるところなんだよな……まぁ実際に被害があるわけじゃないし、どうでもいっか。


「じゃあ確認しようか」

「なぁミッチー。こういう時って、もうちょっと雰囲気とか大事にするとこじゃね?」

「雰囲気出したいなら三人でやった方がいいと思うぞ」

「じゃあ確認しよっかな!」


 なんかこいつ、三人だけになるのビビってる?

 嫌がってるとか怖がってるとかではなさそうだ。……でも、確実に三人だけになるのを避けたがっている。

 一緒に勉強してる間に何かあったのか?

 ……とも思ったけど、それにしては女子二人に変化はないし、学校でも変な様子はなかった。


 まぁ何かあるにしても、こいつなら本当にヤバい“何かがあった”ならもっと表に出すだろう。

 そう結論付けて、信也の成績表を見つめる三人の姿を眺めることにした。


「「!?」」


 女子二人から見て取れたのは、明らかな驚愕。

 でも、そこには歓喜も悲哀もない。ただ単純な、驚きだった。

 まぁ、そうなると結果は一つだろう。


「なんだ。同じだったのか?」

「そうなんだよねー」


 乾いた笑いを浮かべる信也を見て、俺は納得した。

 前回と今回の得点差、順位差、平均点との差。

 奇跡的というかなんというか、その全てが同じ。

 この結果が分かっていたから、こいつは俺たちを同席させたかったんだろう。


「……ッ」

「――ッ」


 何とも言えない顔をしてる女子二人を、自分が捌けると思ってないから。

 ……本当に、自覚が足りないというか、なんで自分のことになると全く考えが及ばなくなるのか、理解できないっていうのが本音だけども。


「……どうすんべ」

「二人になんかしてやればいいじゃん」


 この程度のことも思いつかなくなるくらい、頭が回らないんだから。

 まぁ、俺の発言をきっかけにしたかったって可能性もあるか。



 さて、美少女たちの勝負に決着がついたことで話題は当然その内容へと推移する。

 そうなると、俺と紗香さんは完全に部外者である。


「帰っていい?」

「後生やさかい」


 ふざける余裕はあるようだけど、まぁ毒を食らわば皿までという感じで差し出されたメニューを開く。


「信也が奢ってくれるって。何食う?」

「え?」

「任せてけろ!」


 紗香さんにとっては唐突に感じられたんだろうが、まぁこのやり取りは互いに引け目とか感じないようにするためのものであって、大した意味はない。

 紗香さんは少し悩んだ末にチーズケーキ、俺はガトーショコラを頼んだ。


 運ばれてきたケーキをフォークで口に運びつつ、ああでもないこうでもないと会話を弾ませる三人を見守る。

 軽く食えるものがなかったからケーキにしたけど、ガトーショコラは正解だった。

 ケーキそのものはビターだし、甘さも生クリームを調整すればいい。


 ふと横を見ると、美味しそうにケーキを食べる姿が目に映った。


「……」

「……?」


 スッ……と皿を差し出しても反応が今一だったので、ケーキをフォークに刺し、紗香さんに差し出してみる。


「?」


 疑問は感じているようだったが、彼女はそれを食べることにしたようだ。

 美味しかったらしく、食べる紗香さんの表情が少し綻ぶ。


「……俺らはどうする? 今見せる?」

「帰ってからにしようよ」


 ケーキの残りを食べながら訊ねたのは、俺たちの賭け。

 信也たちと違って、単純に総合順位の高い方が勝ち。

 とはいえ、勝った時の命令というかお願い、何も考えてないんだよね。

 言い出しっぺの紗香さんはもう決めてそうだけど。


 ……というか、結局彼女が何を考えて提案したのかわからなくて、結構ビビってる自分がいる。

 変なことを言われることはないとは思ってるけど、「テストで勝負」なんて紗香さんが言い出すようなことに思えないから、想像がつかないんだよ。


 何かしてほしいことがあったから提案したのか、それともただ単に気まぐれなのか。


 負けた時のリスクを考えないはずはないから後者の方が可能性は低そうだけど、もっと低いところで俺に何か注文してほしいことがあるっていうことも考えられなくはない。……皆無と言っていいほど内容は想像できないけど。


 俺のしたいお願い……命令、ねぇ……。

 朝は放置でいいよ、とか?

 ……それ言ったらすげえ嫌そうな顔しそうな気がする。


 結局考えはまとまらないから、正面にも意識を向けてみた。


「ビュッフェなんて、したいこと丸わかりじゃない!」

「あら、そういうリンカだって同じことを考えてるんでしょう? わかる。わかるわ。わかるからこそ先は譲れない……!」

「なら私は先にケーキバイキングに行くし!」

「二人とも……俺の財布の事とか考えてる?」

「「 信也は黙ってて!! 」」

「ふぁいッ!」


 友人よ、そこで引いてしまうとは情けない(自分なら引かないとは言ってない)。


「……三人はどうなってるかわかる?」


 他のことを考えていたから、信也たちの会話がよくわからないことになっていた。

 単純に行き先を決めるのとは違う気がする。


「どっちが先にデートするか話し合ってるみたい」

「……ああ、なるほど」


 ご褒美は信也と遊びに行く(たぶん信也はデートだと思ってない)ってことになったけど、先に仕掛ける方が(たぶん)有利だから、その権利をどっちも譲れない……みたいな感じね。


「今の『デート』って発言にも気付かないくらい集中してんな」

「そのくらい大事なことなんだよ」


 実感こもってるね。

 そんな言葉が出そうになったけど、飲み込んだ。

 付き合ったことないって話も噂でしか知らないし、なのよりそこまで踏み込んでいいかわかんないし。


「……親父たちって、デートとかしてたんだよな」

「うん。さすがについて行ったことはないけど」

「やっぱり大人のデートって、俺らみたいな高校生のするデートとは違うんかね」

「どうだろ……取り敢えず、お店はやっぱり違うんじゃない?」

「あー……最初に会った店とか?」

「そうそう」


 ああいう「大人!」な雰囲気の店は子供には無理だわな。

 フォーマルな服なんて、制服くらいしか持ってないし。つーかスリーピーススーツ持ってる学生とか、どんなセレブだよって話だ。持ってても服に着せられるイメージしかわかない。


「あとは……夜景とかかなぁ」

「あー、なんかしっとりしてる感じあるわ」

「あはは、そうだね」


 そのイメージはテレビとか映画もあるけど、特にこの前の旅行で見た夜景スポットの記憶が強いからだ。


「長崎も多かったよなぁ」

「でもカップルで行きたくなるのもわかるよね。綺麗だったし」


 カップルでっていうのはよくわかんないけど……確かに、静謐な暗闇の中で灯る街の明かりは煌びやかで、でもどこか儚くて、圧倒されるのとは少し違うけど心に来るものがあった。

 紗香さんはスマホを操作していたかと思うと、苦笑しながら画面を見せる。

 そこに映っていたのは、夜景をバックにした紗香さんと沙織さんだった。


「……やっぱりカメラだと違うよね」

「これも綺麗なんだけどな」


 なんとなくその流れで旅行の写真を一緒に眺めながら話していると、三人の話し合いも終わったらしく、少し静かになった。


「どうするか決まったのか?」

「あ、うん。それな」


 訊ねた信也から返ってきたのは、なんとも歯切れの悪い肯定だった。

 まぁそれもそのはず。


「一人ずつじゃなくて、三人で行くことになったわ」

「行き先を決めるのはまた後で、ってこともね」


 友人の悩みが解決するのはまだ先の事らしい。

 まぁ、美少女二人に言い寄られてるっていう状況は、他の男子からすれば贅沢な悩みだ。

 ……本人にその自覚がなさそうなのが、一番の問題なんだけどね。




 行き先を決めるのは後日っていう言葉通り解散となり、俺と紗香さんはそのまま家路についた。

 今日の夕飯当番は俺だけど、食材は既に購入済み。


「何作るの?」

「今日はですね。ボロネーゼを作ろうと思います」

「三分間クッキング?」

「ご安心ください。レトルトじゃありませんよ!」


 そこは心配してない、と紗香さんは笑う。

 取り敢えず夕飯がパスタでも気にしないようで良かった。あと気にするのは、一点。


「紗香さんってセロリ大丈夫?」

「うん。パクチー以外は何でも大丈夫」

「パクチー駄目なんだ」

「うん……あの匂いがね。セロリくらいなら全然平気なんだけど」


 パクチー……食ったことないから想像つかないわ。


「光毅くんはダメなものある?」

「あー……ピーマンがダメだった」


 そうなるとは思ってたけど、紗香さんは意外そうな顔をした。

 そして、それも不安そう? な顔になる。


「ピーマンの肉詰めとか青椒肉絲とか、作っちゃったね」

「ダメだった、って言ったろ? 昔はダメだったけど、味覚が変わったのかちゃんと食えるようになってた。紗香さんの料理が美味いからかな」

「……またしれっとそういうこと言う」


 お世辞じゃないんだけどなぁ。

 なんてことをいつも通りに話しながら、電車を降りて駅を出る。

 横に美少女がいるせいで前以上に感じるようになった、周りからの視線の圧力。そんな面倒なものがそれなりに減って軽い開放感を覚えるから、自然と足取りも軽くなる。

 ……のが、それこそ「いつも通り」なんだけど、


「あ、やっと来ましたね。先輩」


 この日は、少し日常から外れていた。


 先輩。

 その言葉通り、声をかけてきた女子生徒は、紗香さんと同じ制服で同じ学校であること、そして学年章とリボンの色が一年であることを示していた。

 だけど、俺はこの子を知らない。

 正確に言えば、見たことはあるけど名前も知らない女子だ。


 だから紗香さん。俺に胡乱気な目線を向けないでください。

 何も悪いことはしてないはずだ。


 だが、女子生徒の視線が俺(そしてたまに紗香さん)に向けられているのは事実。


「……えっと、どちら様って聞いていいかな」

「あ、はい。私、角之上つのがみかなでっていいます」


 恭しく名乗り、お辞儀をして見せたツノガミ後輩はにっこりと微笑みを浮かべ、言った。


「少しお時間いただけませんか?」


 と。


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