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第二話⑤

ラブコメ勢のいないまったり布石回

 時は流れ、日曜日。


「起きて、光毅くん」

「……おきます」

「今日誘ったの光毅くんだよ? それなのにいつもと同じっていうのはないんじゃないかな」

「……めんぼくしだいもございません……」


 ぷりぷり怒っているっぽい(瞼が重くて開かないので実際がどうかわからない)紗香さんに精一杯の謝罪をするが、揺らす手は止まらない。

 もぞもぞと手を動かしているうちに、震源地に辿り着いたらしい。

 掴んでいると揺れは止まり、平穏が訪れる。

 ……そう、平穏なんだけどね。


「……なにしてはるんですか」

「握ってきたのは光毅くんだよ?」


 いや、俺の記憶が確かなら、掴んだのは手首のはずだ。……よく覚えてないから自信はないけども。

 ともあれ、にぎにぎと強さを変え角度を変え、手を握ってくる紗香さん。

 なんかよくわかんないけど、これはこれでよろしくない。


「……おきるからはなして……」

「……しょうがないなぁ」


 何とか起床して、準備を済ませていく。


 コーヒーを飲みながら、「起こすときコーヒーか紅茶を持ってきてくれれば解決するんじゃね?」と思ったけど、それは甘え過ぎだと思い直す。

 コーヒーを淹れるのは俺の役目だしね。これ以上負担を増やすのは嫌だし、避けたい。


 ……紅茶か。


「食後に飲むの、紅茶の日もつくろうか」

「急にどうしたの?」

「偶に趣向を変えたら新鮮かなって」


 他意はない。

 それを察したのか、紗香さんはそれ以上は聞かず、


「光毅くん、紅茶の淹れ方は知ってる?」


 と話題を変えた。


「いや、知らないから調べるつもりだった」

「なら今度教えてあげるね」

「あー、うん。頼むわ」


 紅茶の日の導入は決定したらしい。

 まぁ、その日がいつになるかはよくわかんないけど、茶葉を買ってからになるのかな?


「じゃあそろそろ行こっか」


 コーヒーの一服を終えたら、連れ立って家を出る。

 外出する時間には少し早いけど、朝食を食べる時間を考えれば少し遅いくらいか。



 で、そこから時間は少し流れてお昼ちょい前。


「普通に食べられてよかったね」

「だな」


 カフェで一休みしながら、上機嫌な紗香さんの言葉に同意する。

 朝食のために向かった先の店では、ほとんど待つことなく席に座ることができた。

 朝からパンケーキなのは少し驚いたけど、平日は予約必須、土日は行列必至な店なだけあって美味かった。

 ふわふわでとろける様な口当たりのパンケーキは、家で作れそうにないし。

 欲を言えば、もうちょっとゆっくり出来たらよかったんだけどね。さすがに他のお客さんが並んでるところでまったりはしづらくて、今こうして改めて休憩してるわけだ。


「ねえ光毅くん、今日の予定ってどのくらい決めてる?」

「ん? あー、コーヒーカップを買うってことくらいかな。夕飯?」


 外で済ますのかどうかの質問かと思ったが、紗香さんは緩く首を振った。


「ううん。時間あったら紅茶も買いに行こうよ」

「いいよ。行くところは決めてる?」

「うん。お母さんが好きでよく買ってたところなんだけど……銀座の、ここ」


 検索したらしいスマホを見ると、フランス語か何かの店が表示されていた。


「銀座って高いイメージあるけど」

「そうだね。それでも、普通の茶葉ならお店で飲むより安上がりだったりするんだよ」


 普通……か。


「因みに、普通じゃなかったら?」

「うろ覚えだけど……ダージリンのファーストが、50グラムで一万五千円……だったかな?」

「いちまっ……」


 やべえ、ダージリン舐めてたわ。

 ただの蘊蓄美少女じゃなかったんすね。

 確かに、紅茶と言えばダージリンだもんなぁ……と勝手な納得をしている間にも、紗香さんは画面を操作していく。


「確か、生産地でストライキがあって、そのせいであんまり手入れとかしなかったらしいんだけどね? 逆にそのせいで逞しく育ったとか何とかで、近年稀に見る美味しい茶葉ができたとかなんとか」

「……それ、セールストークじゃね?」

「かもね」


 同じように考えたのか、それともどちらでもいいという程度なのか。

 その判別はつかないけど、紗香さんは苦笑しながら同意した。


「何探してんの?」

「んー、淹れ方の詳しい説明?」


 スマホの画面を眺めていると、確かに紅茶の淹れ方に関するサイトが並び、そのいくつかを新しいタブで開いたり閉じたりしているのが見えた。

 しかし、それもすぐに止まり、検索画面に戻っていた。


「あんまり知ってるのと変わらないし、私が教えるね」

「ん? ああ。よろしく」


 だが別の物を調べるらしく、紗香さんは操作を続ける。

 一応俺も見てるし、それを止める気配もないけどさ、マナー的にどうなんかね。

 お互いがそれぞれのスマホをいじってる状況なら、もう一緒に行動する意味なくね? と思うけど、見てるのは一つのスマホ。

 無許可で覗き込んでるなら明らかなマナー違反だけど、スマホの位置的に俺も見ておいたほうが良さげな感じだし。


「どうかした?」


 実際、ちょっと身体を離したら不思議そうな顔をされた。

 その表情だって、前の「好意を持ってます」ってあからさまに表現するような笑顔とか、離れたことに「残念で悲しんでます」って感情を作ってる感じでもなく、自然に見える。


 ……そこに込められた意味を読み取るっていう行為そのものが、無意味なのかもしれない。

 家族だし。

 その上、同じ家族でも、口数が少なくて感情が表に出ない親父とは違う人種なんだから。


「いや、なんでもないよ」

「ふぅん?」

「前に見たカップあるじゃん。あれ、在庫増えてたりするかな」

「どうだろ。行ってみないとね」


 そんなこんなで小休止を終えた俺たちは、改めてカップ探しに精を出した。



 結論から言うと、カップも紅茶も無事購入することができた。

 カップは親父たちの分と、俺たちの分の四つ。紅茶はクセがなくて飲みやすいということで勧められたファイブオクロックティーを買った。


「店員さん、混乱してたね」

「だなー」


 苦笑気味の言葉に、俺も苦笑してしまう。

 同じデザインのカップを買ってプレゼント包装まで頼んだ男女が、別のカップをああだこうだと見繕い始めるんだから、実情を知らないと意味分からんわ。

 まぁそんなこともあったけど、無事に買えた俺たちは、次の目的地に向かっていた。

 向かう場所は日本橋。銀座からは地下鉄なら二つ先で、近からずとも遠からず。


「……ケチらずに電車で行くべきだったかな」

「私も持とうか?」

「いや、大丈夫。予想よりちょっと遠いなって」


 大丈夫じゃなさそうなのは、紗香さんの足。

 女性の靴の種類は知らないけど、彼女の履いている靴が長距離を歩くのには向いてないことはわかる。

 まぁ長距離ってほどじゃないんだけどさ。電車とか休憩を挟まない、継続的な距離を歩くのはどうなのかなって。

 ただ、当の本人はあまり気にする素振りはない。


「お母さんたちも、せっかくの休日なんだからちゃんと休めばいいのに」


 むしろ、俺たちと待ち合わせしている両親のことを気にかけていた。

 少し怒っているように見えるくらいだ。


「夕飯の仕込みとかは特にしてなかったよな?」

「うん。帰るのいつになるかわかんなかったし」


 まぁ、その辺はしっかり親父たちも確認してから連絡して来たんだろう。

 当人たちがデートしてて、子供たちも外出してるからせっかくだし……なんて動機ではないと思いたい。


「食事って言ってたけど、そこでカップ渡す?」

「あー……うん。そうしよっか」


 食べ物じゃなければ、店も嫌な顔したりしないだろうしね。


「勉強は進んでる?」

「いや、一緒にやってるじゃん」

「そうなんだけどね」


 クラスが違うから、さすがに授業の進み具合は少しづつ違うだろうけど、家での勉強はよくお互いに聞いたりするから、どの程度進んでるかも知ってる。

 傾向的には、紗香さんは文系が得意で、俺は紗香さんより理系が得意って感じか。

 まぁ傾向の話であって、俺は化学がそんなに得意じゃないし、現代文は同じくらいとか例外もある。


 そんな学生らしい(?)会話をしながら歩き、目的地に着いた俺たちは、まだ待ち合わせの時間までけっこう余裕があったからカフェに寄って休憩。

 さすがに服とか装飾品はターゲット層が違うから、ウインドウショッピングも憚られるってことで、丸善とかに寄って時間を潰した。


「一回帰ってもよかったかな?」

「いや、一回帰ったらまた出かけたくなくなりそうだし……」

「あー……」


 紗香さんが納得した理由はわからないけど、俺にしてみれば、今の家は居心地が良すぎる。


「そうだ、せっかく日本橋まで行くんだし、一軒だけ寄っていいかな」

「いいよ。何のお店?」

「長門っていう和菓子屋さん。知ってる?」


 知らない、と首を振る。

 俺にとって長門と言えば、そう、戦艦だ。風立ちぬでも震災時に活躍したから登場したり、大和が有名になる前には国民にとって一番人気のある軍艦だったらしい。

 明らかに関係ない。


「久寿もちっていうわらび餅が一番有名だったかな? でも、そこの羊羹も美味しいんだよ」

「羊羹?」

「うん。私は羊羹の中で一番好きかな。甘すぎないし、普通の羊羹より歯ごたえがあって、たぶん光毅くんも好きだと思う」

「へぇー、それは楽しみかも」


 水羊羹ほどではないにせよ、羊羹だって結構しっかりした口当たりだと思うんだけどね。

 かなり近いという紗香さんの案内に従って、結構狭い通りを進むと、


「「あ」」

「あら」

「……お前たちも来たのか」


 両親に出遭った。

 まぁ、紗香さんが知ってる店なんだから、沙織さんが知っててもおかしくないわな。


「紗香、ここの切羊羹好きだったでしょ? だから買って帰ろうと思って」

「ああ、うん」


 その手には、すでに買ったらしい紙袋が下げられていた。

 親父の手にも同じ意匠の紙袋が見えるけど、あっちは会社に持っていくとかその辺か。


 なんというか、出鼻をくじかれたってわけじゃないけど、微妙な肩透かし感。

 紗香さんと顔を見合わせ、互いに苦笑を浮かべた。


「……親父たちは今日は車?」

「ああ。乗って帰るか?」


 いや、食べた後どっか行くんじゃねえの?

 と思ったのは俺だけだったのか、


「うん。そうしようよ」


 と紗香さんは受諾した。

 ……なんか、微妙にいい笑顔なのは何でですかね?

 歩き方とか見ても、疲れてるってわけでもなさそうなんだけど。


「紗香さん、車好きなの?」

「? 特に好き嫌いはないよ? 光毅くん免許取るの?」


 なんか話が明後日の方向にぶっ飛んだ気がするけど……まぁいっか。


「できるだけ早く取りたいかな。バイクもちょっと興味あるし、できたら大型とかの二輪も」

「えー、バイクはやめようよ。危ないし」

「そうかな」

「そうだよ」


 まぁ、そこまでこだわってるわけじゃないからいいんだけどね。



 その後、俺たちは親父たちがほとんど偶然予約できたっていう中華のお店に行って食事をして、プレゼントを渡してから、先に話していた通り親父の車で帰宅した。

 沙織さんが助手席で、俺と紗香さんが後部座席だったけど、助手席に女性がいて、その人と親父が普通に話してるっていう光景がなんか新鮮だった。

 そんな話を紗香さんにしたら、


「あー……確かに、初めて見た時は私もそんな感じだった」


 と少し意外な言葉を加えて同意した。

 俺より先に……たぶん、何か月も前に会ってるから、そういうこともあるだろう。


「そっか。初めてじゃなかったんだ」

「うん。と言っても、数えるほどしか乗ってないけどね」


 お母さんに悪いし。

 そう言いながら、コントローラーを操作する手は止めていない。

 彼女にとってそのくらい当然の事なんだろうけど、ならなんで今日は車で帰ることにしたんだろう、っていう疑問が湧くんだけどね。


「……どうかした?」


 口にはしなくても、目線がつい彼女の足に向かっていたようだ。

 特に侮蔑とか嫌悪感は抱いてるようには見えないけど、訊ねたくなる程度には気になったらしい。


「結構歩いたから、大丈夫かなって。何ともない?」

「大丈夫だよ。あれくらいなら結構歩くし。光毅くんって、実は過保護だったりする?」


 純粋な疑問じゃない、どこか茶化すような声音に、つい視線を逸らしてしまった。


「悪い。軽く見たわけじゃないんだ」

「こんなことで機嫌悪くしたりしないよ。ただ、ちょっと意外かなって」


 意外かな。

 男所帯だったってわかってる紗香さんなら、すぐわかりそうなもんだけど。


「女の子の扱いとかよくわかんないんだよ。……他人行儀なら普通にできるけど、そういうんじゃないだろ?」

「……そういうんじゃないって?」

「そこ聞く?」


 わざわざ口にするには気恥ずかしい。

 伝わると思ったから言葉を濁したのに、そこを改めて聞かれると余計に恥ずかしく思えて、口にするのは難しかった。

 誤魔化すように質問を返しながらかち合った目が、その誤魔化そうとする俺とは違ってやけに真っ直ぐこちらを見ているように思えて、二の句が継げなかった。

 そんな俺に、紗香さんは失望するわけでもなく、かといって満足するわけでも勿論なく、


「まぁ、女の子の扱いに慣れてるって言われた方が、どうかなぁって思うけどね」


 と微笑み、モニターへと視線を戻した。

 画面には、製作会社のロゴが映し出されている。


「……今日は勉強いいのか?」


 今回の映画を借りてきたのは今日。

 完全に思い立っての行動だ。


「いいよ。リスニングの勉強ってことで」


 考えを変えるつもりはないらしい。

 まぁ、俺も紗香さんも、信也のような焦って詰め込むタイプではなく、日頃から積み重ねていくタイプだから問題はないだろう。

 そもそも、今回のテストだって、あの勝負がなかったら改めて取り組もうとは思わなかっただろうしね。


 そう結論付けて、モニターに視線を移す。

 不意に過ったのは、この前信也に言ったこと。


「……そういえばさ、動画配信サービスってあるじゃん」

「あー、あるね」

「あれ、登録しようか」


 そのサービスについて言ってたのは信也で、聞いたのはアニメに関してだったけど、確か海外ドラマとか映画もやってたはずだ。

 俺の提案に、紗香さんは少しだけ意外そうな顔をしていた。


「映画好きみたいなのに入ってないから、何か理由があると思ってた」

「映画が好きって言っても、趣味ってほどでもなかったしね」


 よく見ると言っても、以前はそこまで頻度は高くなかったし、地上波の昼、夜やってる映画を撮れば十分だった。


「前はそんな興味なかったけど、今くらいの頻度で見るなら、そっちの方がいいかなって」

「うーん……」


 紗香さんは何か迷っている様子。

 結論が出るのを待っていると、紗香さんはその迷いを口にした。


「お得っていうのもわかるんだけど、お店で何見ようか探してるのも好きなんだよね」

「俺も好きだよ」


 実物を見て選びたい、っていう趣向が同じなのは前から知ってる。

 それに、定額制は見放題って利点はあるけど、特になる分だけ見ないと損するとか考えそうだし、そういう義務感で見るのは何か違う気もする。


 同じ迷いかわからないけど、口に手を当てて考え込んでいるらしい紗香さん。


「また後で考えようか。始まってるし」

「……そう、だね。うん。そうしよう」


 映画を見ていると、子供に手造りのプレゼントを渡された親が、子を抱き上げるシーンがあった。

 まぁそれは主人公とは別の家族で、主人公は羨ましそうな複雑な表情でそれを眺めてるんだけど。


「……親父も沙織さんも喜んでくれたな」

「……だね。お父さんさっき早速使おうとして、お母さんに一回洗ってからって止められてたよ」

「……よっぽど嬉しかったんだな」


 ちゃんと家族として認められるかどうか、なんて不安はそう簡単には拭えないだろうし、無理もないって話なのかもしれない。

 特にうちの親父の場合、口下手で子供に気に入られるっていう柄じゃないしね。

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