第二話③
ウォーレンさんと別れ、帰宅。
「どうするの?」
「あー……、まぁ取り敢えず信也には伝えるよ」
「……じゃあ、凛香には私から言っておくね」
「ああ。頼む」
ウォーレンさんからの昼食に関するお願いを、信也だけでなく赤城さんにも伝えるのは、何を隠そうウォーレンさん自身からの提案だった。
下手に隠したり、どちらかに肩入れさせて、紗香さんと赤城さんを仲違いさせたくない、とのことだ。
「本人からも赤城さんには伝えるって言ってたけど……それって宣戦布告だよな?」
「そうだねー」
軽っ。
友達なのにそれでいいのか? と口に出したわけじゃないけど、顔には出てしまっていたらしい。
少し機嫌を損ねたように顔を背けながら紗香さんは言う。
「友達だから、凛香には上手くいってほしいって思うよ。だけど……あ、凛香から電話。ちょっとでるね?」
どうぞどうぞ、とリアクションで示すと紗香さんは通話を始めた。
てっきり部屋を出るのかと思ってたら、ソファに座ったまま通話している。
……おかげで、思いっきり動揺してる声を拾ってしまった。
『な、ななななな、なんでウォーレンさんが信也に!?』
「そこまでは聞いてないけど、少なくとも冗談とか遊びでって感じじゃなかったかなぁ」
『だ、だだ、だって信也だよ!? オタクで、バカで、朴念仁で、マンガ家なんて夢見てて将来性も感じられないあの信也だよ!?』
「私としては、凛香が本当に彼のこと好きなのかなって疑問が湧いて来たんだけど……」
赤城さんには悪いけど、紗香さんに同意せざるを得ない発言だった。
まぁ、そこまで正確に把握しておきながら好きでいられるっていうのは、ある意味最高の相手なのかもしれないけど。
ともあれ、盗み聞きに終始してるのは人としてどうかと思うので、俺も勤めを果たす。
と、その前に。
音をスマホが拾わないよう、紗香さんの耳元で小声でフォローする。
「(無理しないで)」
「っ!?」
――無理そうなら、そうウォーレンさんに言うから、そう伝えて。
そんなことを告げる前に、びくっと跳ねるように身体を揺らした紗香さんに睨まれた。
いや……睨んだというより恥ずかしがってる、か?
若干顔も赤いし……、そうか。彼女は耳が弱いのか。
なにそれエロ消えろ雑念!
煩悩を振り払うようにスマホに集中し、信也にメッセージを送る。
『――紗香? おーい、さやー? 聞いてるー?』
「あ、ううん。ごめん、ちょっと虫にびっくりしちゃって」
悪い虫ですね。わかります。いや、おじゃま虫か。
悪気はなかったんだ。ほんとだよ? ……後でちゃんと謝ろう。
そんなことを考えていると、信也から返信が来た。
『食わしく』
うむ。あいつもだいぶ混乱しているようだ。
前に送ったのは「昼、一緒に食う時女子一人増えても平気か?」という内容だった。
なら今回は、「ウォーレンさんがお昼混ざりたいって、俺と紗香さんに言ってきた。一応言っとくと、あの人は俺に興味ないから変な気を起こすなよ」ってとこか。
送信する俺の横では、通話を終えたらしい紗香さんがこちらが一段落するのを待っていた。
「赤城さん、どうだった?」
「私としては、さっきの悪戯について言いたいことがあるんだけどなぁ」
「いや、邪魔になったのは悪かったと思ってるけど、悪戯じゃないんだって」
こっちにも聞こえるくらい赤城さんが狼狽していたから、無理そうならこっちで断っておく、的なフォローを伝えたかった。
そう説明すると、「……まぁいっか」と一応納得してくれた。
「凛はアリサさんと一回話して、それからちゃんと決めるって」
「そっか……。なんか、昼飯が大事みたいになっちゃってるな」
まぁ、好きな相手に一歩でも近づきたい。一分一秒でもいいから側にいて、少しでも親密な関係になりたいと思うのは自然なことだろう。
信也から借りたマンガを読む限りでは!
実際にどうかは知らん。皆が皆そこまで情熱的で積極的とは思えないし、そんな気持ちを抱いても、行動に移せるかどうかはまた別問題だろうしね。
「男神くんは?」
「返事がない。屍のようだ」
いや、赤城さんの襲撃を受けてたらあり得るかも。
と思っていたら着信。
『たす』
安らかに眠れ。
翌日、朝顔を合わせた信也は、頬に引っかかれたような跡があった。
猫かな? たぶん泥棒猫ではないだろう。
「ひどい目に遭った……」
「自業自得じゃね? 知らんけど」
「知らないなら傷口抉るなよ!」
尤もですな。
「あ、そうだミッチー。今月中間考査あるじゃん? 今週か来週の日曜、どっちかの家で勉強しようぜ」
「悪い。予定あるから無理だ」
「チクショウ! 成績いいからって余裕かよぉ!」
「いや、今から勉強すれば十分行けんじゃね?」
そんなことを話しているうちに、赤城さんも登校してきたようだ。
なんというか、雰囲気とか表情が、決闘を控える戦士みたいなんだけど、大丈夫なんだろうか。
昼休み。
今回は赤城さんとウォーレンさんの決闘……じゃなかった。話し合いが行われているようなので、俺と信也のみ。
紗香さんは、今日はクラスの友達と食べるらしい。
……と、聞いていたのだが。
「こっちに行きなよって追い出されちゃった」
「それ大丈夫? いじめじゃないよな?」
「ないない」
まぁないとは思うけど、一応ね?
ともあれ、紗香さんがいるならベランダで食うわけにもいかない、と机を移動していると、まさかの追加メンバー。
ミッドウェー……じゃなくて決闘から無事帰還した赤城さん。そして、エンタープライズ……じゃなかったウォーレンさんの二人だ。
「もういいの?」
紗香さんの問いかけに、二人は互いに目配せして頷いた。
「「 これ以上二人で話しても無駄だから 」」
「そっか」
それいいの!? それって決裂した時の結論じゃねえの!?
というこっちの心配を他所にと言うべきか、言葉とは裏腹にと言うべきか、二人の間に険悪な雰囲気は感じない。
「というわけで、今日からご一緒してもいいかしら」
ウォーレンさん、赤城さん、紗香さん、そして俺の視線が集中した信也は、
「え? うん。そりゃもちろん」
と軽く承諾した。
この反応……さてはこいつ、ウォーレンさんが来た意味全然わかってないな?
他の人たちもそれがわかったんだろう。
若干呆れる様な反応を見せつつも、思い思いの席に座る。
俺と紗香さんの対面に、信也を挟むように赤城さんとウォーレンさんが座る形だ。
……机四つで組んだのは間違いだったかもしれない。
しかし、気になるのは信也の態度だ。
紗香さんの時の慌てっぷりから、てっきり女性専用車両に間違って足を踏み込んでしまった不審者のようにキョドりまくると思っていたのに、蓋を開けてみれば席の位置に困惑している程度。
「アリサと一緒に食べるなんて久しぶりだな~。幼稚園からだから、10年ぶりくらい?」
一言で自分と彼女の関係性を説明するとは、なかなかやりおる。
普通に名前呼びだし、こいつの中では仲いい相手って感じなんだろう。
「そうだったかしら。あなたの頭でよく覚えていられたわね」
だが、対するウォーレンさんの対応は冷めたものだった。
あ、違う。
顔と声は澄ましてるけど、耳が赤い。
「そりゃあ、幼稚園の時一番アリサと仲良かったってのが、俺の人生で唯一の自慢だったからな!」
人生一桁がピークかよ!
もっと頑張れよ人生!
「……惨めな人生ね」
ウォーレンさんも辛らつなこと言ってるけど顔真っ赤!
……満更じゃないんだろうけど、信也がその言葉でショック受けてるってことに気付こうよ。
赤城さんは赤城さんで、怒りとか嫉妬を通り越して死んだ目をしてるし。
もうどうすりゃいいんだこれ。
「はい光毅くん、お茶」
「ん? あ、ああ。さんきゅ」
ちょうど欲しかったところにお茶を貰ったから、それを飲んで一息入れる。
緑茶のリラックス効果か知らんけど、なんか落ち着いたからフタを返して食事を再開。
三人はもう好きにしてくれ。
放課後。
前回ウォーレンさんと待ち合わせたカフェに、俺と紗香さんは再び足を運んでいた。
理由は、駅を挟んでるからウチの生徒が来ないし、落ち着いたそのお店の雰囲気が気に入ったから……ではない。
「サヤ……もう私ダメかも……」
「リンカはまだいいじゃない……私なんて……、絶対嫌われた……」
向かいの席に座る、絶望色に染まる二人の少女の悩みを聞くためだ。
……俺いらなくね?
「大丈夫だよ凛。アリサさんも」
「でもでも~……」
「大丈夫なわけないわ……」
「大丈夫大丈夫」
やっぱり俺いらなくね?
女子同士のほうが相談しやすいし、説得しやすいだろうし。
と、そんなことを考えていたのがバレたのか、紗香さんは俺の制服の裾を、がっちりと掴んでいた。
逃げられそうにない。
「……ウォーレンさん。あんなこと口走っちゃうなら、もう少し距離を置いた方がよくない?」
それは正論だと俺も思った。
でも、それを言ったのが赤城さんだったのが拙かったのかもしれない。
「それは無理ね」
ウォーレンさんが口にしたのは、単純で明快な拒絶。
だが、まだ絶望が抜けきっていないようで、その表情や口ぶりは重い。
「シンヤも私を覚えていてくれた。でもここで引いたら、私の記憶は自分を貶めるクソビッチに塗り替えられてしまう」
いやそこまで酷くはないでしょ。
阿婆擦れって意味なら合ってるかもしれないけど、たぶんあいつの中だとビッチは主人公以外になびくヒロインだろうし。……関係ないか。
「まぁ印象が悪いままになるっていうのはその通りかもね」
「光毅くん?」
痛いんで太もも抓らないでくれませんかね紗香さん。
別に、ウォーレンさんを凹ませるために言ったわけじゃないんですよ。
重要なのは、この場が愚痴を言い合って気分を晴らすためのものじゃなくて、直面した問題を解決するためのものってことだ。
それなら、俺がいる意味もある。そう、彼女たちになくて俺にあるのは、
「あいつが今悩んでるのは、今月下旬にある実力テスト」
信也に関する情報だ。
「だから、それを二人が教えるんだよ」
「「!」」
二人も俺が言ったことの意味を察して、目に宿る生気を取り戻した。
苦楽を共にする……一緒に勉強をすることで親密度が上がり、成績が上がれば信也からの二人の印象は良くなることだろう。
……上手くいけば、の話だけど。
「今週と来週の日曜の予定を聞いてきたし、運が良ければその日はまだ空いてるんじゃないかな」
その言葉を聞いた二人は互いに顔を見合わせ、我先にとばかりにスマホの操作を始めた。
「そこは協力しないんだ……」
若干引き気味に苦笑する紗香さんの呟きに反す言葉もなく、俺は渇いたわけでもない口をコーヒーで潤した。
……もう逃げないんで、裾掴むのやめてもらえませんかね。
さて、後は行方を見守るだけ。
と考えたのは早計だったようで、再び二人を見遣ると、絶望した顔に戻っているウォーレンさんがいた。
かといって赤城さんは喜んでいるわけでもなく、むしろ彼女に同情するような目を向けている。
勉強する機会を勝ち取ったわけではないらしい、とまで考えて気付いた。
ウォーレンさん、信也の連絡先知らないんじゃね?
ああ、今更俺たち第三者に聞いても、確実に赤城さんに負けてしまう。
それで絶望か。
「……ウォーレンさん、あなたの得意科目は?」
「……え?」
その提案は、赤城さんからもたらされた。
「歴史以外なら特に……、強いて挙げるなら、数学、かしら」
「ならいっか。私たちで見ましょ、あいつの勉強」
あいつのバカさだと、そのくらいしないと不安だし。
そう言って赤城さんが少し顔をしかめたのは、まぁ十中八九、そのバカに勉強を教える大変さを想像したから、ってわけじゃないだろう。
そこに触れるのは野暮……っていうより、タブーだな。逆効果というか、元の木阿弥。
「……わかったわ。リンカ」
笑みを浮かべる二人を見て、俺と紗香さんも笑みが零れた。
俺たちと彼女たちとでは、そこに含まれる感情は違うけど……取り敢えず、いい方向に向かってるってことでいいよね。
……そう考えたのが甘かった。
「なら、勉強する場所は信也の家じゃダメね」
「なっ! それはおかしいわ。彼が一番集中できる場所でするべきよ」
「それなら図書館……はダメか。ろくに話せなさそう」
「なら!」
「でもダメ! あんたみたいな気持ち悪いくらい一途なヤツに家を教えたら、どうなるかわかったもんじゃないし!」
「へぇ! じゃあアナタは一度でも彼以外のことを想ったことがあるというのね! そんな人に彼は渡せないわ!」
「そういう意味じゃない!」
先程までの萎れた姿はどこへやら。
侃々諤々と言葉で殴り合う二人は気付かないのだろう。
この場で一人だけの男である俺に、侮蔑の目が向けられていることを。
ああ、声を大にして言いたい。
こいつらの言う相手は俺じゃないんですよ!
まぁ、せめてもの救いは横にいる紗香さんか。
と目を向けると、既に向かいの二人からは視線を外し、スマホを眺めていた紗香さんも俺を見る。
「この後、少し買い物していってもいい?」
「いいよ。何か食材?」
「ううん」
暢気に(むしろ積極的に二人を意識の外に外し)話していた俺たちに気付いた……と言うわけじゃないんだろうけど、赤城さんたちの矛先は俺たちへと向けられた。
「じゃあサヤのお家は!? サヤ、明日から勉強合宿するよ!」
「それはいい案――」
「ごめんね、それは無理」
ウォーレンさんの言葉が紡がれるよりも早く声を発したのは、紗香さんだった。
にべもない拒否に二の句を継げない二人に、紗香さんはにっこりと微笑みかけた。
「GWは家族旅行なんだ。だから、ごめんね?」
まぁ当然ながら、それをやめろと言えるはずもなく。
結局、それ以上の打ち合わせは自分たちでやる、という流れになって、その場は解散となった。
彼女たちも暴走しかけたとはいえ、俺たちに謝罪とお礼を言ってくれたし、その点については全く不満はない。
だが、気がかりなことが全くないと言えば嘘になる。
「聞き間違いかもしれないんだけどさ……あの二人、勉強合宿とか言ってなかったか?」
「あー、うん。言ってたね」
……頑張れ、友よ。
俺はどこか遠くにいる友人に、黙祷……じゃなかった、追悼の祈りを捧げた。




