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第二話②

 帰宅後。


「家事の当番を決めたいと思います」

「ワーワー」


 紗香さんの言葉を、歓声と拍手で盛り上げる(盛り上がったとは言ってない)。


「で、親父たちは?」


 当番を決めるなら両親もいた方がいいだろう。

 そう思ったんだけど、紗香さんは平然と言った。


「あ、今日は帰らないって」


 あの二人、これからもあんまり帰ってこないつもりなのか?

 そんな懸念を覚えた俺に、またも紗香さんは言う。


「……職場に行くのが楽だから、あっちの家をそのままにするか、もう少し小さいとこ借りようか考えてるって、今朝言ってたんだけど……」


 ……記憶にございません。

 いや、言われてみれば言っていた、……気もする。


「……これ、もう記憶障害かなんかだったりすんのかな」

「取り敢えず、朝はちゃんと起こすね」

「……あざす」


 何はともあれ当番だ!


「光毅くん、週2で夕飯っていけそう?」

「それくらいなら……っていうか、もっとやれっていうならやるよ? 調べながら作れば、たぶん毎回同じおかずってこともたぶんなくなるし」


 二回「たぶん」って言ってる自分で言うのもなんだけど、俺はやればできる子である。

 金と時間さえあればできる。というか、それらの余裕がなかったら無理だなーってのが、色々やってみた結論だ。

 だが、そんな俺の案を、紗香さんは首を緩く振って否定の意を示した。


「料理は私の楽しみみたいなとこあるから、その2回は光毅くんが気に病まないようにっていう妥協点?」


 けっこうぶっちゃけましたね紗香さん。

 いや、楽しんでやってるなら全然ありがたいんだけどね。


「朝食は――」

「危ないからやめよ?」

「うす」


 異論の余地はなさそうだった。

 寝ぼけて大火事とかシャレならんし、妥当なところだろう。……我ながら情けないけども。


「その代わり、食後のお茶はお願いしていい?」

「了解」


 これも異論はない。

 むしろ、さっきの気に病むっていう点も鑑みれば、やらせてくれるなら積極的にやりたいくらいだ。


「――こんなところかな?」


 そんな感じで家事当番は着々と決まり、特に変わったこともなく、新しい家族との生活は再スタートを切った。


「じゃあ夕飯にしよっか」

「今日は何?」

「お母さんの実家から野菜送られてきたから、タケノコご飯だよー」


 タケノコって、灰汁抜きとか大変なんじゃなかったっけ。

 やればできるとか軽々しく言わなくてよかった。

 ……それはそれとして、住所変更したことを紗香さんの実家が知ってる件については、ちょっと聞いた方がいいんですかね。

 取り敢えず、変にギクシャクしたりして気まずい生活が始まらなかっただけいいか。





 ……なんて、気楽に思っていたのが拙かったんだろうか。


「加藤くん。少しいいかしら」


 その一言に、教室がざわついた。

 さもありなん。

 声の主は、アリサ・ウォーレン。アメリカ人と日本人のハーフで帰国子女というだけで有名になりそうな彼女だが、その名を知らしめしているのはその美貌。

 ブロンドの髪に青い瞳、欧米人のスタイルの良さという日本人の思い描く外人らしい外人特徴と、アジア系の童顔が絶妙なバランスで共存する、ある意味奇跡とすら言える美女だ。


 そんな人間が、同じ学校で同じ学年ということ以外接点のない人間(俺)に話しかける。

 周りの人間が「なんだなんだ」と興味を引くのは自然なことだと思う。


 ……それを望むか望まないかは別の話だけどな!


「なにかな、ウォーレンさん」

「少しお話したいのだけれど、時間いいかしら」

「いいよ。でもここじゃ言えない話?」


 これは彼女への配慮でもあり、俺自身の保身でもある。

 まぁつまり承諾しつつも、周りの目がある状況で言えないなら断るかもよ、っていう意思表示なんだけど、ウォーレンさんは少し考える素振りを見せ、言った。


「そうね。ここじゃ言いづらいわ」


 と。

 聞きたくない。

 行きたくないけれど、


「……はぁ。わかった」


 と承諾し、俺は手にしていたスマホをしまい、教室を出る彼女の後を追った。

 向かった場所は、周りに教室に行く生徒が通らず、でも廊下から見えて密室にはならないっていう位置取り。

 疚しいことはしてませんよー。っていうアリバイ作りだ。


「で、信也がどうかした?」

「……察しが良くて助かるわ」


 そう。美少女にとって周りからの反応が面倒なことは、紗香さんの件で重々承知している。

 そんな俺が申し出を受けたのは、先程彼女が考える素振りをした際、一瞬だけ信也の席に意識を向けたからだ。

 まぁ本人がいなかったから、彼女が向けたのはあいつの席……信也に関する話と察して、「ギャースカ騒ぐバカが鬱陶しいから外で」って意味に捉えずにすんだんだけどね。


「その前に――」

「どうしたの、光毅くん。予鈴なっちゃうよ?」


 さぁ話そう、とした矢先に現れたのは、紗香さん。

 勿論、偶然俺たちを見かけた彼女が近づいてきたわけではなく、ウォーレンさんが話していた時にちょうど彼女と連絡を取っていたから、『図書館の渡り廊下に来て』と送っておいたからだ。


 巻き込んで申し訳ないと思うし、当然そのお礼はする。

 ……って考えてたんだけど、


「ああ、ちょうど良かった」


 と、ウォーレンさんは紗香さんに向き直る。


「貴方にも話そうと思っていたの。伊藤さん」


 ……なんか美少女同士が向き合ってるのって絵になるなー、なんて思っていると、紗香さんはにっこりと笑みを浮かべて彼女に告げた。


「今は加藤だよ。ウォーレンさん」


 と。


 ……それ、今言うこと?


「……そう。なるほどね」


 特に何かを言ったわけじゃないけど、何かを納得したらしいウォーレンさんは、一歩引くようにして距離を開け、俺たち両方を視界に収めるように陣取る。

 そう、まるで陣取るような、堂々とした振る舞いだ。

 それが似合う容姿なのが、またなんとも言えない風格を漂わせている。


「貴方たちにお願いしたいことがあるの」

「お願い?」


 何か心当たりある? と言いたげな紗香さんの視線に、首を振って否定を示す。


「……男神信也くん」


 その一言を発した彼女の変化。

 それだけで察したのは、俺だけじゃなくて紗香さんも同じだろう。

 というか、むしろ同性の紗香さんの方が理解度は深いかもしれない。

 なぜなら、ウォーレンさんの表情が、


「……彼との仲を、取り持って欲しいの」


 完全に、恋をしている少女のものだったからだ。

 それはもう、少女漫画かってレベルで。





 さすがに時間がないっていうことで、その場はお開きにして、放課後改めて話を聞くってことになった。

 そんなわけで、俺と紗香さんは駅を挟んで学校の逆にあるカフェに足を運んでいた。


「本当にいいの?」

「もちろん」

「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」


 紗香さんにも用があったとはいえ、それを知らないうちに頼ったんだからそのお礼はするべきだ。

 ということで、ここで何か奢ることにしたわけだ。


「光毅くんは何か頼まないの?」

「あー、俺は紅茶だけでいいや。帰ったらメシっしょ?」

「そうだね。……じゃあ私も今回はやめとこうかな」


 パタン、とメニューを閉じて、紗香さんは店員さんを呼んでしまった。

 そのままの流れで俺の分も含めて頼んでしまったため、口を挿む隙もなかった。


「悪い。頼みづらくしちゃったな」

「ううん、そういうわけじゃないよ」


 ……その言葉通り、機嫌を損ねた様子はない。

 でもまぁ、それはそれで俺が不義理なままだ。


「……紗香さん、来週の日曜ヒマ?」

「来週? 今週でも……はそっか、GWだね」


 言いながらスマホの操作を始め、スケジュールを確認したらしい紗香さんはスマホをしまって「うん、予定はないよ」と答えた。


「なら、今度こそコーヒーカップ買いに行こう」

「あー」

「その時に何か奢るよ」


 あの時の買い物が演技の一環だったのかどうかは知らないけど、動機だけは今でも意味のあるものなはずだ。

 その考えはきっと正しかったんだろう。


「……うん。今度はちゃんと買おうね」


 紗香さんの承諾は、そちらへの言及を伴っていた。

 コーヒーカップ云々を含め、色々と話しているうちに紅茶が来て、それからほとんど同時にウォーレンさんはやってきた。


「モカを」


 店員さんにそう告げて、流れるように俺たちの対面する席に座った彼女は、


「待たせてしまってごめんなさい」


 と口火を切った。

 対して口を開いたのは紗香さんだ。


「ウォーレンさんって弓道部だったよね? こんなに早く来て大丈夫?」

「ええ。心配してくれてありがとう。あなた良い人ね」


 その感謝と称賛の言い方に嫌味や謙遜が全く感じられなかったのは、なんか欧米っぽいなと思った。(偏見)


「褒めてくれるのは嬉しいけど、私、ウォーレンさんのお願いにしてあげられることってほとんどないと思うよ?」

「そんなことはないわ」


 言い切る彼女の考えを聞くために待つことにしたらしい紗香さんを認めて、ウォーレンさんは口を開く。


「取り敢えず、私のことはアリサと呼んでもらえるかしら」

「私も紗香でいいよ。二人とも加藤じゃ面倒だろうし」

「そうね」


 ふふ、と軽く頬笑みあって、二人の会話は再開する。

 ……これ、俺いらなくね?


「サヤカ。あなたにできることはほとんどないって言ったけど、そんなことはないわ」

「そうかな。でも私、男神くんとほとんど話したことないよ?」

「ええ。それは承知してる。でも、お昼は一緒に食べてるでしょう?」


 ああ、なるほど。

 俺が察したように、紗香さんも納得したらしい。


「……一緒にご飯を食べるだけでいいの?」

「もちろん、欲を言えば二人だけで過ごせたらと思うわ」


 その直接的な物言い。

 すごく欧米っぽいね!(偏見)


「でも、そこまで行くには段階が必要なこともわかってる。だから、まずは大勢でも一緒に過ごせる時間を増やしたいの」


 確かに、俺自身ウォーレンさんが信也と繋がりがあるとは思ってなかったし、彼女の言葉を鑑みるに、そのくらい関係性が薄いってのも事実なんだろう。

 だからこそ、疑問に思うことがある。


「どうして今のタイミングで? 俺たちが誰かに肩入れしてる状況だから?」


 その誰かの名前は言わない。

 でも、当然ながらウォーレンさんには伝わった。


「それもあるわ。でも同時に、今まで窺うことしかできなかった機会が得られるとも思った。その点は怨めしくもあり、有難くもある、という感じかしら」


 もちろん、私のお願いを聞いてくれればだけど。

 そう結んだ彼女の言葉に、俺と紗香さんは思わず顔を見合わせてしまった。

 まさか、自分たちの振る舞いがこんなところに影響するなんて……わかるかそんなもん!


 吐きたくなる溜息を堪えていると、「それに」とウォーレンさんの続く言葉に意識を引き戻す。


「今、学校全体の雰囲気が変わってきているの、気付いてるかしら」

「?」


 何のことを言ってるのか本当にわからず、再び紗香さんの方を見ると、俺と違い思い当たるところがあったのか、彼女はほとんど表情に変化がなかった。


「『今は相手がいなくても、いつか誰かに取られてしまうかもしれない。それならいっそ自分から――』……そんな不安というか、焦燥感みたいなものをみんなが覚えたの。……誰のせい、なんて言うつもりはないけどね」


 苦笑するウォーレンさんに対して、俺は渇いた笑いしか浮かばなかった。


 それ、どう考えても紗香さんがオレと付き合い始めたとか、そんな感じの勘違いじゃないですかー。

 さすがウチの高校が誇る美少女の一人。影響力が違うわー……、と紗香さんに視線を向けると、彼女もまた俺に視線を向けていた。


 ……なんなんですかね、その「コイツのせいじゃん」みたいな目。


 いや、そう勘違いさせる振る舞いをしてきたあなたのせいですからね?

 ていうか俺二日目くらいに「片思いしてるやつら」云々ってちゃんと忠告したし、責められる謂われはないね!


「でも、その点に関しても私は感謝してるのよ?」

「「?」」

「だって、仕方ないって諦めかけていた心を炊きつけてくれたおかげで、私は進めるようになった。その結果傷つくことになっても……私は、以前の私より前に進んでる」


 ――それはきっと、私が成長する糧になる。


 そう言い切ったウォーレンさんは、なんというか、かっこよかった。

 その目はまるで輝いてるみたいで、色合いの鮮やかさじゃない、意志のこもった瞳が綺麗だと思った。


 だからこそ思う。


 ……信也にそこまで惚れ込むなんて、何があったんすかね?


「もちろん、勝負をするからには負ける気なんて更々ないけどね」


 そう言って見せたウインクは、感心するほど様になっていた。

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