第097話 正体
アウトレットモールの2階で星鎧を身に纏い、杖を生成する。
そして言葉を紡いだ後、吹き抜けを飛び降りる。
落下する俺と共に、周りに集まっていた水も落ちていく。
落下する間にも水分の量は増えていく。俺の自身の星力や魔力と空気中にある魔力、そして空気中の水分を水へと変化させて。
俺はその水を着地と同時に地面と衝突させる。
すると、反動で水は上へと跳ね返されて水柱と成る。
その光景は、まるで着地したのが地面ではなく水面であったかのように。
水は宙を舞い、やがて地面に落ちる。
そして吹き抜け下の広場全体へと広がっていく。
俺は状況を確認するために辺りを見回す。
2階から飛び降りたときには同じ見た目の堕ち星が何体か見えていた。
しかし今は1体だけになっていて、澱みは今のところ見当たらない。
とりあえず、狙い通り澱みは消せたようだ。
そして堕ち星が複数いたのは……分身か何かだろうか。
毛深い身体や耳や尻尾、そして今まで見てきた他の事件現場の爪痕から考えるに……正体はこぎつね座か?
狐は分身できない気がするが……そこは戦いながら考えるしかない。
そして星鎧を身に纏った人間が4人いる。
鎧の色は赤、橙、深紅、左側だけが黄色……やはり1人多い。
恐らく行方不明のレプリギアの持ち主だろう。
上から見た様子や、今由衣を心配しているところから、とりあえず味方のようだ。
こちらを考えるのは今は後にしよう。
今はこぎつね座が先だ。
俺は杖を片手に、こぎつね座との距離を詰める。
こぎつね座はちょうど体勢を立て直したところだ。
俺はそこに炎を飛ばす。
こぎつね座はその炎を左に動いて避けた。
そしてそのまま突っ込んでくる。
俺は爪を振るう予備動作が見えたので、杖でその攻撃を受ける。
爪と杖の押し合いの最中、こぎつね座は「どんだけいるんだよ……」と口を開いた。
「何で邪魔するんだよ!」
「お前が人に危害を加えるからだ」
俺はそう返しながらこぎつね座を突き飛ばし、蹴りを入れる。
それを受けて、こぎつね座はよろよろと後ろに下がった。
そして舌打ちが聞こえた。
「正義のヒーローか何かのつもりかよ!」
「……俺は正義のヒーロなんかじゃない。
逆にそういうお前は正義のヒーローのつもりか?」
「うるさいな!!!じゃあ邪魔すんなよ!!」
その叫びと同時に、こぎつね座の姿が揺らいだ。
その直後、横からこぎつね座が襲ってきた。
俺はそれを避けて、後ろに下がる。
しかし、そこにまた別と思われるこぎつね座が襲って来た。
俺はその強襲を避けながら、杖先を地面に突いて蔓を伸ばす。
蔓によって周りのこぎつね座は弾き飛ばされていく。
しかし、消滅はしていない。
分身であろうとも堕ち星。
やはり無詠唱では駄目なようだ。
そう考えているうちに立ち上がったこぎつね座がまた襲いかかってくる。
俺はそれを避けて、近距離戦に邪魔な杖を消滅させる。
そして襲ってくる1体に反撃の拳を叩き込む。
実体はある。
神遺ならそれぐらいはできるか。
……もし、分身を無限に出せるとなるとキリがない。
倒すなら……一撃で全ての分身を消滅させて本体を狙う、とかだろうか。
だが、それだけの威力を出すには詠唱が必要だ。
しかし、隙がない。何とかできないか。
周囲に目を向けるが、由衣達4人も増えたこぎつね座やまた現れたらしい澱みと戦っている。
……本当にどうしたものか。
悩みながらも、また飛び掛かって来たこぎつね座に蹴りを叩き込む。
その直前、何かが爆発する音が響いた。
同時に目の前のこぎつね座が煙のように消えた。
俺の足は、対象が消えた空を切る。
そして残ったのは、少し離れた場所に転がっている1体のみだった。
本体はあいつか。
俺は地面を蹴り、こぎつね座に追撃をするために距離を詰める。
しかし、その直前。
何かが俺を狙って飛んでくるのが見えた。
俺はブレーキをかけて、横に飛ぶ。
地面を転がりながらも体勢を立て直して、先程まで自分が居たところに視線を向ける。
その周辺の地面に刺さっているのは黒い羽根だった。
つまり……。
そこまで考えたとき、「邪魔するよ」という声が上から聞こえてきた。
その声で視線を上に向ける。
そこには、からす座の堕ち星が吹き抜けの上にある手すりに立っていた。
「悪いね。この子はへび君が期待してるからさ。
簡単に倒されたら困るし、もう少し頑張ってもらわないといけないんだよね」
つまり邪魔しに来たということか。
いくら分身の突破に困っているとはいえ、逃がすと被害が増えるだろうし面倒だ。
俺はそんな思いを込めて、「知らん。お前もここで倒す」と言い返す。
すると、からす座は右手をふらふらと振りながら「いいからそういうの」と返してきた。
「俺は今日戦うつもりはないから。俺も俺で忙しいんだよね。
こぎつね君、帰るよ」
そう言った後、からす座はまた羽根を俺達に向かって飛ばしてきた。
俺は咄嗟に魔術で風を起こして、羽根を打ち落とす。
しかし、からす座はその風を避けながら降りてきた。
そしてこぎつね座を連れて、吹き抜けから飛び去ってしまった。
堕ち星は去った。
アウトレットモールの吹き抜け下の広場には、もう澱みも残っていない。
戦闘終了だ。
「真聡が来るの1番遅くてどうするの」
「まぁまぁ、とりあえず何とかなったんだしよ」
「でもまー君、どこ言ってたの?」
そんなことを言いながら鈴保、志郎、由衣が俺のところに集まってくる。
だけど、まだ問題は終わっていない。
俺は右手に杖を再度生成して、少し離れたところにいる黄色の星鎧の人間に向けて構える。
それを見た由衣が「ちょ、ちょっと何してるの!?味方だよ!?」と叫んだ。
そして俺の腕を掴んで、「下げってってば」と杖を下げさせようとする。
「正体がわかっていないやつを信じれるか?」
「だって私と一緒に戦ってくれたもん!」
「それは堕ち星との戦闘で消耗するのを待っているだけかもしれないだろ」
そう言い返したとき、黄色の星鎧が「いや……俺……味方なんだけど……」と呟いた。
「それにさっきも援護したんだけどな……。
ほら、堕ち星の分身が消えただろ?あれ」
爆発音の直後に分身がすべて消えたのは、こいつの仕業だったのか。
そして今の言葉で、俺はこの声に《《聞き覚えしかない》》ことに気が付いた。
……だったら、なおさら正体を見ないといけない。
俺は由衣を振り払って、杖を構えたまま黄色の星鎧と距離を詰め始める。
そして、口を開く。
「ならば星鎧を解き、両手をあげろ。そして名前と選ばれた星座を言え」
「……わかった。それで信頼してもらえるなら」
そう言った後、黄色の星鎧はレプリギアからプレートを抜き取った。
俺の予感は、当たっていた。
そして黄色の星座騎士が乗る前に、由衣が驚きの声をあげる。
「え…………ゆー君!!!???」
紺色と黄色の星鎧が消滅して現れた人物。
それは数日前にいきなりこの街に帰ってきた、幼馴染の児島 佑希だった。




