第095話 してません
「ボクハ、コレデ、ニホンゴハナシテル」
「「えぇ!?」」
由衣と志郎の驚く声が重なり、部屋に響いた。
それはそうだろう。
レヴィさんが自分のかけているペンダントを触っただけで、話していた流暢な日本語がいきなりカタコトになったんだからな。
智陽も含めて、初めて見る3人は驚いた顔をしている。
……まぁ、初めて見たらこんな反応するな。
そしてレヴィさんはもう1度ペンダントを触った。
「僕自身、日本語はカタコトでしか話せないんだよね。
だからこのペンダントを使って、君たちの耳に流暢な日本語に聞こえるようにしているんだ」
「そんな事出来るんですか!?」
「どうなってるんすか!?」
「どういう原理なんですか……?」
3人の質問は止まらない。
そしてレヴィさんは「これはね、このペンダントに俺の……」と説明をしようとする。
……マズい。
俺は「ちょっと」と言いながら、レヴィさんの肩を掴んで引き止める。
そして2人で後ろを向いて、小声で「魔術や魔法の話はしないでください」と言う。
「……もしかして、協会の話してないのか?」
「……はい」
「じゃあ、神遺保持者の話も?」
「してません」
そう答えた後レヴィさんの顔を見ると、何とも言えない表情をしていた。
そして「……何でしてないんだ?」と優しい声で聞いてきた。
「……あいつらは魔師じゃない。たまたま星座に選ばれて、神遺保持者になったしまったんです。
……あいつらは生きてる世界が違うんです」
「……そんな固く考える必要はないと思うけどな」
確かにそうかもしれない。
だけど俺は、どうしてもこいつらを魔術師の世界に関わらせたくない。
正式に神遺保持者と成れば、協会で働き詰めになる可能性が高い。それはあんまりだ。
神遺保持者として戦うことになれば、常に危険な戦いの中に身を置くことになる。
今ですら、危険なのに。
……だから俺は、早く強くならなければ。
独りで戦えるように。
そこに「何話してるの?」と、由衣の声が背中に飛んできた。
その声を聞いてレヴィさんが向きを戻した。
俺も続いて向きを戻す。
「ペンダントの話の途中だったね。ごめんね。
これは僕が喋った言葉を聞き取って、自動で日本語に翻訳してくれているんだ」
「凄い……!」
由衣が目を輝かせながらそう呟いた。
……実際の仕組みは少し違うが。
このペンダントは本人からの魔力提供で動いている魔術装備。
そして相手が喋っている元の言語が聞こえないようにもなっている。
だから聞いている側は相手と同じ言語で会話していると認識する。という仕組みになっている。
まぁ……一般にも売ってる翻訳機やアプリの超高性能版とも言っていいだろう。
そして由衣と志郎はレヴィさんの説明を聞いて感動している。
この2人は単純で助かる。
しかし、智陽だけは俺を真っ直ぐ見ている。
違和感を……持たれてるんだろうな。
そこに「ところで」と言う由衣の声が聞こえてきた。
「レヴィさんは何をしに来たんですか?」
「このスタンガンを受け取りに来たのと……そうそう。あの設計図を作った人に会いに来たんだ。作ったのは……」
その問いに智陽が「私です」と名乗り出た。
「華山 智陽さん…だっけ」
「はい」
「…………はなやま………もしかして……華山 知和の親戚?」
すると智陽が「父を知ってるんですか!?」と叫びながら勢いよく立ち上がった。
隣に座っている由衣が、あまりの勢いに驚いている。
でもまぁ……無理もないよな。
だが……。
「とりあえず座れ」
俺の言葉に智陽は、我に返ったような表情をした後「……ごめん」と呟いた。
そして再びソファーに座りなおして「……あの、父は?」と聞きなおす。
「もしかして……行方不明……なのかい?」
「はい。3年前の3月頃にいきなり帰ってこなくなって……」
「あの時期かぁ……先に言うと、かずさんの行方は僕も知らない」
その言葉に智陽は「そうですか……」と残念そうに呟いた。
いや、俺も残念だ。
「レヴィさんなら知ってるかも」と思いたので、機会があれば聞こうと思っていた。
……振り出しに戻ったな。
そう考えていると、智陽は「あの」ともう一度口を開いていた。
「父とは、どういう関係で?」
「えっと……師匠と言うか、先生……かな。
一時期、色々と教えてもらっていたことがあってね。その時の話ならできるけど……」
「聞かせてください!」
食い気味にそう答える智陽。
するとレヴィさんは「良いけど……代わりに」と呟いた。
「智陽さんはヒーロー物、好きだったりする?」
その言葉に、智陽の表情が固まった。
そして数秒後、「まぁ……それなりに……」と呟いた。
「やっぱりそうだよね!
あの設計図を見たときに日本のヒーローのアイテムに似てると思ったんだ!」
突然、レヴィさんの声のボリュームが上がった。
驚いているようで、3人は呆然としている。
気持ちはわかる。俺も最初は驚いた。
レヴィさんは、重度のヒーローオタクだ。
なんでも日本のヒーロー物が好きだとかなんとか。
……さてはこの人、智陽がわかる相手か確かめるために来たな?
俺は口からは出さなかったが、心の中でため息をつく。
「でもまぁとりあえず、かずさんの話からだね。何から話そうか……」
「ぜひお願いします。どんなことでも聞かせてください」
そうしてレヴィさんと智陽は、智陽の父親についての話を始めた。
一方、由衣は何やらビニール袋を出している。
そして「あの……」と話しかけた。
「よければこれ、入りますか……?」
袋の中から出てきたのは、いつぞやと同じく1リットルペットボトル数本とお菓子が沢山。
……由衣は由衣で八つ当たりお菓子パーティーでもするつもりだったな?
今度のため息は口から漏れてしまった。
しかし、レヴィさんは喜んでいる。日本のお菓子も好きらしい。
本当にこの人は日本が好きだな……。
そう思っていると、由衣が「この後……どうする?」と話しかけてきた。
続いて志郎も「……パトロールにでも行くか?」と。
「行きたいなら好きにしろ。俺にはすることがある」
「すること?……さっき言ってた用事と関係ある?というかどこ行ってたの?」
そう俺に聞いてきた由衣の目は、真っ直ぐ俺を見ている。
……これは言い逃れはできなさそうだ。
諦めた俺は智陽とレヴィさんの邪魔にならないようにテーブルから離れて、さっき警察で聞いてきた話を2人に伝える事にした。
☆☆☆
「堕ち星が物を盗んだり人を襲ったりしてるの?」
「駄目だろそれ!早く見つけ出さねぇと!」
俺の話を聞き終わった由衣と志郎が驚きと怒りが混ざった声を上げた。
……というか、志郎は話を聞いていたか?
そう思いながら、俺はもう一度要点を説明する。
「防犯カメラなどに正確な姿は映っていなかった。そのため相手は不明だ。無闇に探しても体力の無駄になる」
「それは……」
「そうだな……」
由衣と志郎が順番にそう呟いた。
一応分かったみたいなので、俺は話を続ける。
「だから俺は末松刑事に現場に案内して貰う。
2人は……自由だ。ただ澱みが現れたら初期対応を頼む」
「私もついていくよ?」
「俺もついていくぜ?」
「来なくていい。その間に何かあったらどうするんだ」
その言葉に2人は残念そうな顔と反応をしている。
しかし、この2人がついてくると面倒なことになりそうなので来ないで欲しい。
すると、由衣が「じゃあ」と呟いた。
「……その間、私たちどこにいたらいい?」
「好きにしてろ」
「でも散らばってたらやりづらくねぇか?
それにあまり外でこういう話をしないほうがいいだろ?」
この感じ……もしかして……。
「……ここを使いたいのか」
「うん」「あぁ」
由衣と志郎の返事が同時に飛んできた。
事前に相談でもしたのかと言うレベルで。
しかし鍵が……いや、問題はないか。
「……わかった。鍵は由衣に預けておく。ただ、勝手にあちこち触るなよ」
「何で私の方見て言うの!?私そんな子供じゃないです〜!!」
思わず由衣を見ていたのがバレたようで、反論されてしまった。
だがこいつなら触りかねないと思うのは俺だけだろうか。
そこに志郎が「……預けていいのか?」と呟いた。
「あ、そっか。私達帰ったらまー君入れないよ?」
「お前の家近いだろ。取りに行くから預かっておいてくれ」
「それもそっか!」
「それに多分そこまで遅くもならないと思う」
話す事はこれぐらいだろうか……と思ったとき、もう1つ言うべきことを思い出した。
俺は「それと」ともう一度口を開く。
「澱みや堕ち星が出たら遠慮なく連絡してくれ。特に堕ち星が出たときは絶対1人で戦うな。俺を待て」
「本気で言ってる!?」
「お前を待ってて被害出たらどうするんだよ!」
凄い勢いで2人の反論が飛んできた。
予想はしていたので驚きはしなかったが……困る。
「……やっぱりそう言うよな。
……俺は待たなくていいが、必ず2人以上で戦え。無茶は絶対にするな」
「はぁ〜い」「……おう」
少し不満そうな返事。
だが堕ち星は澱みとは違う。
俺ですら相手に寄れば、1人だとギリギリの相手だ。
こいつらだと言うまでもない。
だが、そう言って聞く2人ではないこともわかっている。
しかし、由衣はそんな俺の考えを気にもしていないようだ。
いきなり何かに気が付いたかのように、さっきまで座っていたソファーとテーブルの方を見た。
「……私の分のお菓子なくなる!?」
「あ、やべ。俺も自分用に買ったやつ入れてた!」
そう言い残し2人はテーブルに戻っていった。
まったく、気楽なもんだ。
だけど、俺はこいつらにこのままでいて欲しい。
何でもないことで笑っていて欲しい。
だから魔師や協会のことは伝えない。
改めてそう決意した。




