第090話 どう思ってるの?
俺はため息をつきながら、さっき買ったベビーカステラの片手にベンチに座る。
ため息の理由を簡単に言うと、由衣と日和と逸れたからだ。
しっかりと追いかけていたはずが、2人は少し目を離した隙に人波に消えていってしまった。
探しても良いが……確実に疲れる。
そう思った俺は「座ってる」とメッセージを送って、星鎖祭りの会場の一角に設けられたベンチスペースに座りに来た。
……それにしても、この4ヶ月でかなり変わった。
高校入学前の俺に現状を話しても、きっと信じないだろう。
「由衣と日和に再会して昔のように会話している。そして共に戦う仲間ができた」なんて1ミリも考えていなかった。
そして、同時に入学前の俺は怒るだろう。
「お前は、また同じ過ちを繰り返すのか」
「由衣を始めとした、今度は非魔師の人間すら巻き込むのか」
……だけど、今回は状況が違う。
由衣達も選ばれ、堕ち星ではなく神遺保持者と成っている。
……だけどあいつらは一般人だ。
魔師は、普通の人間と生きる世界が違う。
いや、違う。今はこれで良い。
むしろ遠足に行ったあの日、今のままでは駄目だと思ったから今がある。
だけどいつかはまた、別れなければならない。
胸の中に泥のような濁った感情を感じながら、俺はベビーカステラを口に運ぶ。
そのとき、聞き慣れた声で俺の名前が呼ばれた気がした。
あたりを見回すと、浴衣を着た誰かがこちらに向かってくる。
その誰かは目の前まで来て「ちゃんと来てたんだ」と言った。
そして俺は彼女が目の前まで来て、ようやく声の主が誰かわかった。
「……鈴保か」
その呟きに鈴保は「何、その反応」と少し機嫌が悪そうな声色で言い返してきた。
……しまった。
一瞬誰かわからなかったのが気づかれたか?
わからなかった理由。それは鈴保の雰囲気が普段と違うからだ。
普段の鈴保は由衣の言葉を借りるとボーイッシュ、かっこいいという印象を受ける。
しかし、今日は浴衣姿で女性らしく美しい。
……鈴保も鈴保で、顔が美形ではあるんだな。
だが、これを全部言うと色んな意味で怒られる可能性がある。
そのため俺は言葉を選んで絞り出す。
「……いつもと違う雰囲気に驚いたんだ。浴衣、よく似合ってる」
「…………は?え?」
鈴保はそう呟いた後、固まってしまった。
そして顔を逸らした後、「……………あ、ありがと」だけ呟いた。
これは……照れているのか?
表情が見えないので、何を考えているかわからない。
だがまぁ……誤魔化せたようでいいか。
もちろん、嘘は言ってないが。
そう考えてる間に、鈴保は再びまっすぐ俺の顔を見ていた。
そして「というか」と口を開いた。
「私より褒めてあげるべき人がいるでしょ」
「……あ?」
「由衣は褒め……」
そこまで言葉にした後、鈴保が再び固まった。
そしてきょろきょろと辺りを見回しながら「由衣は?」と聞いてきた。
「逸れた」
「あぁ〜………とりあえず、隣座るよ」
そう言いながら、鈴保は俺の隣に座る。
俺が言葉を返す前に。
もう確認や許可ではなく宣言だな……。
そんなことを考えている俺を気にせず、鈴保は「で、褒めたの?」と聞いてくる。
俺はため息を堪えて口を開く。
「……あいつを褒めたらどうなるかわかるだろ」
「まぁ……気持ちはわかるけどさ……こう……」
鈴保は最後まで言い切らずため息をついた。
何だ。俺は何か間違ったことを言ったか?
しかし、俺が理解する前に鈴保の質問が飛んでくる。
「……真聡は由衣のことどう思ってるの?」
「どうってなんだ」
「どう思ってるの?」
意味を教えられず、質問だけを押し付けられている。
どういう意味だ。どう答えたら良いんだ。
しかし、これ以上聞いても答えてくれなさそうなので、素直に答える。
「そうだな……目が離せない…子犬…」
「子犬っ……!!」
鈴保が噴き出すような勢いで笑い出した。
「何故笑う」と聞くが、笑い続けて答えてくれない。
笑いすぎだすぎだろ。
俺は何かおかしなことを言ったか?
数分後、鈴保はようやく落ち着いて口を開いた。
「はぁ……気持ちはわかるけどさ、そうじゃなくてさ……こう……人間的にどう思ってる?」
鈴保は呆れた口調でそう聞いてきた。
……人間的に?
人間で例えなかったからあんなに笑ったのか?
そう考えた俺は何か良い例えがないか考える。
答えは、すぐに出た。
「……強いて言うなら…………妹」
「うんっ……もういい……フフッ」
呆れているのかと思いきや、これはどうみても笑っている。
何が聞きたいんだこいつは。いきなり現れて……。
そのとき、俺の中に別の疑問が生まれた。
「鈴保、あの2人と来てたんじゃなかったのか」
笑いが収まり始めていた鈴保にそのまま疑問を投げる。
すると、鈴保は深呼吸をしながら「あ〜……」と何とも言えない声を発した。
「実は、私も逸れたんだよね」
「探さなくて良いのか?」
「いやぁ……2人きりにさせとこうかな〜って」
俺はその言葉の意図がすぐに理解できなかった。
しかし、こちらの答えはすぐにわかった。
夏祭り、高校生、昔からの付き合いがある男女2人。
「……まさか」
「梨奈は颯馬のこと、気になってるらしいからさ。
ま、これは中学生の頃の話で今はどうか知らないけど」
右手をひらひらとしながらそう言い放った鈴保。
……そういう話、赤の他人にしていいのか?
そんな疑問が浮かんだが、それを塗り潰すような疑問が俺の中に生まれた。
「……もしかしてお前があの2人と距離を置いてたのって」
「いや、それは違う。
……あのときはそんな事考えている余裕はなかったから」
さっきまで笑っていた鈴保の声が、一気に暗くなってしまった。
「……悪い。嫌なことを聞いたな」
「別に、もう終わったことだし」
そのとき。俺はもう1つ、鈴保に言わなければならないことを思い出した。
俺はすぐに「……もう1つ」と口を開く。
「最初にお前を概念体の蠍座から助けたとき、キツく言い過ぎた。……悪かったな」
「あのときは……私も悪かったから。
それにもう気にしてないし。それももう終わった話」
「そうか」
一緒に過ごすようになってからの雰囲気で、そこまで気にしていないだろうとは思っていた。
だが一緒に過ごすなら、こういうことはしっかり片付けておくべきだろう。
何にせよ、言えてよかった。
そう思っていると、鈴保が「あ、でも」と口を開いた。
「あのときは凄くムカついたから……今日何か奢ってもらおうかな~」
「……実は怒ってるだろ」
「冗談だってば」
そう言った鈴保は、ニヤッと笑っていた。
そのとき。
鈴保の名前を呼ぶ声がした。
そして鈴保はすぐにその声の主を見つけたらしく、手を振り始めた。
その声の主は浴衣を着た男女。
鈴保の友人であり、逸れた相手である好井 梨奈と小坂 颯馬だった。
どうやらそこそこ探したようだ。少し疲れた雰囲気が出ている。
そして俺達の前にやって来て口を開いた。
「やっと見つけた……」
「勝手に消えるな」
「消えたのはそっちでしょ」
「すぐに喧嘩しない!……って陰星君?」
俺は好井のその言葉で、2人と挨拶を交わす。
小坂 颯馬も以前堕ち星と成り、戦った相手だ。
だが、成っていた日数が短かったためすぐに元の生活に戻れたようだ。
3人の関係は……まぁ、前よりはマシになったのではないだろうか。
そして鈴保は「じゃあまたね」と言って立ち上がり、2人と去っていった。
会話をする相手も居なくなったので、俺はぼんやりと人混みに視線を向ける。
そんな俺の耳には、お祭りの熱気から生まれる人の声だけが聞こえていた。




