第089話 美形の男
お祭りの熱気が溢れる人混みを歩きながら、俺達3人は「何に行きたいか」「何を食べたいか」という話をしながら屋台を見て回る。
しかし、由衣が「あれがいい!」「でもこれもいいなぁ……」と言って決めれない。
そのため、俺達はただひたすら人混みの中を歩き回っていた。
そんな中、屋台から「そこのお兄さんお姉さん」などと声を掛けられたら、足を止まってしまうものだ。
「ベビーカステラはどうですか〜」
その声に、由衣が足を止めて「ベビー…カステラ…う〜〜ん………」と悩み始めた。
「一袋買って3人で分けたら良いんじゃない?」
「それだ!!」
由衣と日和がそんな会話の後、その出店に並びに行ってしまった。
俺がかけられた声がどこかで聞き覚えのある気がして悩んでいるうちに。
幸い、その出店はそれほど混んでいない。すぐに帰ってくるだろう。
暇なので俺は他の出店でも眺めておこうか。
そう思って近くをうろうろして時間を潰す。
すると、由衣の「あ〜〜!!」という声が耳に入ってきた。
俺はすぐに爪先を出店に向ける。
運良く、由衣達の後ろには誰も並んでいない。
すぐに合流して「何だ。どうした」と声をかける。
「あ、まー君。……そんなに慌ててどうしたの?」
「お〜!やっぱりちゃんと来てたんだな!」
今度は出店の店員から凄く聞き覚えのある声が聞こえた。
俺はすぐに視線を店員に向けて確認する。
その顔を見て、俺は反射的に突っ込んでしまった。
「何で志郎がここにいる」
そう。
平原 志郎がベビーカステラの出店の店番をしていた。
だが……なるほど、そういうことか。
納得してる間に、志郎が自分から「うちの道場に通ってる人にな」と訳を話し始めた。
「毎年出店出してる人がいてさ。俺と勝二兄はその人の手伝いでやってるんだよ。」
「だから『向こうで会える』って!」
「……何故先に言わなかった」
俺の質問に志郎は「いやぁ……驚かしたくってな!」と言いながらニヤッと笑った。
こいつ……。
などと思っていると、「志郎、この人たちは……」と志郎の隣の店員が呟いた。
「そうそう!何度か話してる俺の友達!」
俺はようやく隣の店員の顔を見る。
その店員は以前小獅子座の堕ち星となり、俺達と戦った深谷 勝二だった。
退院したという話は聞いていた。
しかしそれ以降に会うのは初めてだった。
関係も元通りのようだし、本人も元気そうだ。
そう考えていると、勝二さんが「あぁ……君たちが」と呟きながら、俺の方を見た。
「あのときは……迷惑をかけたね……」
そして勝二さんは俺と由衣に申し訳なさそうに頭を下げた。
……別にお礼を言われるようなことはしてない。
ただ、力を持っている者としての責務を果たしただけだ。
「いえ。それが俺の役目なんで。
……元気になったようで何よりです」
「俺“達”でしょ〜?」
由衣が肘で俺をつつきながらそう言う。
由衣が一緒に戦うのも、さも当然のようになったな……。
そうぼんやり考えていると、由衣はそのまま勝二さんと話をしている。
……いや、ベビーカステラを買うんじゃなかったのか?
そう指摘しようとしたとき、後ろから「君達」という声が飛んできた。
「喋ってるだけなら邪魔なんだが。どいてくれないか」
「その言い方は良くない。
不快な思いをさせたらすみません。ベビーカステラ20個入り1つ頂けますか?」
その言葉で振り返ると、男女が立っていた。
年齢は……俺たちと同じくらいだろうか。
そう考えている間に、勝二さんがベビーカステラをテキパキと袋に詰めて渡し、お金を受け取っていた。
そして、男女は去っていった。
その後ろ姿を見ながら、志郎が「何だあいつ。感じ悪いなぁ……」とボソッと呟いた。
「ね~。せっかく浴衣似合ってたのに台無し」
由衣まで一緒に文句を言ってる。
……確かに言われてみれば2人共浴衣を着こなしていたな。
いや、そんなことはどうでもいい。
「悪いのは、ずっとここで喋ってる俺達だ」
「でもあそこまで言わなくて良くない?」
由衣が頬を膨らませながらそう言ってくる。
……だが。
「……世間にはあんなやつがたくさんいる。
今回は俺たちが悪い。そう考えるとあいつはまだマシな方だ」
「えぇ〜……」
そのとき、ずっと黙っていた日和が「……ねぇ」と口を開いた。
「いつまでここにいるの?」
いつも感情を出さない日和が、不満そうな顔をしていた。
由衣は「ごめん!」と慌てて謝りながら、ようやくベビーカステラを買った。
そして、志郎の「店番終わったらメッセージ送るわ〜!」という声を背に店を後にした。
そのため、俺は美形の男に感じた違和感をすぐに忘れてしまった。




