第087話 お祭りに行きたい
「もう……無理です……」
時刻は18時過ぎ。由衣は燃え尽きていた。真っ白に。
しかし、智陽の「でも頑張ったと思うよ」という言葉を受けて「本当!?」と少し元気を取り戻した。
まぁ時間も時間だし、今日は解散で良いだろう。
そう思い、俺は自分が広げているものを片付け始める。
並行して、由衣に「で、どのくらい進んだんだ」と言葉を投げる。
「ん〜〜と……5割は越えた……かな?」
「……頑張ったな」
「本当!?やった〜!!」
由衣は両手を上げて喜んでいる。
俺はすぐに「ちゃんと終わらせないと意味ないぞ」と言うが、残念ながらその声は届いていないようだ。
それにしても、そんなに喜ぶことか…?
そんな疑問はさておき、ちゃんと終わらせてもらわないと困る。
……仕方ない。
あまりやりたくないが、やるしかないか。
俺は覚悟を決めて、「由衣、お前明日は暇か?」と問いかける。
すると由衣は「何!?遊びに行くの!?」と少し目を輝かせながら、俺の方を向いた。
……こいつ、本当にのんきだな。
「違う。明日もここに来て課題をやれ。見といてやるから」
その言葉聞いた瞬間。
由衣の視線が「うっ……あ……」という声とともに泳ぎ始めた。
「明日は……用事が……あったようなぁ……」
「絶対ない反応でしょそれ」
智陽の鋭い指摘が飛んだ。
由衣はその指摘を受けて諦めたのか、呻きながらも「うぐぅ…………ありません……」と素直に言った。
とりあえず言質は取った。
俺は「決まりだな」と呟く。
しかし、由衣は諦めたくないらしい。
「で、でも特訓とかしなくていいの?」と聞いてくる。
別にやってもいいが……。
「お前この暑さの中、外で身体動かしたいか?」
「…………嫌です」
「だろ。文句を言わず来い」
由衣の「そんな〜!!」という落胆の声が部屋に響く。
実際この暑さと日差しだ。外で身体を動かして熱中症になったら困る。
それに特訓中に澱みや堕ち星が出て、そのまま出撃となると……地獄だろう。
……あと、由衣も志郎も澱み相手なら余裕があるほどには強くなった。
設備や人手が足りない以上、無理に特訓する必要もないだろう。
最近入った鈴保は心配だが……まぁカバーすれば良い。
そんな考え事を置いておいて、意識を外に戻す。
すると由衣は智陽に「海とか花火とか行きたくない?夏休みなんだよ?」と訴えていた。
まぁ、智陽に全部あっさり断られているんだが。
いや、それより。
「何してるんだ。早く片付けろ」
「2人とも酷い〜!」
由衣の言葉に、智陽は淡々と「酷くない」と言い返した。
……夏休みらしいこと、な。
「……他2人も呼ぶか。集まって勉強をするのもまた夏休みらしいだろ」
「そんな夏休みらしいの嫌だ〜!!前半にした補習で十分だよぉ……」
「でも、志郎も終わってなさそうだし良いんじゃない?」
凄く悲しそうな声と表情の由衣とは対照的に、智陽は乗り気のようだ。
志郎については同意見なので「だろ」と返す。
そこに由衣が「あ!」と叫んだ。
今度は何だ。
少し呆れながらも「何だ」と聞き返す。
すると、由衣は真剣な声で「……1つ、お願いがあります」と言ってきた。
「どうしたの」
「もうすぐさ、近くの神社でお祭りがあるの覚えてる?」
「あぁ……あったね」
「それ……みんなで行きたいなぁ〜って……」
近くの神社。星鎖神社。
小学校の夏休み。幼馴染5人……途中からは3人だったが、毎年行っていたのを覚えている。
……まだやってるんだな。
名前は……星鎖祭りだったか。
俺が記憶を辿っていると、由衣は智陽を必死で誘っていた。
残念ながらまた断られているが。
「暑い中、人ごみを歩き回るの嫌」とか「家そこまで近くないから夜に遠出したくない」とか言って。
……近くないのに星鎖祭りについては知ってはいるんだな。
そして由衣は智陽に完全敗北して、凄く悲しそうにしている。
……仕方ない。
「わかった」
「行ってくれるの!?」
「ただし、課題が終わるか終わる目処がついたてたらな」
「うぅ………わかった!頑張ります!」
由衣が少し気合の入った声で返事をした。
行くのは面倒だ。
だが、由衣がやる気を出して課題をやってくれるなら……仕方ない。
そう考えていると、由衣は「ところで……」とまた口を開いた。
「まー君今日どうする?」
「何がだ」
「お母さんまた『晩御飯食べにおいで』って言ってたたけど……」
「あぁ……」
最近は夜遅くまで由衣と一緒にいることもなかったので、1学期初めよりは白上家から足が遠のいていた。
それでも定期的に呼ばれていたが。
今日は課題の監視をしていたから疲れたんだが……。
そう悩んでいると由衣は「そうだ!智陽ちゃんも来ない?」と何故か智陽を誘っていた。
「何で?迷惑でしょ。」
「多分喜んでくれるよ?」
「……私は由衣の両親と面識ないから嫌だ。死ぬほど気まずい」
その返事を聞き、由衣は「そっかぁ……」と引き下がった。
……さっきと比べると、あっさり引き下がったな。
すると「で、まー君どうする?」という言葉が飛んできた。
面倒だが……1つ、考えたことがある。
「……お邪魔させてもらう」
「本当!?」
「あぁ。おじさんとおばさんに『明日も課題をやるのを監視します』って言う必要があるからな。そうしたら絶対来ないといけないだろ」
俺の言葉に由衣は、「いやいいよ!!そこまでしなくて!!」と抵抗の言葉を口にした。しかも立ち上がって。
「そうでもしないと逃げそうだからな」
「何でそんな信頼ないの!?」
「今の…うちに…終わらせておくとっ…後半遊べるよっ…?」
そう言って来た智陽は何故か凄く笑いを堪えていた。
何が面白いんだか……。
由衣が「何でそんなに笑うの!?」と聞くが、智陽は笑って答えられない。
そして数秒後。
俺の部屋には「そんなに笑わないで〜!!」という由衣の叫びが響いた。




