第074話 もっと嫌
「私はもう、逃げたくない!」
私は、夕日が照らす河川敷で自分の想いを叫ぶ。
その叫びと同時に、左手から全身にかけて熱いエネルギーが巡るのを感じる。
私はその左手をお腹の上にかざし、陰星がレプリギアと呼んでいたものを喚び出す。
さっきまで何もなかった左手の甲では、深紅色の蠍座のマークが輝いているのが見えた。
陰星に隠してもらったのが、力を使ったから外れたんだと思う。
でも、もう逃げないって決めたから。
次に私の顔辺り中心として、時計でいう7時の場所に左手を掲げてプレートを生成する。
そしてプレートをレプリギアの上から入れて、左手を7時場所から時計回りで一周する。
ここからは自由って言ってたよね。
……ヤバい何も考えてない。
こんなことなら、ちゃんと考えておけばよかった。
でも迷ってる時間はない。
何となくで決めるしかない。
私は左手を引き、右手を前斜め上に突き出す。
「星鎧、生装!」
その言葉と同時に、右手を引いてレプリギアの上側にあるボタンを押す。
するとレプリギアから蠍座が飛び出して、私の身体は光りに包まれた。
光の中で私は紺色のアンダースーツと紺色と深紅色の鎧に包まれる。
そして、光が晴れる。
戦いたくはない。
知らない誰かのために命なんてかけたくない。
でも力があるのに戦わない。
それで逃げ続けるのはもっと嫌。
だったら私は、戦う方を選ぶ。
颯馬はいつの間にか吹き飛んだみたいで、さっきよりも遠くにいる。
だけどもう既に体勢を立て直して、こっちへ向かって来てる。
「鈴保ォォォ!!!」
「調子に………乗るなっ!!!」
向かってくる颯馬を正面から殴り返す。
話しても無駄ってことはわかってる。
それでも、私は自分の疑問を投げずにはいられなかった。
「颯馬!あんた何が不満なの!?
私が陸上から逃げたこと!?それとも私が戻ってきたこと!?」
「俺ハ………俺ハ……………違ウ…………違ウ!!!」
颯馬は呻き声に近い声を上げながら、また突っ込んでくる。
私はさっきと同じように正面から殴ろうとする。
だけど避けられた。
代わりに颯馬からのパンチが飛んでくる。
私はその一撃を何とか避ける。
だけど、既に足元を狙った蹴りが飛んできていた。
また避けれなくて、私は吹き飛ばされて地面を転がる。
でもさっきほど痛くない。
私はすぐに立ち上がり、さっきの言葉の続きを叫ぶ。
「じゃあ何!?何が不満なの!?
何でそんな姿になってまで梨奈や私を襲うの!?」
「俺ハ……俺ハ……!!!!」
颯馬はそう叫びながら頭を抱えだした。
どういう事?
さっきまであんなに殺意があった。
なのに今は全く感じられない。
そう思った次の瞬間。颯馬の姿は目の前にあった。
もう既にその異形の体は宙にあり、飛び蹴りの体勢に入っている。
一瞬の油断が本当に命取りになった。
さっきと違って生身じゃない。それでもこれはヤバい。
そんな予感が頭をよぎった時。
颯馬の体は私の目の前から右側に吹き飛んでいった。
代わりに私の前には、星鎧を纏っている陰星が着地した。
……また助けられた。
そんな複雑な想いの私に、陰星は「無茶するな」と言って来た。
とりあえず私は「……ありがと」とお礼の言葉を口にする。
「澱みは片付けた。あとはあいつだけだ」
「……わかった」
私の返事と同時に、陰星は颯馬に向かって走り出した。
私も少し遅れて後を追う。
陰星は右手を振りかぶって、拳を振るう。
だけど、その一撃は避けられた。
その次の瞬間、横から入って来た橙色の鎧が颯馬に拳を叩き込んだ。
あの色は平原。
そしてそのまま、陰星と平原が颯馬を追い詰める。
お互いの隙を埋めるような2人のコンビネーション。
だけど、2人全部任せるなんて嫌。
ようやく追いついた私は、2人の間をすり抜けて前に出る。
「元に……戻りなさいよ!!!!」
思いっきり振り抜いた右手を颯馬に叩き込む。
流石に予想外だったみたいで、綺麗に入った。
拳を受けた颯馬は吹き飛んで地面を転がる。
そのとき、後ろから「すずちゃん左に避けて!!!」という声が聞こえた。
私はその声に従って左に移動する。
すると、私がいたところを10匹ほどの透明な羊が駆け抜けていく。
サイズは……中型犬ぐらい
その羊の群れは颯馬を飲み込んで、颯馬の中心に回り出す。
そして、颯馬の姿は見えなくなった。
体感で1分ほど経って、羊の群れが煙のように消えた。
まるで、何もなかったかのように
そして残ったのは地面に倒れている人だけ。
さっきまで異形の姿だった颯馬が、元のジャージ姿に戻っていた。
……よくわからないけど、終わったってことかな。
落ち着いたからか、ちょっとフラフラしてきた。
その間にも陰星と平原が颯馬に駆け寄って、様子を確認している。
そして何かを拾い上げた。「やっぱり子馬座だったか」という言葉が聞こえてくる。
その後、こっちを向いて「というか」と言葉を発した。
「由衣。あの羊の動きなんだ」
「大きいの1匹よりも、小さいのが沢山の方が良いかなって思ったの。
それで、それなら回ったほうが良いかなって」
「……そうか。とりあえず、戦闘終了だ」
「おう!お疲れ!」
平原の言葉の後、すぐ近くで「お疲れ!……鈴保ちゃん、大丈夫?」と聞こえた。
その後に「鈴保……大丈夫?」という聞き慣れた声も。
振り返ると、いつの間にか元の人間の姿に戻った白上がすぐ近くにいた。
その隣には梨奈も居た。白上に身体を支えられているけど。
……やっぱり、ちょっと頭がはっきりしない。
そんな私の耳に、今度は陰星の声が飛んできた。
「レプリギアからプレートを抜き取れ。元の姿に戻れる」
「砂山……大丈夫か?」
視線を超えのした方に向けると、陰星も平原も既に元の姿に戻ってた。
とりあえず、私は言われた通りにプレートを抜き取る。
すると星鎧が光になって消え、私も元の高校のジャージ姿に戻れた。
星鎧が消えたから、視界もすっきり戻った。
でも、頭がぼーっとするのは治らない。
立ってるのか座ってるのかすらわからなくなってきた。
そう思った次の瞬間、私の視界は暗転した。




