第066話 挫折
「平原ってさ、挫折とかしたことある?」
夏の夜、川にかかる橋の上の欄干に身体を預ける2人の高校生。
そんな状況で、私は気が付くと平原にそんな質問をしていた。
「挫折?あ〜……あるにはあるな。一瞬で復活したけど」
「じゃあいい」
やっぱり聞く相手を間違えた。
この性格だから自分ですぐ復活できたとかそういうやつでしょ。
内心後悔していると、平原は「いやいや!」と反論してきた。
「砂山ほどではないと思うけど、俺は俺で大変だったんだぞ?
なんか……自分でこう言うと不幸自慢みたいだな……」
気まずそうな声で、そう呟いた平原は頭をかいている。
……でも聞いたのは私だから、ここで切り捨てるのは流石に酷いか。
それに聞くだけなら損はしないし。
そう考えた私は「……わかった。聞く」と言葉を返す。
すると平原は「まぁ、参考になる話かわからないけどな……」と言ってから話し始めた。
「俺さ、兄貴だと思ってた人に殺されかけたんだよな。それとボロクソに恨んでるし憎んでるって言われたんだよ。それで1回心が折れちまってさ」
「待って。どういうこと?」
「あ~……その人、怪物になっちまってさ。それで普段思ってる事が誇張されたとか何とか……」
あ、これ原理は本人もよくわかってないやつだ。
私は早く話を進めて欲しいので、「じゃあいい。続きは?」と急かす。
「んでそんときに、真聡に言われたんだよな。『兄貴と過ごした日々がどうあれ、俺の中にあるものは嘘じゃない。俺の中にあるものは簡単に消えたないだろ』って。
その言葉で立ち直れたんだよな。あのときああ言われなかったら……俺はどうなってたんだろうな。
ま、もしもの話なんかしてもしょうがないか!」
そして平原は「これが俺の挫折と復活」という言葉と共に、パンっと手を叩いて重たい話を締めた。
……めっちゃ重たいじゃん。怪物となった相手に殺されかけたって。
そんな話聞かされたら……こんなことで腐ってる私が馬鹿みたい。
……話すしかないじゃん。
私は覚悟を決めて「……私はさ」と口を開く。
「陸上やってたんだよね。でも中学3年間の最後の大会直前で怪我して、出れなくなった。
そこから何か、全部がどうでも良くなってさ。私、何のために頑張ってたんだろ〜って。
そう思ったら部活も勉強も、学校も頑張る気がなくなったんだよね。そしたら挙句の果てには同じ部活のやつから『お前は陸上から逃げた』って言われるしさ。
じゃあ、どうしろって言うの?私だってどうしたら良いのかわかんないのにさ」
そう言い切った後、平原から言葉は返ってこなかった。
私達の間に沈黙が訪れる。
言葉がない分、道路を走る車の音、そしてかすかに聞こえる風の音がより大きく聞こえる。
少ししてから、平原はようやく口を開いた。
「……やりたいこと、やれば良いんじゃね?」
「だからそれがわかんないんだって」
「あ〜……うまく言えないけどさ、小さなことでも良いんじゃねぇか?
あ、ほら。お前髪の毛、それ染めてるんだろ?」
平原が私の頭を見ながらそう聞いてきた。
私は「そうだけど」と返す。
「何で染めたんだ?」
……別に、理由なんてなかった。
ただ、衝動的にいつもと違うことがしたかっただけ。
つまり……。
「……何となく。気が晴れるかなって」
「それってつまり、少しはやりたいと思ってやったんだろ?
だから染めたのと同じようにさ、少しでもやりたいと思ったことやれば良いんじゃねぇか?
だって前に進むにしても、まずは一歩踏み出さないと進めないだろ?
それに自分の人生なんだしさ、他人の言葉なんて気にしないで、好きなようにやれば良いんだよ!」
「ま、人に迷惑をかけない範囲でだけどな〜」と言いながら、また平原は笑い始めた。
こいつ、よく笑うな……。
だけど平原の言葉は、少し呆れてる私を気にしないように続く。
「それと、これは砂山が走ってった後に真聡が言ってたんだけど、『人は産まれたからには何かしらの役目がある。それまでは死ねない』なんだってよ。
俺にはよくわかんないんだけどさ」
「……よくわかってないことを伝えないでくれる?
何が言いたいの平原は」
「あ〜……まぁ俺が言いたいのは『その役目がわかるまでは自分のやりたいことをやれば良いんじゃねぇか?』ってこと。
……さっきの話と同じか?これ」
……何それ。人間70億人以上いるのに全員に役目があるわけないじゃん。
そう反論しようかと思ったけど、平原は「人に何かを伝えるのって難しいな〜……」と呟いている。
……反論するなら平原じゃなくて陰星にするべきか。
だけど……。
「……少しだけ、スッキリしたかな」
「お、マジ?」
「少しだけね」
平原は今度は「よっしゃ!」と言いながらガッツポーズして喜んでる。
……本当になんなの?こいつ。
そこまでして喜ぶ理由がわからなかったので、見なかったことにする。
そして何となくでスマホを見ると、もう21時を過ぎていた。
「……私。そろそろ家に帰ろうかな」
私の言葉で平原もポケットからスマホを取り出して、時間を確認している。
そして「まぁ〜……こんな時間だもんな……」と呟いた。
「……付き合わせて悪かったわね」
「いや、俺は……砂山のことが知れたし良かったかな」
「え、何それ。気持ち悪いんだけど」
「いや!変な意味じゃねぇって!」
反射的に思ったことをそのまま言ってしまった。
そして平原は私の返しに慌ててる。
この感じだと……本当に私が悩みを話してくれて少しでもスッキリできたのが嬉しかったってこと?
……えじゃあ、今のは素で言ったってこと?
私はますます平原のことが理解できない気がした。
一方、平原は私の追撃が来ないからか「まぁ……」と口を開いた。
「また何か困ったら相談してくれよ。聞くことしかできないかもしれないけどさ」
「調子に乗らないでくれる?」
「酷くないか!?」
「今のは冗談。……ありがと」
その言葉を最後に、私は平原に背を向けて家に帰ろうとする。
すると平原の「あ」という声が背中に飛んできた。
「……また怪物に出会ったら知らせてくれよ。助けに行くから」
私は振り返らずに「……平原も戦えるの?」と言葉を返す。
「真聡ほどじゃないけど……少しはな。それに、真聡もきっと来てくれる」
陰星 真聡。
本当によくわからない。
口悪いし冷たいのに、ここまで誰かに信頼されてるなんて。
それに、誰かのために自分を顧みず怪物と戦うなんて。正気とは思えない。
……でもまぁ、もう怪物とは関わらないでしょ。
というか関わりたくないし。
そう思いながら私は平原に「出会ったらね」とだけ答えて、家に向かって歩き出した。




