第063話 話す事なんて
時間は陰星 真聡が白上 由衣達と別れる直前まで遡る。
☆☆☆
「好きにしろ。俺はすることがあるから帰る」
まー君はそう言い残して、立ち去っていく。
私はそんなまー君の背中に「ねぇ!」と叫ぶ。
「本気で帰るの!?ねぇってば!!」
「マジで帰るのかよ!おい!」
しかし、まー君は私と志郎君の声を気にも留めず歩いていく。
そしてその背中は路地を曲がって見えなくなった。
残された私と志郎君は揃ってため息をつく。
そして志郎君は「……とりあえず」と呟くように口を開いた。
「俺達だけで砂山を探すか」
「だね……」
「俺の方が体力あるだろうから、遠くから攻めるわ」
「お願いします……。じゃあ私は……」
そこまで口にして、私は言葉に詰まった。
だってどこを探せばいいかわからない。
砂山ちゃん、あの感じだと学校には戻らないよね?
じゃあ……私も遠くを行くべき?
でも、星雲市《この街》って結構広いから……。
そこまで考えたとき、後ろにいる智陽ちゃんが「じゃあ学校に戻ったら」と口にした。
私は振り返りながら首を傾げて言葉を返す。
「……なんで?」
「さっき白上さんが私に託した女の子。
砂山さんと喧嘩していたから、話を聞けるかもしれないと思って。
足怪我したみたいだから保健室に連れて行ったの。だから、まだいるかもしれないと思って」
智陽ちゃんの提案に、私は「あ、そっか!」と返す。
でも……。
「智陽ちゃんはどうするの?
戦える私が探しに行って、智陽ちゃんが話を聞きに行った方が良いんじゃないの?」
「私は陰星君を追いかける」
私の口から、「何で!?」という驚きの声が漏れた。
志郎君も驚いたみたいで「いやいや」と口を開いた。
「別に追いかけなくていいだろ……」
「私、初めての人と話すの苦手だから。それに陰星君に言いたいこともあるし」
……苦手なことを無理にお願いするのは良くないよね。
それで「言いたいこと」って……きっと、さっきのまー君の言い方についてだよね。
……何か考えがあるのかな?
でもやっぱり私もあれは駄目だと思うし、まだ言い足りない。
そう考えた私は「じゃあ……」と口を開く。
「まー君をお願いします」
「うん。何かあったら連絡して。陰星君に伝えるから」
そう言い残して、智陽ちゃんは小走りで立ち去っていく。
……そういえば、智陽ちゃんはまー君の家知らないよね?
私は慌ててもう1度声を張り上げる。
「メッセージで場所送るからーー!!!」
しかし、智陽ちゃんは反応せずに路地を曲がっていった。
私はすぐに地図アプリからの共有を使って、メッセージアプリで住所を送る。
反応はなかったけど……聞こえてるよね?
メッセージを送りながら私は少し不安になってきた。
そこに志郎君が「じゃあ」と口を開いた。
「俺も行くわ」
「う、うん。何かあったらグループに連絡するから!」
「おう!」
その会話の後、私は志郎君と反対向きへ歩き出す。
「学校に戻ったけど、もうあの女の子は居ませんでした」というのは困るから、少し走って。
でも、もしかしたら砂山ちゃんやあの蠍がいるかもしれないと思って、周りには気を付けながら。
だけど、結局何も見つからないまま、学校に着いてしまった。
……でも、私の目的はあの女の子だから。
私は気を取りなおして、門を通って敷地内に入る。
そして一直線に保健室へ向かう。靴を履き替えてる時間も惜しいから外から回っていく。
暑いけどこれぐらい平気。日焼け止めも塗ってるし。
数分も経たずに、1階にある保健室がある辺りが見えてきた。
そして廊下の窓の向こう、保健室の前に人が何人か居るのが見える。
遠くからで見えないけど、男子生徒と女子生徒がいる。
あと多分保健室の先生とたぶんもう1人先生がいる。
私はもう少し近づいて目を凝らす。
わかったのは、どうやら男の子はさっき砂山ちゃんと喧嘩してた人、女の子はその喧嘩を止めようとしていた人ってこと。
あと先生はあれ、教頭先生かな……?
とりあえず間に合って良かった。
そんな安心感が湧いてきた。
……あの子、砂山ちゃんを庇ったときに怪我してたのかな。
私が助けたときも、足引きずってたもんね。
今行くのはちょっと気が引けるけど、話を聞かないといけない。
私は覚悟を決めて前に進む。
すると男の子以外は職員室の方へ向かい、男の子だけが別の方向へ向かった。
……どっちに行くべき?
そんな考えが頭の中に生まれた。
でもたぶん、先生がいる方へ行くと邪魔になりそうな気がする。
というか何か言われそうな気がする。
教頭先生、生徒指導も担当してるから怖いし……。
なので、砂山ちゃんと喧嘩していた男の子を追いかける。
……男の子もちょっと怖いけど。
男の子は1階の渡り廊下で靴を履いて、外に出てきた。
私は見つからないように少し隠れる。
そのままグラウンドの方に向かっていく男の子。
私は何て話しかけようか悩みながらも追いかける。
すると先に男の子が立ち止まった。
そして半身で振り返りながら、「何の用だ」と言葉を投げてきた。
追いかけてたのがバレたみたい。
私は少し焦りながら「あ、えっと……」と言葉を捻りだす。
「そのぉ……友達……怪我……したんですか?」
「さっきな。だから忙しいんだ。それだけか」
……凄く機嫌悪くない?
機嫌が悪いまー君もかなり怖かったけど、あれはまー君だから普通に話せてた。
だけど初対面の人が機嫌悪いと何て話せば良いか本当に分からない。
でも話を聞かないと何もわからない。
だから私は、勇気を出して「砂山 鈴保ちゃんと知り合いなんですか?」と聞いてみる。
男の子からの返事はない。
夏の暑い風が通り抜けるのが、より暑く感じる。
口の中が渇いてくる気がする。
そして、数秒後に帰ってきたのは舌打ちだった。
怖い……。
流石にこの人相手に1人は嫌だ……。
まー君……だとたぶん喧嘩になると思う。だから志郎君がいてくれたらな……と少し弱気な気持ちが湧いてくる。
でも、ここで逃げたら話は進まない。
なので私は立ち去らない。言葉を待ち続ける。
男の子の視線は、私の反対側を見ている。
あと、手を強く握っている。
どれくらい経ったかわからない。数分だったかもしれないし、1分もなかったかもしれない。
でも、ようやく男の子が口を開いた。視線は背けたままで。
「……あいつについて、話す事なんてない」
そう言い残して男の子は、去って行ってしまった。
これ以上追いかけると……本当に怒られるよね。
手がかりが無くなった私は途方に暮れる。
……ここからどうしよう。
砂山ちゃん探しに戻るべきなのはわかってる。
わかってるんだけど……砂山ちゃんと喧嘩相手の男の子の様子からして、2人の間に何かあっただと思う。
さっきも喧嘩してたし。
その問題を放っておいていいのかな……。
私1人じゃ結論が出ない。誰かに相談したい。
だけど、まー君は「放っておけ」と言うのは目に見えてる。
志郎君……は今走り回ってるはずだから気が引ける。
ひーちゃんは……多分乗ってくれるとは思う。
でも、まー君に「あまり巻き込んでやるな」って言われたからやめた方が良いよね……。
私の口から、思わず「誰も相談できる人がいな〜い……」と言葉が漏れる。
……そう言ってから気づいたけど……相談できる人いるよね?
私は急いでスマホのメッセージアプリを開いて、その子とのトーク画面を出す。
そして、通話ボタンを押してみる。
その子は、3コールよりも前に通話に出てくれた。




