第049話 機嫌が悪そうな人
校庭に照りつける日差し。
数日前に梅雨入りしたと聞いたが、今日はその話を疑いたくなるぐらいの雲一つ無い青空が広がっていた。
いや、梅雨に入ったとはいえ毎日雨じゃないことぐらいわかってる。
だが今日という1日校庭に居ないといけない日に限って何で雲が1つもないんだと少し恨めしく思った。
そんな若干不機嫌な俺とは対照的に、星芒高校の校庭は楽しそうな熱気に包まれていた。
そう、今日は体育祭。
別に俺としてはどうでもいいというのが1番の感想だ。
運よく、人数の問題でどの種目にも出場しなくて済んだし。
だから面倒なので休みたかったのだが……由衣がうるさいのと、色々と融通してくれる担任のタムセンに悪い。
そのため俺は仕方なく出席して、諦めて校庭に設置されたテントのうちの一番隅にあるテントの陰に座っている。
まぁ結局、由衣は来てもテンションが高くうるさかったのだが。
やたら写真を撮ろうだのなんだかんだうるさい。
だが今は別のクラスの友人達とどこかに行っており、俺は1人で座っている。平和だ。
この平和が閉会式まで続いて欲しい。
しかし、その平和もすぐに終わりを迎えた。
「まー君!まー君!来て!急いで!大至急!!!」
由衣が叫びながら戻って来た。
思わず出そうになるため息を堪えて、「なんだ」と聞き返す。
「説明は後!いいから来て!お願い!まー君が必要なの!」
そう言いながらも由衣は既に俺の手を掴んで、引っ張っている。
……拒否しても引きずっていかれるやつだろ、これ。
俺は諦めて立ち上がって、由衣に手首を掴まれながら走り出す。
……俺が必要ってなんだ?
今澱みや堕ち星が出たわけでもあるまいし。
そう考えながら連れて行かれたのは、自分のクラスのテント。
ロープを挟んでトラック側に誰かがいる。あれは……。
「長沢 麻優?」
「麻優ちゃん!連れてきたよ!」
「ありがと由衣ちゃん!真聡君!ほら行くよ!早く入ってきて!」
長沢に急かされながらロープを跨いで、トラックに入る。
そして今度は長沢に手首を掴まれて、走ってトラックを縦断する。
そして辿り着いたのは運営テント。
……どういう状況だ?
「はい!お願いします!」
長沢 麻優は勢いよく持っていた紙を渡す。
そして、渡された体育委員の生徒は少し驚いた顔をした後、俺のことを見てる。めっちゃ見てる。
そして数秒ほど見られた後。
生徒は頷いて「合格です」と呟いた。
「やったぁ!流石真聡君!友達で良かったよ〜!」
「は?」
嬉しそうに手を叩く長沢。
「訳が分からん。説明しろ」と言う前に俺達は誘導され、トラックの中で座らされた。
そして、スピーカーから放送部の実況が響く。
『今、3組が1位でゴールしました!他のクラスも頑張ってください!』
その声の後、俺は「説明しろ」と長沢に問う。
「え、本気で言ってる?
……あ、もしかして今何の競技してるかわかってない?」
「興味ないからな」
長沢は信じられないって顔をしてる。
……悪いかよ。
そして競技名を聞こうとしたとき。
他のクラスが順番にゴールし、何もわからないまま競技が終了した。
☆☆☆
退場門では由衣、日和、そして華山 智陽がいた。
合流した後、5人で退場門から離れる。
すると最初に由衣が口を開いた、
「2人ともお疲れ〜!!まー君大活躍だったね!」
「いやぁ、本当に大活躍だったよ〜。真聡君が友達でいてくれて本当に助かった~」
「おかげで1着だったもんね!
……で、お題何だったの?麻優ちゃん、お題見た瞬間直に私のとこに来たけど……」
「あぁそれはね。お題は『機嫌が悪そうな人』だったんだっ……」
その瞬間、俺以外の4人が全員笑い出した。
普段あまり笑うところを見ない、日和と華山ですら笑っていた。
……というか、さっきのは借り物競争だったのか。
いやお題としてどうなんだ。色々怒られそうなお題を混ぜるな。
「それ……間違いない……!まー君が1番だよ……!」
「白上さんに同意。陰星君なら間違いなく1番」
そう呟いた華山は、既に笑いの波は治まったという顔をしている。
だが、目が合わない。
……こいつ、実はまだ笑ってるだろ。
そんなことを思いながら「……お前ら失礼じゃないか?」と呟く。
すると「文句が言いたいならその前髪と目つきを直すべき」と日和の正論ストレートツッコミが返ってきた。
「前髪で目が隠れていて目つきが悪い」と言われたら機嫌が悪いと言われても仕方はないかもしれない。
……いや、それでも失礼だろ。
それに俺は目つきを意図的に悪くしてるわけじゃない。何なら自覚はない。
そんな会話をしているうちに、最初にいた校庭端のテントに辿り着いた。
俺は反論するのもめんどくさくなったので諦めて座る。
すると、4人もそのまま座った。
「そうだ真聡君、髪型変えたかったらうちに来なよ!」
「そう言えば、麻優ちゃんの家は美容室なんだっけ?」
「そうそう!」
そこから始まる雑談。
……何でここでするんだ。
そう疑問に思ったとき。
「いたいた!」という声と共に、もう1人の元気なやつが現れた。
「見てたぜ〜!さっきの!」
「あ、志郎君!お疲れ〜!」
「おう、お疲れ!で、さっきのお題何だったんだ?」
「それがね……機嫌が悪そうな人だったんだって!」
お題を聞いて、志郎まで思いっきり笑いだした。
やっぱりこいつら失礼だな?
というより……。
「何でお前ら集ってくるんだよ」
「え?」
全員が俺の方を見る。
そして、次に口を開いたのは由衣だった。
「やっぱり機嫌悪いじゃん!」
「違う。理由を聞いてるんだ。疑問を口にしたら悪いか」
そう言うと微妙な空気になってしまった。
だが、俺は気にせず言葉を続ける。
「由衣と日和はわかる。あと、志郎もな。そっち2人、長沢と華山は何でだ」
実際、他にも友人が多い長沢と人と関わるのが好きじゃない華山がここにいるのが不思議だった。
先に口を開いたのは長沢だった。
「私は……真聡君が面白いからかな?あとはちゃんと友達になりたいな〜って」
よくわからない理由だ。ちゃんと友達になりたいってなんだ。
「俺のどこが面白いんだ」と返しながら、次に華山に理由を聞く。
「私はどこ行ってもうるさいから、まだあなた達の側にいた方がマシかなって。その方が変な言いがかりもつけられないだろうし」
それもそれでどういう理由だよ。俺達は隠れ蓑か。
やっぱり華山は何を考えているかわからない。
黙って考えていると今度は由衣が口を開いた。
「……別に理由なくてもいいでしょ。楽しければそれで良いじゃん!」
「そうそう。真聡君は難しく考えすぎなんじゃない?」
由衣と長沢は「ね〜!」と言い合う。
……仲いいなこいつら。
そこからまた雑談が再開された。
わざわざ移動するのも面倒なので、俺は諦めることにした。
すると今度は志郎が「真聡……」と少し呆れているような声で話しかけてきた。
「お前、由衣以外の女子にもその話し方なんだな……」
「何が言いたい」
そう返すと、今度は「え、怒らねぇ?」と少し引いたような言葉が返ってきた。
じゃあわざわざ言うなよ。
そう思いながら「怒らん」と言葉を返す。
「ここまで言われて止める方が気になる。言え」
「そうか?あ~……いやぁ……真聡、もう少し普通に喋れねぇのか?」
「普通とはなんだ」
「あ~こう……なんというかよ?もう少し……優しく?丁寧に?喋れねぇのか?」
「別に必要ないだろ。それに必要な会話はしてるだろ」
俺の言葉に、志郎の口から何とも言えない声が漏れている。
「まぁいいか!それはお前の自由だもんな!この話は忘れてくれ!」
……無理やり話を終わらせやがった。
結局何が言いたいんだこいつ。
そう考えていると、「平原」と志郎を呼ぶ声が聞こえた。
「ん?誰か俺を呼んだ?」と志郎は聞いてくる。
しかし、ここにいる5人は誰も呼んでないため全員が否定する。
「平原。やっと見つけた」
「おぉ!砂山じゃねぇか!どうした?」
現れたのは女子生徒。
身長は俺ぐらいのスポーツ少女のような外見。だか髪の毛が金色に染まっているため……真面目な印象は持てない。
由衣が横から志郎に誰かを聞いている。
名前は砂山 鈴保。志郎と同じクラスで体育委員らしい。
「で、何しに来たんだ?」
「何しに来たじゃないでしょ。集合時間なのにあんたがいつまでも来ないから探しに来たんだけど」
「あっ……悪い!急いで行くわ!じゃあみんなまたな!」
そう言って志郎は本部テントに向かって走っていった。
砂山 鈴保も後を追うように去っていく。
そんな2人の背中を見ながら、由衣が「……あれ?」と呟いた。
「ひーちゃん、私達ももうすぐ集合だよね?」
「確かに。もう行っとく?」
「行こっか!じゃあまた後でね〜!」
そう言って、由衣と日和も去っていった。
あの2人は同じ競技に出ると言っていたな。
そして残ったのは、俺と長沢と華山だけとなった。
「みんな行っちゃったね〜」
「私は静かな方がいい」
「同じく」
そして訪れる沈黙。
ただでさえ周りが騒がしいんだから、少しぐらい静かな方が良い。
しかし、長沢は嫌なようで「ねぇ、何か話すことない?」と聞いてくる。
「「ない」」と否定する声が華山と重なる。
……前にもあったなこんなこと。
長沢は何やら不満そうだが「まぁ……これはこれで悪くないよね」と言い口を閉じた。
すると、生徒たちの声が校庭に響いているのがよく聞こえる。
応援、絶叫、笑い声。
《《普通の》》高校生活の光景。
だけど俺は、高校生活を送るためにこの街に戻ってきたんじゃない。
この街で観測された魔力の異常を調べるために来たんだ。
だから俺は、こんなことをしてる場合ではない。
だが、情報を集めるためには普通に生活をしていた方が都合がいい。
何より、高卒の資格は必要だ。
……普通と言えば。
俺はやっぱり、さっきの志郎の話が引っかかっていた。
「話すことない?」と長沢に求められていたので、残った2人に聞いてみることにした。
「2人に聞きたいが、俺の話し方。どう思う」
「どう思うって……急にどうしたの?」
「さっき『もう少し丁寧にとか優しく喋れないのか』と言われた」
「誰に」
「お前らが知らないやつだ」
志郎はさっきの一瞬しか一緒にいなかった。
だから、2人からすれば知らないやつだろう。
そして2人は考えているようで口を閉じている。
先に口を開いたのは長沢だった。
「まぁ、私は慣れたからなんとも思わないけど……変えようと思うなら変えたら良いんじゃない?
それに……真聡君、顔は良いから喋り方を優し〜くしたらモテるんじゃない?」
「そういう話ではない。そもそも興味がない」
「だよね~……。
まぁ、もう少し丁寧な喋り方の方が人当たりはいいと思うけど、真聡君の自由だと思うよ?」
……結構参考になる意見だ。
そう思いながら俺は「そうか」と言葉を返す。
「華山は」
「私はノーコメントで。人当たりが悪いのは人のこと言えない」
……逃げたな。
そう思いながらも「ならいい」と言葉を返す。
再び沈黙が訪れる。
相変わらず校庭には、盛り上がっている生徒の声が響いている。
そこに放送部の声が響いた。
「次の競技は、二人三脚です!」
「二人三脚は由衣ちゃん達と……日和ちゃん?も出るよね。
せっかくだし見に行かない?」
面倒だ。行きたくない。
しかし、行かないと確実に戻ってきた由衣に何か言われるのは間違いないだろう。
絶対文句を言われる。
俺は大きく息を吐いてから「……行くか」と呟く。
「え、行くの」
「ちょっと予想外」
2人がなんか言っているが、俺は聞こえてない振りをして立ち上がる。
そして、トラックの方へ向けて歩き出した。
ちなみに由衣は田渕という奴とペアで、1位でゴールした。




