第322話 姿がない
時間は少し戻り、射守 聖也がへび座の堕ち星と対面していた頃。
☆☆☆
「曲がるぞ」
「あぁ」
佑希とそんな会話をしながら、俺は住宅街の曲がり角を曲がる。
星雲市運動公園まで、あと少し。
走る速度を、上げる。
2年生になって2週間。
星鎖 彩千果が学校に来るようになって、初めての金曜日。
そんな日の放課後に、俺は佑希と住宅街を全力で走っていた。
走っている理由は「運動公園に怪物が出た」という情報を、智陽が掴んだから。
智陽が、というよりは智陽が使ってるAIのスターがだが。
そして俺達は、研究所跡地に向かっている途中にそれを知った。
そのため俺と佑希は鞄と他のメンバーの連絡を智陽に任せ、一足先に運動公園に向かっている。
ちなみに由衣が居ないのは、由衣は星鎖 彩千果と帰っているため。
由衣は彼女が学校に来るようになってから、彼女とよく話すようになっていた。
そのため、俺は由衣と話す事が減った。
そんな由衣に着いて行く日和とも。
一方俺は、残った佑希と智陽の3人だけで行動することが増えた。
だが、智陽に由衣への連絡も頼んでいる。
自由だが真面目ではある由衣のことだ。
遅れては来るだろうが、必ず来るだろう。
そして遂に、運動公園が見えてきた。
俺達は足を止めることなく、公園内に入る。
しかし、少し中に入った場所にある広場で俺は足を止めた。
その理由は、運動公園の中は結構広いため。
闇雲に探すのは体力と時間の無駄になるぐらいは広い。
なので立ち止まって、辺りの状況を窺いながら耳を澄ます。
ついでに呼吸を整えながら。
そして後ろを走っていた佑希も、同じような行動をとっている。
さて……怪物が出たと言われたのはどこなのか……。
そう思ったとき。
右側から、衝撃音が聞こえてきた。
本当に小さくだが。
だが、些細なことが意外と手掛かりになる。
俺はすぐに「佑希」と声をかける。
すると「あぁ、行こう」という返事が来た。
どうやら、佑希も同じことを考えていたらしい。
視線も合った。
そして頷いた後、俺達は再び走り出す。
右側にあるのは市民プールや市民体育館。
2か月前にも、入海先輩の件でここでいるか座の堕ち星と戦闘した。
だがいるか座のプレートは回収してある。
入海先輩と同じ水泳部で去年同じクラスだった永川からの連絡もない。
……流石に別件だよな。
思わず頭の中に湧いてきたそんな疑問を処理しながら、走る。
衝撃音が聞こえてくるのは市民体育館正面の林からだった。
俺達は躊躇いなく飛び込む。
そこに居たのは。
全身黒いが、木製と思われる体表。
足には鳥の羽根で作られたような装飾、頭には光沢のある笠のような物がある異形だった。
恐らく堕ち星だろう。
星座は……や座だろうか。
や座は林の中で辺りを見回している。
だが、動きは遅い。
そしてそこからいくつか離れた木の陰には。
木の幹に背中を預け、高校指定のジャージ姿で座り込んでいる射守 聖也が居た。
しかし、いつも射守の傍にいる矢持 満琉の姿がない。
そして堕ち星と思われるや座は、射守が持っているはずのプレート。
それに気が付いた瞬間。
頭の中に、ものすごく嫌な予感が湧いてきた。
俺は咄嗟に左手でお腹の上を右から左に動かして、紺色のギアを呼び出す。
そして左手に山羊座のプレートを生成する。
同時に「佑希」と口を開く。
「俺は射守のカバーに行く。
佑希はあのや座と思われる堕ち星の相手を頼む」
「わかった」
その返事を聞きながら、俺は山羊座のプレートをギアの中心部に差し込む。
そこからいつもの手順を取り、左腕を左に伸ばす。
そしてすぐに目を隠すように左腕を戻す。
「「星鎧 生装」」
俺と佑希の声が重なった。
どうやら佑希も同時に手順を取っていたらしい。
そのため山羊座と双子座、2つの星座が飛び出すのが見えた。
そして俺達がその手順を取っている間。
射守は立ち上がり、紫の弓を構えていた。
当然、狙っているのはや座の頭だろう。
しかし、狙っている腕は震えているように見える。
遠いので断言はできないが。
どちらにせよ、良くない状況なのは確かだ。
早くや座を抑えないけない。
しかし、焦っても星鎧が生成される速度は変わらない。
いつものようにギアから飛び出した星座は紺色の光を放ち、俺の身体はその光に包まれる。
その光の中で、俺は黒色と紺色の鎧に身を包む。
そして、光は晴れる。
同時に、射守が矢を放つのが見えた。
放たれた矢は紫の尾を引きながら、一直線に矢座に向かって飛んでいく。
……間に合わなかった。
だが、これでや座が深手を負ったなら。
早く無力化できるだろうか。
元となった人間が頭を射抜かれて、死ななければの話だが。
そう考えている間に、紫の矢はや座の頭を貫いた。
しかし、や座は痛がる動きを見せていない。
それどころか、や座は自分の周りに黒い矢を生成し始めた。
……外れたんだ。
位置の関係上、俺達には紫の矢はや座の頭を貫いたように見えた。
しかし実際は、矢はや座の向こう側を通り過ぎたらしい。
……もっとマズいぞこれ。
確信した俺は「佑希頼む」と言葉を残して走り出す。
向かう先は、木にもたれかかっている射守の下へ。
射守はその姿勢のまま、動く気配がない。
とりあえず、あの黒い矢を何とかしないといけない。
何とかするために、俺は走りながら左手に杖を生成する。
そして、言葉を紡ぐ。
「水よ。生命の源たる水よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え」
そこまで紡いだとき。
矢座の周りに浮かぶ黒い矢が動き出した。
向かう先はもちろん、射守の方へ。
このままだと、俺が辿り着くよりも早くに矢が射守を襲う。
そう感じた俺は、足に力を入れて地面を踏み切り、跳ぶ。
そして宙を舞いながら、俺は言葉を紡ぎ続ける。
「今澱みに塗れ、堕ちた星と成りしや座が現れたり。
そのや座が放ちし矢から、我らが身を護り給え」
紡ぎ終えると同時に、俺は射守の前に着地した。
そしてすぐに杖を両手で持ち、身体の前で掲げて詠唱水魔術を発動させる。
水が、俺を中心に幕を張るように生成される。
もちろん、すぐ後ろの射守まで囲うように。
そしてや座が放った黒い矢は、全てその水の幕が受け止めた。
なんとか間に合った。
星力を実体化させた鎧の下で、呼吸を整える。
同時に状況を窺う。
黒い矢はもう飛んできていないようだ。
や座の堕ち星は今、左半分だけが黄色の鎧。佑希が抑えている。
それなら。
俺は次の一手を打つために、言葉を紡ぐ。
「水よ。今内に含みし物と共に、堕ちた星と成りしや座を押し流し給え!」
そして掲げた杖を、や座の方へ向ける。
すると、水の幕は一気にや座に向かって流れ出した。
同時に「避けろ佑希!」と叫ぶ。
しかし突然。
流れ出した水に対し、横側から赤黒い靄が衝突した。
その靄の影響で水はや座や佑希の元まで届かず、押し合いが始まった。
見覚えしかない赤黒い靄。
予想が正しければ、恐らく毒の息。
集中し、押し負けないように力を込める。
しかし、この水は最初に防御として使った水の幕の再利用。
生成していた量はそれほど多くない。
そのため、水はすぐになくなってしまった。
しかし水が無くなったのと同時に、赤黒い靄も止まった。
その代わりに。
「邪魔しないでくれるかなぁ。
今いいところなんだけど」
そんな声が木々の間に反響した。
その声の主は、俺が水を放った先。
俺の正面、佑希とや座の間。
そこに、赤黒い体色の蛇の異形。
へび座の堕ち星が居た。




