第316話 まるで
私が無理矢理学校に行こうとして、失敗して。
そして白上 由衣さんと知り合った、次の日の午後。
私は自分の部屋で、また言うことを聞かない自分の身体と戦っていた。
段々早くなる鼓動に「落ち着いて欲しい」と願いながら、椅子に座っていた。
私の身体がまた言うことを行かない理由、それは。
もうすぐ、白上さんが来るから。
始まりは今日の朝に「おはようございます!突然だけど今日の放課後、会いに行ってもいいですか?」というメッセージが来たこと。
白上さんに昨日助けてもらって、話してみて。
悪い人ではないとは思った。
でもまた別の日に会うとなると、別の話になってしまう。
頭では大丈夫とわかっていても、緊張してしまう。
身体は、勝手に反応してしまう。
でも、せっかく「会いに行ってもいいですか?」と聞かれたのに断るのは、どうかと思った。
私は既に、来てくれた人に酷いことを言ってしまったのに。
人は怖い。
優しさは怖い。
それは……変わってない。
だけど。
誰かを傷つけたいとも、思えない。
だから私は「ありがとうございます。待ってます」と返事をした。
そして今、午後4時前。
学校も終わったはずの時間。
もう、いつ白上さんが来てもおかしくない時間。
私の身体は、徐々に言うことを聞かなくなってきた。
頭の中に、恐怖と緊張が侵食していく。
今、「来ないでください」とメッセージを送れば治まるのかもしれない。
だけど、逃げたくなかった。
もう、あんな目には会いたくない。
でも私だって、学校に行きたい。
そのとき。
微かに「ピンポーン」と電子音が聞こえた。
……来た。
私はすぐに椅子から立ち上がる。
そしてスマホを持って、玄関へと向かう。
でも、やっぱり身体が言うことを聞かない。
だから、壁を伝いながら歩く。
白上さんが来ることはお母さんには伝えている。
そしてお母さんは私が昨日、白上さんに家まで送ってもらったときに顔を合わせてる。
だから、心配はない。
でも、白上さんは私に会いに来た。
だから、行かなきゃ。
なんとか玄関まで辿り着ついた玄関には、お母さんと紺色のブレザーを着た白上さんが居た。
お母さん越しに私の姿が見えたみたいで、白上さんが「星鎖さん!」と声をかけてくれた。
その声でお母さんが振り向いた。
「彩千果……大丈夫?」
「……うん」
「どうする?
上がってもらう?」
……どうしよう。
でも白上さんは、私と話したくて来てくれたんだと思う。
でも上がってもらうのは……ちょっと怖い。
今はまだ、なんとか身体は言うことを聞いてくれる。
だけど、これ以上悪化したらどうしよう。
でも、このまま玄関で話すのは申し訳ない。
……そうだ。
「お母さん。縁側……使っていい?」
「いいわよ。
……行ける?」
「うん。大丈夫。
白上さん、外からでもいいですか?」
「もちろん!」
白上さんは笑顔でそう言ってくれた。
……笑顔が眩しい。
そんなことを思いながら、私は前に進む。
そして外に出るためにサンダルに足を入れる。
すると、白上さんは先に外へと出た。
私もお母さんの「何かあったら呼んでね」という声を背中に受けながら、外へと出る。
「こっちです」
そう呟いた後、私は縁側の方へと向かう。
そして私は、午後の日差しで温められた縁側に腰を下ろす。
すると、白上さんは私の右隣に座った。
……聞いても、大丈夫だよね。
私は自分に確認して、深呼吸をしてから「それで」と口を開く。
「なんで……来てくれたんですか?」
「それは……星鎖さん、『学校に行きたい』って言ったから。
だから私がこうやって来て、学校のことを話したら、少しずつでも慣れることができるかな……って」
私のリハビリに、付き合ってくれる……ってことなのかな。
私がそう考えていると、白上さんが「それで……私は来ても大丈夫?」と聞いてきた。
……凄く緊張はする。
怖いとも思う。
でも、信じたいと思った。
それにこんなに一生懸命で、表情がころころ変わる人に裏はないと思った。
オーバーリアクションなのもちょっと可愛い。
もし、白上さんのこれが演技で、偽りの優しさなら。
きっと私は、何も信じられなくなると思う。
でも今は信じたい。
理由は分からないけど、そう思えた。
だから私は「……はい」と言葉を返す。
「そっ……か。
実は……さ。今日……私の親友……連れてきてるんだけど……」
白上さんのその言葉を聞いて、心臓が跳ね上がった気がした。
そして手足が、じんわりと痺れ始める。
そこに。
「あ、もちろん女の子だよ!
星鎖さんが少しでも話せる人が増えたらいいなと思って……着いてきてもらったんだ。
もちろん、無理なら帰ってもらうけど……どうしよ?」
そんな、白上さんの少し焦った声が飛んできた。
あまりの突然のことで驚いてしまった。
でも、白上さんの親友の女の子なら。
それに、せっかく来てくれたのだから。
会わずに帰ってもらうのは、酷いと思った。
「……大丈夫です。
会って……みたいです」
私のその言葉に、白上さんは「わかった」と呟いた。
そして、神社の方を向いて「ひーちゃん!」と叫んだ。
その数十秒後。
白上さんと同じ、紺色のブレザーを着た女の子がやって来た。
「水崎 日和です。
由衣から星鎖さんの話は聞いてます」
「ごめんね、勝手に話して。
でも、私もひーちゃんも、星鎖さんの力になれたら……って思ってくれてるから」
両手を顔の前で合わせながら、そう言ってくれた白上さん。
その気持ちが、本当に無償の親切や優しさなら、本当に嬉しい。
私だって、そう信じたい。
でも、身体は言うことを聞かない。
手足の痺れと震えは、どんどん酷くなっていく。
息をするのも少し辛くなってきた。
……やっぱり、早かったのかな。
もう、元の身体には戻れないのかな。
そう思ったとき。
「星鎖さん……大丈夫?」
そんな白上さんの声が聞こえた。
そして同時に白上さんは私の手を、右手が上で左手を下に包むように握ってくれた。
……いつの間にか、私は自分の両手を握りしめていたみたい。
握られた瞬間、手を払いたいとは思った。
でも、白上さんなら大丈夫。
不思議とそうも思えた。
きっと昨日、公園まで案内してくれたとき。
白上さんの腕に掴まって歩いている間に、治まったのもあると思う。
……でも。
「なんで……ここまでしてくれるんですか?」
思わず、そんなことを聞いてしまった。
すると。
「それは昨日も行ったけど、やっぱり私が」
「そうじゃなくて」
思わず、白上さんの言葉を遮ってしまった。
でも、そうじゃない。
私が聞きたいのは、そういうことじゃない。
「私が、学校に行けるようになるまで、どれぐらいかかるかわかりません。
それなのに、どうしてここまで、してくれるんですか?
……白上さんだって、他にしたいこととかありますよね」
「それは……」
白上さんは、口を閉じてしまった。
心配してもらえるのは嬉しい。
私は本当に、いつ学校に行けるかわからない。
今でさえ、身体が震えているのに。
そんな私に、時間を使ってもらうのは申し訳ない。
……それに。
諦めてもらえれば、この優しさが嘘か本当かで悩む必要もなくなる。
だけど。
「……何もできなくて、前のようにできないって辛いよね。
でも星鎖さんは、学校には行きたいんでしょ?
それなら私は、そんな星鎖さんを応援したい。
だって高校生活ってさ、人生で3年間しかないんだよ?
そんな高校生活がさ。辛いことや、悲しいことしかないって、私は嫌だ。
せっかくなら笑って、最後は『楽しかった~!』って言える高校生活が送れたらいいなって、私は思ってる。
私は、そんな高校生活を送りたい。
だから私は、星鎖さんを応援したい。
星鎖さんのその怖い思いが平気になって、学校に来れるようになったら良いなって思ってる。
それで一緒にお昼食べたり、放課後にどこかに行ったり、イベントを楽しんだり。
色々、楽しい思い出を作りたいって思ってる。
そのために私は、私にできることをしたいって思ってる。
だから私は、星鎖さんに会いに来るよ」
白上さんは、そう言ってくれた。
いつものような明るい声だけど、いつもよりも芯が通った声で。
そう思ってもらえるのは嬉しい。
でも私は引っ越して、転校までしても学校に行けてない。
……あんなことがなければ。
こんな身体ならなければ。
…………あれ?
息が、普通にできる。
足も痺れてない。
白上さんに握られた手は、もう震えてないない。
突然の変化に、私の口から「え」と声が零れる。
私はそのまま立ち上がり、庭先へと歩いていく。
突然の私の行動に、白上さんは手を離した。
後ろから「星鎖さん?」という声が聞こえる。
でも私は、それどころじゃなかった。
手も足も震えない。
普通に息ができる。
そして頭の中が、すっきりしている。
まるで今日の青空《空》のように。
……こんなの、いつぶりだろう。
そう思っていると。
「星鎖さん……大丈夫?」
そんな声がすぐ傍から聞こえた。
右隣を見ると、白上さんが来ていた。
私はとりあえず「はい」と返事をする。
「なんか急に……治まったんです。
なくなったわけじゃないけど、どこか遠くに行ったみたいで。
私……学校に行けるかもしれないです!」
その言葉を聞いて、白上さんはその隣に居る水崎さんと顔を見合わせた。
私でも、なんで急にこうなったのかはわからない。
ただ、白上さんに手を握られて話をしていただけなのに。
まるで、魔法みたい。
……でもこれを言っても、信じてもらえるかな。
そう思っていると。
「やったじゃん!」
白上さんが私に視線を戻して、そう言ってくれた。
水崎さんも「よかった」と言ってくれた。
……今なら、言える気がする。
私は深呼吸をしてから「あの……」と口を開く。
「どうしたの?」
「私と、友達になってくれませんか?」
そう言った瞬間。
白上さんの顔に、パッと笑顔になった。
まるで、花が咲いたように。
そして。
「もちろん!
ね、ひーちゃんもね!」
「うん、もちろん」
……よかった。
やっぱり、この2人はあんな酷い人達とは違う。
そう思っていると、白上さんの「そうだ!」と言う声が飛んできた。
「由衣って呼んでよ!
それで、私も彩千果ちゃんって呼んでいい?」
「……もちろんです!」
「私も。日和って呼んでいいから、彩千果ちゃん」
「はい!」
私のその返事の後。
由衣ちゃんは「やった~!」と言いながら、日和ちゃんにハイタッチを求めている。
日和ちゃんは渋々それに応えている。
……いや、渋々じゃないのかも。
そこで、私はもう1つ大事なことを思い出した。
……由衣ちゃんは、私と同じクラスって言ってた。
もしかすると、私が会いたい人を知っているかもしれない。
そう思った私は、深呼吸をしてから「あの」と口を開く。
「私、謝りたい人がいるんです」




