第284話 固めて欲しい
春休みに制服を着て、学校に登校する。
……凄く変な感じがする。
普段は色々な声や音が響き渡る学校が驚くほど静かなのも、その違和感を後押ししているのだろう。
まぁ、部活動の生徒がいるため完全に静かという訳でもないんだが。
そんなことを考えながらも俺は、下駄箱で靴を履き替える。
そして目的地である職員室に向けて、また移動を始める。
俺の部屋での友人達との話し合いから2日後の午前中。
俺は1年の担任だったタムセンの呼び出しを受けて、春休みの学校に来ていた。
呼び出しがあったのは、大流市での戦いの翌日。
その戦いで2つの星座を重ねた星鎧「二座視重」を初めて使った影響か、泥のように寝ていた時に電話がかかって来た。
そのため「行く」とは答えたものの、用件を全く聞いていなかった。
……だがまさか、昨日もまた由衣と「来なくていい」と言い争うことになるとはな。
職員室の扉の前に辿り着いた俺は扉を3回ノックする。
そして「失礼します」と言いながら扉を開ける。
「陰星 真聡です。田村先生はいらっしゃいますか」
そう言った後、職員室を見回してみる。
やはり、春休み中だからだろうか。
先生は数人ほどしかおらず、ほとんどの席が誰も座っていない。
そう思っていると、職員室の奥から「お~陰星」という声が聞こえてきた。
視線を声がした方へと向けると、タムセンが手を上げていた。
しかし、視線は下を向いている。
「少しだけ待っててくれ。すぐに行く」
その言葉に俺は「わかりました」と返して、廊下へ出る。
そして「失礼しました」と言いながら扉を閉める。
そのまま職員室出入り口から少し離れた窓際まで移動して、背中を預ける。
……教師は、生徒が来ない長期休みでも忙しそうだ。
そんなことを思いながら、窓の外に見える中庭を眺める。
麗らかな春の日差しに照らされ、穏やかな空気を感じる。
その数分後。
静かな職員室前の廊下に扉が開く音がした。
同時に飛んでくる「待たせたな」という声。
職員室の出入り口に視線を向けると、タムセンが出てきていた。
左手には何やら紙とクリアファイルが握られているように見える。
その姿を確認した俺は「大丈夫です」と言いながら、すぐ傍まで移動する。
そして「それで、何の用ですか」と疑問の言葉を投げる。
「用が2つと、手伝って欲しいことが1つあるんだ」
「手伝って欲しいこと……ですか?」
予想外の言葉に、思わず俺は反射的に聞き返してしまった。
……春休みに、生徒が何を手伝うんだ?
あり得そうなものを考えていると、タムセンは「あぁ」と呟いた。
「新しい2年の教室の座席数のチェックと、移動を手伝って欲しいんだ。
話はやりながらでもいいか?」
なるほどな。そういう感じか。
確かにそれ春休みにやるべきことだ。
俺は今日、1日学校に居てもいいように予定を入れてない。
そして、肉体労働はトレーニングにもなるだろう。
そう考えた俺は「わかりました」と返事をする。
「悪いな。忙しいだろうに」
「いえ、別に。今日の予定は開けてきたので。
行きましょう」
「助かる。
こっちだ」
そう言ってタムセンは職員室前の廊下を右側に歩き出す。
俺はその後ろを着いて行く。
そして、2人で静かな校舎内の階段を上る。
その途中で突然、タムセンが「そうだ」と口を開いた。
「これ、先に渡しておく。
失くしたら困るしな」
そう言って手渡されたのは、先程から手に持っていたクリアファイル。
俺はそれを受け取った後、とりあえず階段を上り切る。
そして2階に上がってから、クリアファイルの中身を確認する。
その中に入ってる紙の見出しは「創部申請書」と書かれている。
……え。
「いいんですか?」
「あぁ。職員会議では通ったからな」
……まぁ、そうだよな。
そうじゃないと許可は下りないだろう。
だが、俺が気にしてるのはそこじゃない。
「御堂教頭先生に、何か言われなかったんですか」
「あぁ……。反対はされていた。
だけど、理事長が丸め込んでくれた」
……なるほどな。
俺達が提案した「堕ち星の情報を集めるための部活」が御堂教頭に反対されるのは分かっていた。
だがまさか、金城理事長がまた助けてくれたとは。
……お礼を言いに行かないとな。
その前に俺はタムセンに「ありがとうございます」と言った後、頭を下げる。
「いやいや。俺は職員会議で話をしただけだ。
お礼は理事長に言ってくれ」
「もちろんそのつもりです。
……今日って、金城理事長はいらっしゃいますか?」
「いやぁ……それが、春休みの間は学校に来る予定はないらしい。
だから、学期が開けてからだな」
金城理事長は社長も兼任してるらしいからな。
忙しくて当たり前だろう。
「わかりました」
「よし。
2年生の教室は3階だからな。もう1つ上がるぞ」
タムセンはそう言って、また階段を上っていく。
俺はとりあえず、スクールバッグとクリアファイルを一緒の手で持って追いかける。
そこで、俺の頭の中に1つの疑問が浮かんだ。
タムセンは「用は2つある」と言っていた。
部活の話が1つとして……もう1つは何だ?
そんなことを考えながらも、俺はタムセンを追いかけて3階まで上がってきた。
そして、タムセンは「さて」と口を開いた。
「去年の2年生と来年の2年生はクラスごとの人数が当然違う。
だから今からクラスごとに座席数を数えて、余っていれば外に出す、足りなければ記録しておく。
という感じでやっていくぞ」
その説明に俺は「わかりました」と返す。
そして俺とタムセンは1番階段に近い端のクラスに入り、作業を始める。
当然、クリアファイルは鞄の中に入れてから。
俺が通う星芒高校は、2年生から進路によってクラスが分かれる。
文系進学コース、理系進学コース、一芸入試コース、そしてどれにも当てはまらない進学と就職コースの4つ。
もちろん人数の都合上、1つのクラスが丸々そのコースの生徒だけで構成されることはないらしい。
しかし選んだコース次第では、もう同じクラスになれない組み合わせもあるらしい。
ちなみに、俺は文系進学を選択している。
一方、作業は順調に進んでこれから3つ目の教室に移動してきた。
そして作業を始める直前、タムセンが「その前に」と口を開いた。
「2つ目の用なんだが。
クラス分けについての相談なんだ」
……それ、生徒にしていいものなのか?
そんなことを考えながらも、とりあえず俺は「はぁ」と返事をする。
「陰星たちは、2年生になっても怪物の戦いは続くだろ。
それなら、クラス分けで固めて欲しいとかあるかと思ってな」
……確かに。
俺達は授業中に堕ち星が現れた場合、途中で抜けないといけない。
去年はそういう事例は少なかった。
だが今までほとんどなかったからと言って、これからもないとは限らない。
そうなると……メンバーはある程度クラスが固まっていた方が助かるだろう。
もちろん、それは俺達を管理する側にある先生達にも利となるだろう。
だが……。
「お気遣いは嬉しいですけど、大丈夫なんですか?
その……御堂教頭先生に何か言われませんか?」
「その点は大丈夫だ。
むしろこれも、理事長の提案なんだ」
その言葉に、俺の口から「あぁ~……」という声が零れる。
……また理事長に借りが増えてしまった。
というか、金城理事長は一体何者なんだ?
気にはなっていたので、前に智陽と一緒にざっと調べた。
しかし、特に怪しい点は何もなかった。
敵ではなさそうだが、謎が多い人だ。
……いや、今はそこじゃないな。
俺は思考を戻して、タムセンへの返事を考えて「では」と口を開く。
「選択したコースの中で固めてもらえると嬉しいです。
コースを超えると色々面倒でしょうし、他の生徒から文句が出ても困りますし」
「わかった。じゃあそう分けれるように努力する」
タムセンの言葉に、俺は「ありがとうございます」とまた頭を下げる。
……俺の1年の担任がタムセンでよかった。
そんなことを考えていると、タムセンが「さて、続きをするぞ」と言葉を発した。
俺は「はい」と返事をして、作業に戻る。
そこからは再び淡々と、机を数えて揃える作業。
そして多ければ外に出し、足りなければ記録しておく。
何かあったと言えば。
途中、タムセンから大流市での話を聞かれたぐらいだ。
タムセンは、俺達が鎧を纏って怪物と戦っていることを知っている。
だが、協会のことについては何も話してない。
いくら担任でも、話せば「不必要に一般人に神遺について話した」として秘匿違反になる。
なので「他の奴らも元気にしている」、「なぜ急にテレビやSNSで怪物や俺達の話が出始めたのかはわからない」、「鎧の中身が俺達ということは誰にも言わないで欲しい」と言っておいた。
その話をして思いだしたが、大流の事件以降に射守や矢持と会っていない。
由衣は矢持と連絡を取って、お礼を言ったらしいが。
……俺も一度会って、直接お礼を言った方が良いだろう。
いくら嫌われていて、向こうにその気がなかったとしても。
力を貸してもらったのは事実だ。
そんなことを話したり考えたりしてる間にも。
身体はちゃんと動かし、学年が代わる事前準備の手伝いは着々と進んでいった。
そして、最後の教室に移動しようとしたとき。
どこからか悲鳴が聞こえた気がした。
タムセンも聞こえたらしく、「今なにか……」と呟いている。
俺はそんなタムセンを無視して、両目に感知魔術を発動させる。
そして辺りを見回す。
すると僅かだが、黒い靄のようなものが遠くに見えた。
ただ壁を無理やり透視しているような状況で、黒い靄もとても小さい。
これでは正確な位置や量がわからない。
方向的に……駐輪場の方だろうか。
だがとにかく、行かないといけない。
そのため俺は「すみません」と口を開く。
すると。
「やっぱり行くのか」
タムセンの方が先に言葉を口にした。
俺は少し驚きながらも「はい」と返す。
「どういう状況かがわかりません。なのでどのくらいで戻ってくるか断言できません」
「そこは大丈夫だ。残り1クラスだから俺1人でやっておく。
それより、鞄置いて行っていいから早く行け」
「……ありがとうございます」
そう返した後、俺は手ぶらで無人の廊下へ飛び出す。
そして、黒い靄が見えた方向へと走り出した。




