第279話 全員が
佑希、志郎、鈴保の3人が、ケルベロス座の概念体に向かって走り出す。
だがやはり、その姿は力を振り絞ってるように感じる。
……早く代わらないとな。
俺は急ぎながらも、ギアの両端からこぎつね座のプレートを外す。
そしてその2枚を左手で握り、元の1枚のプレートに戻す。
すると、俺を纏う星鎧はいつもの紺色と黒色に成った。
そこに「ねぇ」と日和が話しかけてきた。
「ペルセウス座、使わないなら貸して」
星鎧をまだ纏えてる日和は3人と一緒にケルベロス座の抑えに回ってもらう。
そしてその後は流星群を撃つ佑希と志郎の援護に……。
……いや。
「今、何て言った?」
「私も流星群撃つから貸して、って言った」
確かに、日和は流星群を放つ練習をしていて、青白い光を放つところまでは来ている。
だが、毎回安定して撃てている訳ではない。
そんな状態で、今任せていいのだろうか。
そう悩んでいると、日和が「早く」と言って来た。
……悩んでる場合ではないか。
今は少しでも勝てる率を上げないといけない。
決意した俺は「わかった」と言葉を返してから、星鎧の一部を消滅させる。
そしてズボンのポケットに入れていたペルセウス座のプレートを取り出して、日和に手渡す。
日和は「ありがと」と言いながら受け取った。
その後。武器の銃から水弾を撃ちながら、ケルベロス座へと向かって行った。
すると今度は。
「いいなぁ~。私も流星群が使えたらなぁ……。
それでまー君。私はどうしたらいいの?」
いきなり由衣がとんでもないことを言い出した。
できるなら羊で援護はして欲しい。
しかし、由衣は今生身だ。
こう言ってはいるが、星鎧が生成できないぐらい魔力も星力も残ってないんだろう。
……流石にその状態で戦えとは言えない
なので俺は「これを持って、由衣は下がってろ」と言葉を返す。
同時に、こぎつね座のプレートを手渡す。
すると予想通り、由衣は「えぇ……」と不満げな声を投げてきた。
だが俺はそれを気にせず、ヘルクレス座のプレートを左手で握る。
するとまた、プレートが2つに分かれた。
俺はそのプレートを、ギアの両端に差し込む。
そしてさっきもした同じ手順を取り、左腕を目の前に右腕を顔の横に構える。
「二座視重 星鎧生装」
そう言葉を紡ぐと同時に俺は両手を下ろして、ギア上部のボタンを押す。
すると、ギア中央部から山羊座と続いてヘルクレス座が紺色の光を放ちながら飛び出す。
その光に俺の身体は包まれ、紺色と黒色の星鎧に深紅色が加わった。
そして、光は晴れる。
全身にまた、痺れるような痛みが走る。
だが、構ってる場合ではない。
俺はすぐに地面を踏み込み、ケルベロス座との距離を詰める。
「全員下がれ!」と叫びながら。
その声で友人達はケルベロス座の攻撃を避けながらすぐに下がった。
周りに人が居なくなったケルベロス座の3つの頭は、迫ってくる俺を捉えた。
左右の頭が噛みつこうと迫ってくる。
俺はその攻撃を右左と動き、避ける。
ケルベロス座の牙が、俺を捕え損ね空を切る。
その直後。
俺は閉じたケルベロス座の口、鼻先に手を伸ばす。
そして左右の頭の口をそれぞれ片手で掴み、力を加える。
上手く掴めた。
もちろん、ケルベロス座は口を開けようと抗ってくる。
しかし、俺はそれ以上の力で押さえつける。
ヘルクレス座を重ねているからか、いつもより力が出ている感触がある。
あと、ヘラクレスがケルベロスに勝ったという逸話も後押ししているのかもしれない。
そしてここから、上に投げ飛ばせば。
そのとき。
違和感を覚えた。
足元が暗い。
咄嗟に見上げると、既にもう1つの頭が迫ってきていた。
「2つの頭を押さえつけて、すぐに投げればいい」と思っていた。
だが、流石に想定が甘かったらしい。
真ん中の頭の口の中が、よく見える。
鋭い牙、垂れ下がる唾液。
一度手を離して避けるか。
負傷覚悟でこのまま投げるか。
どちらにもメリットとデメリットがある。
どちらを取るべきか。
そう悩んでいたとき。
迫ってくるケルベロス座の下の歯と皮膚の間に、深紅の槍が突き刺さった。
その瞬間。
ケルベロス座は身体を震わせながら、動きが鈍った。
「流石にそろそろ効くでしょ!」
続いて飛んできた鈴保の声。
やはりあの槍は鈴保のだったらしい。
喜んでいるように聞こえることから、今まで効かなかった毒がようやく効いたというところだろうか。
何にせよ、助けられた。
そして鈴保が繋いでくれたこのチャンスを、無駄にはしない。
そんな決意と共に、俺はひっくり返すようにケルベロスを上へと投げる。
毒で身体が痺れているらしいケルベロスは、無抵抗のまま空へと舞う。
信号機や街路樹の高さを超えて。
その間に俺は腰を落としながら言葉を紡ぎ始める。
「水よ。生命の源たる水よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。
今、我が右足に集いて、荒ぶる存在と成りしケルベロスの座を押し流し給え!」
言葉が終わると同時に地面を蹴り、跳ぶ。
そして重力に負けて落ちてきているケルベロス座に、縦回転蹴りを叩き込む。
水魔術の押し流す力も加わり、また空へと打ちあがるケルベロス座。
その高さは、先程よりも高く打ち上がる。
一方俺は宙返りをしながら、少し離れた場所に着地していた。
しかし、全身に響く痛みが激しさを増した。
これでは、動けそうにない。
……星鎧が消えていないだけマシだが。
そこに「双子座流星撃!!」という声がビルの間に響いた。
まだ、終わっていない。
俺はなんとか顔を上げてケルベロス座の動向を追う。
するとちょうど、佑希が分身と共に流星群を放っているところだった。
2つの黄色い鎧がビルの間を跳ねるように跳び回り、青白い光を纏った剣をケルベロス座に叩き込む。
夕日のオレンジに染まり始めた空に映える、縦横無尽に流れる青白い光。
その光景は、どこか美しいと感じた。
しかし、そのとき。
ケルベロス座が突然、空中で身体を回転させた。
その衝撃でまた一閃叩き込もうとしていた分身が消え、佑希は吹き飛ばされた。
ケルベロス座はそのまま体勢を整えながら、着地をしようとしている。
……毒の効き目が切れたらしい。
こうなると佑希の着地を助け、ケルベロス座の動きをまた封じないといけない。
しかし、痛みによって身体が動かせない。
そこに。
今度は由衣の「お願い!!」という声が響いた。
その直後。
ビルの外壁から、ケルベロス座の下のアスファルトから太い木の根が生えてきた。
その根は瞬く間にケルベロス座の身体に巻き付き、縛った。
同時に別の1本の木の根が佑希を受け止めたのも見えた。
牡羊座の力は眠り。
由衣の使える力は半透明の色々な大きさの羊。
そしてこの木の根の感じは、魔術に近い。
つまり、由衣が草木魔術を使った……?
そんな衝撃を受けてる間に、戦場である十字路に由衣の「ひーちゃん!しろ君!」という声が飛ぶ。
すると「ペルセウス座、流星群!」と叫びと共に、日和がケルベロス座の近くに飛び出した。
銃から放たれた青白い光が、木の根で縛られて宙に浮いているケルベロス座に命中する。
それに少し遅れて「獅子座流星群!」という志郎の声が響き、さらに青白い光がケルベロス座を襲う。
2つの流星群をほぼ同時に受けたケルベロス座の姿は、青白い靄に包まれ見えなくなる。
数秒後。
衝撃波と共に、青白い靄が周囲に広がる。
同時に、木の根が消滅した。
俺は顔を守りながらも、由衣の方に視線を向ける、
すると由衣は俺の後ろで杖を支えにして、しゃがみ込んでいた。
やっぱり無茶したな……。
そのとき。
微かにだが、唸り声が聞こえた。
俺はすぐに視線をケルベロス座が居た場所に戻す。
青白い煙が晴れた道路の真ん中には。
よろよろとだが起き上がる、ケルベロス座概念体の姿があった。
その瞬間、「嘘だろ!?」という志郎の声が戦場に響く。
いや、俺だって目の前のことが信じられない。
堕ち星、そして友人達との長時間の戦闘。
決定打がなかったとはいえ、その間に多くの攻撃を受けたはずだ。
そして今、山羊座とヘルクレス座の力を使った俺が投げ、蠍座の毒、双子座流星群、由衣の草木魔術、ペルセウス座の力を借りた魚座の流星群、そして獅子座流星群を受けた。
今の俺達ができる、最大限のことをした。
それなのに、まだ立てるのか……!?
これ以上手が思いつかない。
だが、立って戦わないといけない。
そうしないと、この事態は終息できない。
俺はようやく痛みが治まってきた身体を奮い立たせ、何とか立ち上がる。
そのとき。
風を切る音が聞こえた。
そして次の瞬間。
3つあるケルベロス座の頭、額に1本ずつ紫の光を放つ矢が刺さった。
その矢はほどなくして、消えた。
しかしその一撃を受けて、ケルベロス座の動きが完全に止まった。
そしてケルベロス座身体は、黒い靄と光を放ちながら崩れ始めた。
さらにその数十秒後。
ケルベロス座概念体の姿は完全に消滅し、居た場所には1枚のプレートが落下した。
友人達の混乱しているような声が、静かになった戦場に響く。
さっきのは射手座の矢、射守 聖也が放った攻撃だろう。
そういえば1度目、俺が戦闘に飛び込んだ際。
どこからか飛んできてはいるとは思ったが……まさか、ずっと居たのか?
……いや、頭を使うことを考えるのはやめよう。
ケルベロス座がプレートに成った。
それはつまり、なんとかやっと無力化できた。ということだ。
今はそれが分れば十分だ。
その瞬間、俺の身を纏う星鎧が光と成って消滅した。
同時に全身の力が抜けた俺は、後ろに倒れ込むようにその場に座り込む。
とりあえず、全身が痛い。
友人達の混乱と安堵の境目のような声を聞きながら、俺は深く息を吐く。
こうして全員が死力を尽くした結果、遂にケルベロス座は沈黙した。




