第268話 この街中で?
「いやもうさ、本当にMIRAちゃん可愛かったよね!」
「由衣ちゃん……その言葉、もう3回目だよ?」
「……あれ?」
麻優ちゃんのその言葉に、私は首を傾げる。
そんな私は見て、麻優ちゃんは小さく笑いながらストローに口を付けた。
……確かに、何回も言ってるかもしれない。
MIRAちゃんのサイン会は無事に終わった。
今はその後に、同じビルにあるカフェで休憩をしているところ。
でも本当にMIRAちゃんは可愛かった。
会うまでは緊張してたけど、顔を見たら緊張が吹き飛んだぐらい可愛かった。
顔が小さくて、座ってるのにスタイルが本当にいいのがわかった。
しかも、サインを書いてもらった雑誌を受け取るときに「いつも本当にかわいいなと思いながら、雑誌見てます!これからも頑張ってください!」て言ったんだよね。
……今思えば、もうちょっといい言葉があった気がするけど。
でもそしたら「応援ありがとう。可愛い子に応援してもらえて嬉しいな」って言って貰ったの。
あのMIRAちゃんに可愛いって言って貰えるなんて……夢みたい。
もう……MIRAちゃん、最高。
サイン会をまた噛みしめていたそのとき。
「由衣ちゃ~ん……」という声が聞こえてきた。
気が付くと、私の目の前で麻優ちゃんの手のひらが上下に動いている。
私は慌てて「あ……ごめん」と口を開く。
「MIRAちゃんの可愛さを思い出してた……」
「その気持ちはわかるけど、ゆっくりしてると時間なくなるよ?」
「あ」
そうだった。服を一緒に見てもらう約束をしてたんだった。
ゆっくりしてるとその分だけ時間が無くなっちゃう!
私は急いでストローに口をつけ、残り少しのミルクティーを飲み干す。
その勢いのまま立ち上がって「じゃあ行こ!」と口を開く。
すると、麻優ちゃんは笑いながら立ち上がった。
……何が面白いんだろう?
そんな麻優ちゃんに私は「なんで笑ってるの?」と聞いてみる。
でも「別に〜?」と言われてしまった。
そんな会話をしながらも、私達は食べ終わったトレーを返却口に置いて、カフェを後にする。
「とりあえず、服屋さんのフロアまで移動しよっか」
「そうだね」
その会話の後、エスカレーターまで移動する。
そしてそのまま上の階へ向かう。
その途中、下の階にあるさっきの本屋さんが見えた。
……本当に今日、サイン会に行けて、MIRAちゃんに会えて良かったな。
朝はあんなに緊張したけど……。
…………あれ?
そこでようやく、私は大事なことを思い出した。
私はエスカレーターを降りると同時に、慌てて前にいる麻優ちゃんに「ねぇ」と話しかける。
「どうしたの?」
「朝、一緒に本屋さんまで行った女の子……終わってから会った?」
「見てないよ。急にどうしたの?」
何故かサラッと返してきた麻優ちゃん。
私達はエスカレーターの降り口から少しだけ移動して、話を続ける。
「それが……今思い出して。
それに、名前も聞いてないよね……?」
「聞かなかったね」
またサラッと答えた麻優ちゃん。
私は疑問が我慢ができなくて、「……何でそんな風に言うの?」と聞いてしまった。
「……あれ。別にもう会わない相手だと思ったから、そこまでしなくてもいいかなって思ったんだけど……」
……そう言われたらそうかもしれない。
私は一度会って、出来た人との繋がりは大事にしたい。
でも、みんながそうとも限らない。
……私の考えを押し付けるのは良くないよね。
首を傾げている麻優ちゃんに、私は「ごめん」と口を開く。
「ちょっと気になっちゃって。
でも……気づいてたの?私が名前を聞いてないこと」
「それはね。でも、見てないのは本当だよ。
見渡したけど見当たらなかったんだよね……」
そっか……。
確か……別れるときは「私の番号、もっと後ろなんです。楽しんできてください」って言ってたよね。
……後ろだから見なかったのかな?
そう考えていると、麻優ちゃんが「それで、由衣ちゃんは?」と聞いてきた。
私は急いで考えを戻す。
えっと……何だっけ?
……あ、そうだ。
「……私は、MIRAちゃんのことで頭がいっぱいで名前を聞くのも、終わった後に探すのも忘れてました」
私の答えを聞いた麻優ちゃんの口から「あぁ〜……」という声が溢れた。
目が……これ、笑ってるのかな?
……私、呆れられてる!?
そんな考えにたどり着いたとき。
麻優ちゃんは「まぁ」と口を開いた。
「きっと大丈夫だよ。
あの子、私達と同じぐらいの年齢だと思うから、きっと1人で帰れるよ」
「それは……そうだよね」
うん。麻優ちゃんの言う通り。
最寄り駅まで来れるんだから。心配しすぎはきっと失礼だよね。
それに、終わってしまった事を気にしすぎても仕方ないし。
私は気持ちを切り替えて「うん」と呟く。
「では麻優先生、よろしくお願いします!」
「また先生って……。私は自分が着たい服を着てるだけなんだけど?」
「それがとっても可愛くておしゃれなの!」
「も~……。仕方ないなぁ~」
「やったぁ!」
そんな会話をしながら、私達はまた移動を始める。
もう1回エスカレーターに乗って、服屋さんのフロアを目指す。
服屋さんの階に着いた私達は、いろんなお店を見始める。
お店の外から見たり、中に入って直接手に取って見たり、試着してみたり。
そして「これ!買いたい!」と思った服があれば、買う。
そんな、楽しい素敵な時間を過ごす。
だけど。
そんな素敵な時間は、いきなり終わりを迎えた。
「次はどこのお店を見る?」という話をしながら、フロアの中を移動をしていたとき。
小さな衝撃音が聞こえて、少しだけ建物が揺れた。
私は思わず周りを見渡す。
周りの人も、数人だけど周りを見渡している人がいる。
でもみんな、気にせず自分の時間に戻っていく。
だけど私は、無視できなかった。
なんだか、嫌な予感がして仕方なかった。
そんな私に麻優ちゃんが「由衣ちゃん?どうしたの?」と声をかけてくれる。
……今日は、沢山麻優ちゃんを振り回してる。
流石の私も、申し訳ないって気持ちはある。
でも、私には。
このもやもやを無視して、服を見続けることはできない。
私は深呼吸をした後、覚悟を決めて「ごめん、麻優ちゃん」と口を開く。
「急用を思い出したから、今日はここで別れるね」
「本当にごめんね!!」と叫びながら、私は走り出す。
麻優ちゃんの「え!?どうしたの!?」という声を、背中に受けながら。
行先は、どこか外を見下ろせる場所で下にも降りやすいところ。
だから私は、数回下の外のデッキに向かって移動する。
止まって乗るべきエスカレーターも、気持ち急ぎながら歩いて降りる。
そして、息を切らしながらも私は建物を出て、デッキに辿り着いた。
そんな私の目に飛び込んできたのは。
大都会の大通りで争う、3体の異形の姿だった。
私は人を掻き分けながら、デッキの手すり際まで移動する。
そして目を凝らす。
戦っているのは、へび座とからす座。
そして頭が3つある、大型バスぐらいのサイズの犬だった。
あの犬は多分、概念体だよね。
……何で堕ち星が戦ってるの?何でこの街中で?
何で?
何で?
私の頭の中が、「何で?」で一杯になっていく。
そのとき。
「やっと追いついた!」という声が聞こえた。
予想外の声に、私の意識は疑問の渦から現実に引き戻された。
そして隣を見ると、息を切らした麻優ちゃんが居た。
さっき、切り捨てるように置いてきたのに。
驚いた私の口から、「何で……?」と言葉が漏れる。
「何でって。由衣ちゃんが考えなしで動かないのは知ってるから。
きっと、由衣ちゃんなりの考えがあると思って。
それで、あれと戦うの?」
麻優ちゃんはそう言いながら、奥の大通りの方を向いた。
視線を戻すと同時に、堕ち星と概念体は戦いながら奥に消えていった。
もう、ここからは見えない。
……待って?
「私、麻優ちゃんにその話したっけ!?」
「されてないけどわかるよ。
桜子ちゃん達も気が付いてるんだから、私だって気が付いてるよ」
それは……確かにそうだね。
もう、1年の付き合いだもん。
でも、話してる時間はない。
私は急いで「そうだよね」と口を開く。
「……だから私、行かないと。
本当にごめんね。私が一緒に買い物したいって言ったのに」
「仕方ないよ。買い物はまた今度行けばいいし。
それより、そのまま行くつもり?」
麻優ちゃんのその言葉に、私は「え?」と返す。
だって……そのままって……。
「このまま行くしかないよ?」
「にもつ。買った服とか、サイン書いてもらった雑誌。そのまま持って行くの?」
「あ……」
「私、持っておくから。その方が気にしなくていいでしょ?」
「麻優ちゃん……」
確かに買った服も、MIRAちゃんにサインを書いてもらった雑誌も。
汚したくないし、無くしたくない。
信頼できる友達に預けれるなら、それが一番。
「でも……いいの?」
「うん。まぁ……先に帰ってるかもしれないけど。
そのときは、また後日渡すから。
あ、だからスマホとか財布は預けないで欲しいかな……」
「ううん。鞄だけで凄く嬉しい」
その言葉の後、私は荷物を確認する。
持ってるものは鞄と服が入った紙袋。
スマホはポケット、スマホケースにICカードも入ってる。
大丈夫。
そして私は「この2つ、お願い」と鞄と紙袋を麻優ちゃんに渡す。
「お財布入ってるけど、ICカードはスマホケースに入ってるから帰れるから大丈夫」
「わかった。大事に預かるね。
……気を付けてね」
私はその言葉に「うん」と頷いてから、麻優ちゃんに背中を向ける。
そして、遠くに聞こえる衝撃音に向かって走り出す。
その直前。
もう1つ、大事なことを思い出した。
私は振り返って「もう1つお願いしてもいい?」と口を開く。
「どうしたの?」
「まー君に、このこと連絡して欲しいなって……」
「わかった。ちゃんと連絡しとく」
「本当にありがと!」
私はそう言った後、今度こそ走り出した。
突然大都会の真ん中で起きた、怪物たちの戦いに向けて。




