第263話 避けてませんか?
「それでさ!瑠夏先輩、水泳続けるんだって!」
「『記録に拘らず、自分のペースで泳ぎ続ける』って」
由衣と日和のそんな言葉に、俺は「そうか」と返す。
冬の寒い空気の中、朝日によって少し暖かさを感じる通学路を3人で歩きながら。
いるか座との戦いから、約1週間経った。
いるか座の攻撃を直接受けてしまった右腕も、もう痛まなくなっていた。
そして入海先輩は数日前に「目を覚ました」と連絡があった。
そのため昨日。由衣と日和、そして佑希の3人が、もう一度話を聞くのも兼ねてお見舞いに行った。
今はその報告を登校中に聞いていた。
……そう。
俺は行かなかった。
いや、行けなかった。
今回の一件。俺は終始決断が出来ず、空回ってばかりだった。
その挙句、入海先輩からプレートを取り出すのが遅くなったどころか。
入海先輩を、強制的に堕ち星にさせられてしまった。
結果的に助けれたが、入海先輩を酷い目に合わせてしまった。
俺はその後ろめたさから、入海先輩と会おうとは思えなかった。
さらに今回。やはり生きていたへび座に俺は終始押され、志郎と鈴保に助けられた。
加えて、入海先輩を助けるのは由衣達3人に任せきりになってしまった。
……由衣達に全てを話し、一緒に戦うと決めた。
だが、本当にこれでいいのか?
友人達に頼ってばかりの今。
このままだと、本当に取り返しのつかないことが起きるんじゃないか。
そんな不安と焦りが、俺の中に渦巻いていた。
そのとき。
突然、後頭部に衝撃を感じた。
横を向くと、由衣が不満そうな顔で俺を見ていた。
……絶対今叩いたの由衣だよな。
確信を持ちながらも「なんだ」と言葉を投げる。
「『なんだ』じゃないでしょ!
まー君が話してるのに急に無視するからじゃん!」
「真聡が悪い。いつもの悪い癖出てた」
どうやら日和も由衣側らしい。
……まぁ、話を聞いてなかった俺が悪いか。
そう思いながら、「……悪い、何の話だ」と返す。
「瑠夏先輩、まー君に会いたがってたよ?」
「……は?」
「直接、もう一度お礼が言いたいって」
あぁ。そういことか。
日和の補足で意味が分かった。
だが……俺は会って、いいのだろうか。
そんな迷いが、心の中にあった。
そこに、由衣の「なんか……悩んでる?」という声が飛んできた。
流石にマズいと思った俺は「別に」と返す。
「……ただ、へび座をどうするかをずっと考えているだけだ。」
「まさか、本当にまた出てくるなんてね」
「ね~。……でもさ、へび座が倒せてなかったってことはさ。
からす座も、また出てくるってことだよね」
「多分な」
へび座もからす座も、倒すのに苦労した相手だ。
それがさらに強くなっていると考えると……頭が痛くなってくる。
ちょうどそこで、高校の敷地を囲う壁が見えてきた。
俺達3人はそのまま、疎らに居る登校する生徒の波に交じる。
交じった後、由衣が「いや、違うよね」と口を開いた。
「『瑠夏先輩のお見舞いに行かないの?』って話だったよね?」
しまった。忘れてなかったか。
だが、今の会話をしている間に言い訳……というより結論が出た。
「別に、お礼だけなら入海先輩が復学出来てからでもいいだろう」
そう言いながら、俺は少し歩く速度を上げて通用門から高校の敷地に入る。
もちろん由衣と日和は追いかけてくる。
「まー君、情報が増えないってわかってるから行かないの?
どれだけ人と話すのが嫌なの?昔はそんなのじゃ無かったよね?」
由衣はそんなことを言いながら。
反論するのも面倒に感じてきたので、今度は意図的に無視する。
そして下駄箱に入って、靴を履き替えに行く。
すると今度は「あ、陰星さん」という声が聞こえてきた。
同時に後ろにいる由衣の「あ、佳奈ちゃん!」という声が聞こえた。
そう。
今回の事件を俺達に持ち込んできた、永川が先に下駄箱に居た。
……今、あまり話したくないんだがな。
だが、不自然に避けるのは良くない。
今日までも、普通にしていたんだ。
そう思っている間に、由衣が永川と話し始めていた。
俺はその間に靴を履き替え、教室に行こうとする。
しかし、永川の「あ、あの」という言葉が飛んできた。
「私のこと、避けてませんか?」
俺はその言葉に、少しドキッとした。
その影響で、足が止まった。
確かに、無意識に永川も避けていたかもしれない。
入海先輩からプレートを取り出した後、永川と話す回数は減ったと思う。
だが、入海先輩を探っている間も多いという訳ではなかった。
そもそも、元から話す仲でもなかった。
友人の友人、その言葉の通りだ。
だから別に、友達でも何でもない。
だが、揉め事に成るのは面倒だ。
なので念のため言葉を選びながら、「別に」と口を開く。
「避けてるつもりはない。
ただ、入海先輩は無事だった。もう話す理由がないだけだ」
「は、話す理由がないと……話しちゃ駄目なんですか」
……何で今日の永川はこんなにも食い下がってくるんだ。
そう思いながら、俺は後ろに居る由衣に視線を向ける。
すると、由衣は両手でガッツポーズをしていた。
そしてその隣にはいつのまにか、靴を履き替えた日和も戻ってきていたが……心配そうな顔に見える。
どういう感情なんだあの表情は。
1つわかったのは、由衣が何か吹き込んだということ。
面倒に感じた俺は「そもそも」と口を開く。
「永川、俺のことを怖がっていただろ。
苦手な相手と無理に話す必要はないだろ」
そう言い残して、俺は下駄箱をあとにする。
ここまで言えばもう何も言ってこないだろう。
確かに俺は、由衣達にはすべてを打ち明けて共に戦うとは決めた。
だかそれと、クラスメイトと仲良くするのはまた別問題だ。
不必要に人と関われば、その人まで巻き込む可能性が生まれる。
階段を上ってる今、誰も追いかけてこない。
……ようやく落ち着けそうだ。
教室がある階に辿り着いた。
俺はそのまま足を止めずに教室の方へ向かう。
しかし、階段から渡り廊下に移動したとき。
後ろから走ってくる足音が聞こえた。
その次の瞬間。
少し息を切らした永川が俺を追い越して、前に立ちはだかった。
「ま、まだ話は、終わってないです……」という言葉と共に。




