第260話 何度でも言います!
青白い光を纏った剣を手に、ゆー君がいるか座に向かっていく。
「ふたご座……流星撃!!!」
ゆー君のそんな叫びが、運動公園の広場に響く。
そして投げたカードが変化して、ゆー君の分身が現れた。
ゆー君と分身による流星群が、いるか座に決まる。
その直前。
突然、何も聞こえなくなった。
戦う音、風の音、歩く音。
全ての音が、聞こえない。
ただ、キーンという音が聞こえるだけ。
そして頭の中がグルグルして、気分が悪い。
思わず私は地面にしゃがみ込む。
でも、今は戦ってる最中。
……立たないと。
私はなんとか頑張って杖を支えにして、顔を上げる。
そして状況を確認する。
すると視界に入ってきたのは。
ゆー君も、ひーちゃんも、しゃがみ込んでいる光景だった。
ひーちゃんはまだ遠い。
でも、ゆー君はいるか座のすぐ目の前。
しかもいるか座は、ゆー君に近づきながら口を開いている。
その開かれた口の先の部分には、何か青い光が見える。
でも、ゆー君は耳を抑えたまま動かない。
……私が、助けなきゃ。
私は立ち上がって、支えにしていた杖を掲げる。
何とか小型犬サイズの羊を作りだせたので、すぐに走らせる。
その半透明の羊は、短い足で頑張って運動公園の広場を走っていく。
そして、いるか座の横顔にぶつかって煙のように消えた。
小さな羊の、小さな一撃。
でもそれは、ゆー君を助けるには十分だった。
何とか青い光、多分水がゆー君に発射されるまでに間に合った。
口の中にある小さな水の弾は、その小さな一撃で消滅した。
そして、いるか座は口を開きながら私の方を見た。
その瞬間。
突然、風の音が聞こえた。
「あなたかラ、消しましょうカ!」
次に聞こえたのは、いるか座のそんな叫び。
そしているか座はそう叫んだ後、地面を蹴ってこっちに向かってくる。
何でいきなり聞こえなくなって、またいきなり聞こえるようになったのか。
理由はわからない。
でもまだゆー君とひーちゃんは動けなさそう。
だから私が戦わないと。
飛んでくるいるか座の蹴りを、私は杖で受け止める。
いるか座の足が杖とぶつかった瞬間、杖に凄い力が掛かる。
でもなんとか受け止めれた。
だけどいるか座は押し込もうと、足にさらに力を掛けている。
負けられないので私も力を入れて押し返す。
杖がカタカタと音を立てている。
その直後、いるか座を宙返りをしながら後ろに下がった。
そうして私と距離を取った後、「なんデ」と口を開いた。
「なんで私ノ、邪魔をするノ!!」
「……わからないなら、忘れてしまうなら。何度でも言います!
私が入海先輩は優しい人だと、強い人だと信じてるからです!
佳奈ちゃんが憧れる入海先輩が、へび座と一緒なわけないって、信じてるからです!」
私がそう言い返した瞬間。
「由衣!」というひーちゃんの叫び声が聞こえた。
同時にいるか座の身体に水の弾が当たって、弾けた。
そしてゆー君が横から突撃してきて、いるか座を連れて行った。
そのままいるか座と戦い始めるゆー君。
離れていたひーちゃんもそのまま向かっていく。
そして、今度は2人がいるか座と戦い始めた。
星鎧を纏っているから、2人がどんな表情をしてるかわからない。
だけど力を振り絞って、必死に戦っているのはわかった。
だって2人は、ふらつきながらもいるか座と何とか戦っているもん。
ゆー君は武器すら使っていないし。
でも、何でそんな状態なのに出てきてくれたのかは分かった。
このチャンスを、無駄にしちゃ駄目。
私は杖を両手で持ち、言葉を紡ぐ。
「眠れ、眠れ。迷いも、焦りも。苦しみも、その力さえも。
入海先輩のその迷いや苦しみが、いつか意味があったと思えるその日まで」
私の隣に、大きな角の生えた羊が生成されていく。
私はその羊を、力を振り絞ってさらに大きくする。
「迷える人を癒し、導け!羊の長!」
そう叫ぶと同時に、私は大型車よりも余裕で大きいぐらい巨大になった羊の長を突撃させる。
羊の長は地面を蹴って、戦っている3人に向かって飛び込む。
ひーちゃんとゆー君は直前で気が付いたみたいで、外側に飛び出した。
でも、いるか座は気が付いていなかったみたいでその場に立ち尽くしていた。
その結果、羊の長はいるか座だけにのしかかった。
そして戦場となっていた運動公園の広場に、静寂が訪れた。
聞こえるのは風の音と、遠くから響いてくる戦っているような音。
同時に、私の星鎧は光が弾けるように消えていく。
私は、荒い呼吸をしながら立ち尽くしていた。
地面に伏せている羊の長を見ながら。
そこに「由衣」というひーちゃんの声が聞こえた。
視線を羊の長から外すと、ひーちゃんが近くまで来ていた。
制服姿で、ふらふらとした足取りで。
「ひーちゃん、大丈夫?」
「うん。だいぶ聞こえるようになったし、大丈夫」
やっぱり、ひーちゃんも聞こえなくなってたんだ。
それなら原因は……。
「いるか座の攻撃?」
「たぶん、超音波だと、思う」
そう言ったゆー君も、ふらつきながらだけど私達の近くまで来ていた。
私達と同じように、制服姿で。
……いや、それより。
「ゆー君は大丈夫なの?」
「まだ、少し聞こえない」
やっぱり。
離れていた私やひーちゃんでも聞こえなくなったんだもん。
いるか座の目の前に居たゆー君は、もっと酷いはず。
……あれ?
「何で私……すぐに聞こえたんだろう」
私がそう呟くと、ゆー君が首を傾げた。
星鎧で顔が見えないけど、多分聞こえなかったんだと思う。
なので私は、私の顔と自分の左耳を指さした後、耳の前で手を広げる。
そのジェスチャーの数秒後。
「……真聡に、聞いてみてくれ」とゆー君は呟いた。
そのとき。
羊の長が消えるのが見えた。
私は「消えた」と呟いてから、羊の長が居た場所に走り出す。
そこには、制服姿で倒れている入海先輩と四角い板が落ちていた。
駆け寄った私はまず、先輩に声をかけてみる。
もちろん、身体を揺すりながら。
でも、今まで堕ち星から戻した人と同じように意識はない。
そこに「でも、プレートは、回収できた」というゆー君の声が聞こえた。
振り返ると、しゃがんでいるゆー君がプレートを拾い上げていた。
「真聡のとこ、行かないとな」
ゆー君はそう呟きながら、立ち上がる。
でも、やっぱりふらついている。
そんなゆー君をひーちゃんが支える。
とりあえず……。
「ひーちゃん、そのままゆー君お願い」
「……どうするの?」
「入海先輩、このまま置いて行けないから。
ちょっと通話でちーちゃんを呼んでみる」
そう言った後、私はブレザーのポケットからスマホを取り出した。




