第250話 なんだったんだ
いるか座は俺が囲むように水柱を生成した。
その水柱によって、俺はいるか座の姿を見失った。
そして探している間に、いるか座は俺の死角から飛び出してきた。
既にとびかかかる体勢。
……このままだと間に合わない。
俺は身を守るために、全力で氷魔術を発動させようとする。
そのとき。
「耳塞げ!!」という声が聞こえた。
そして、夜の星雲市運動公園に甲高い「キンッ!」という嫌な音が響く。
いるか座は勢いを失い、地面に落下した。
そして目の後ろ辺りを抑えている。
……あそこが耳なのか。
一方俺は、声のお陰で耳を塞ぐのが間に合った。
それにしても、いつもひやひやする。
だが、敵に悟られるようでは隙を作れないからな。
そして俺が耳の辺りから手を離すと同時に、今の音を発生させた張本人が俺の隣に着地した。
俺はすぐに「おい」と声をかける。
「何でお前がここにいる。佑希」
そう。着地したのは紺色と左半分が黄色の鎧。
ふたご座の神遺保持者である児島 佑希だった。
……智陽には誰も呼ばなくていいと言ったのだが。
当の本人の口からは「あ~……」と何とも言えない声が洩れている。
そして視線が俺を捉えていない。
実際は星鎧があるため顔は見えていないが、目を逸らしているのが容易に想像できる。
そう考えていると、佑希が「それより、あれ。堕ち星だろ?」と言葉を発した。
話すら逸らしたな……。
だが、今はそれどころではないのは間違いない。
いるか座が立ち上がってるのが視界の端で見えた。
あと相変わらず呻き声も聞こえてくる。
……この呻き声は、耳をやられた苦しみからだろうな。
そんな推測を立てながらも、俺は「あぁ」と佑希に言葉を返す。
「恐らくいるか座だ。さっきの水柱以外にも、水のリングを吐いてきた」
「了解。じゃあ俺が前に出る。援護頼む」
「あぁ。無力化するだけでいいからな」
「わかってる」
そう言い残して佑希は立ち上がったまま、また呻き声を上げながらふらふらしているいるか座と距離を詰める。
その直前、俺はもう一つ言うべきことを思い出したので「待て!」と呼び止める。
佑希は加速しようとする直前に声をかけられたため、踏み切り損ねて前に数歩よたよたと進む。
そして「何だよ」と言いながら振り返った。
「あいつの打撃、受けると衝撃がワンテンポ遅れてくるから気を付けろ」
「ワンテンポ……わかっ」
佑希がそこまで言葉を口にしたとき。
頭上から何かが俺と佑希の間に落ちてきた。
その正体を確認する前に、俺達の身長よりも高い水柱が上がる。
どう考えてもいるか座だ。
……そしてこの事態に陥ったのは佑希を引き留め、いるか座を自由にさせた俺のせいだ。
焦りと後悔が湧き上がってくるが、それどころじゃない。
水柱の水が重力に負けて落ちてきて、俺達に向かって押し寄せてきている。
衝撃と押し寄せる水により、俺の身体は後ろへと押されていく。
そして佑希と完全に分断させられた。
状況を打開するべく俺は、まず短く「凍てつけ!」と言葉を紡ぐ。
するとみるみるうちに、俺に向かって押しよせてくる水が凍り付いていく。
そして足元や目の前の水は氷へと変わった。
だが、いるか座の姿が確認できていない。
俺は目の前にできた氷の壁を右から回り込む形で走り出す。
いるか座の姿はすぐに確認できた。
既に佑希と戦っている。
佑希はいるか座の攻撃を避けながら、自分の攻撃を的確に叩き込んでいる。
俺は加勢しようと、地面を踏み込む。
そのとき。
いるか座の回し蹴りが佑希に入った。
だが、佑希はその蹴りを受け止めた。
しかし、次の瞬間。
佑希は吹き飛んでいった。
やはりさっきの打撃のズレは残っているらしい。
……だが、佑希ならあれぐらい大丈夫だろう。
既に地面を踏み切っている俺は、そう信じるしかない。
俺はそのままカバーを兼ねて、いるか座に空中からの回し蹴りを狙う。
しかし、流石に後ろに下がられて避けられた。
だが、俺だって無策ではない。
今度は体勢を整えながら着地して、そのまま距離を詰める。
そして。
「風よ、我が右腕を中心に渦巻け!」
そう言葉を紡ぎながら、いるか座に右ストレートを叩き込む。
拳と同時に、突風がいるか座を襲う。
そのままいるか座は遊歩道を通り抜け、運動公園の広場まで吹き飛ばされていった。
俺はそんないるか座を追いかける。
そして追いつき、いるか座の様子を窺う。
すると後ろから「悪い」という言葉が飛んできた。
吹き飛ばされた佑希がちゃんと合流してきたようだ。
俺は視線をいるか座から逸らさず、「別に」と返す。
「俺が呼び止めたのが原因だ」
「でも聞いてたお陰で、そこまで驚かずに済んだから。
けどあれ……聞いててもキツいな。
あの攻撃……というかあの堕ち星、どうなってるんだ?」
その会話の後、2人でいるか座の様子を窺う。
相変わらず発する言葉は呻き声のみで、またふらふらと立ち上がる。
……残念ながら、まだ戦えるようだ。
そう思った次の瞬間。
いるか座が右足を地面に踏み込んだ。
すると今度は地面から波が立ち上がった。
人を余裕で飲み込めるサイズの波が、俺達を狙って夜の運動公園の広場を進んでくる。
流石に止めないとマズい。
俺は佑希に「下がれ」と叫んでから一歩前に出る。
そして、杖を生成して言葉を紡ぐ。
「氷よ。世界に永遠を与える氷よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。
我らに向かってくる波を凍てつかせ、我らを水の脅威から守り給え!」
波の方へと向けた杖先から、冷気が溢れ出る。
冷気はそのまま一直線に波へと向かって行き、激突した。
そして波は瞬く間に凍り付いて、氷の壁と成った。
その瞬間。何者かが氷の壁の上に飛び乗った。
見覚えしかないその姿は、壁の向こうを見渡している。
そして一通り見渡した後、「……もういない」と呟いた。
報告を聞くと同時に、俺は精神を集中して気配を探る。
だが戦闘の影響で辺りには魔力と星力、そして澱みが渦巻いている。
……追えないな、これ。
そう思うと同時に、氷の壁の上の佑希も「逃げられたな、これ」と言葉を投げてきた。
「そうだな。
……とりあえずお前、降りろ」
「りょーかい」
その返事の後、佑希は俺の目の前に飛び降りてきた。
そしてギアからプレートを抜き取って、元の姿に戻る。
まったく。合図も相談も無しに飛び乗りやがって……。
強度があるからよかったが……。
そんなことを考えながら、俺もプレートを抜き取って元の姿に戻る。
ほぼ同時に、氷の壁が蒸発するように消滅した。
その光景を見た後、佑希のが「それで……」と口を開いた。
「結局あいつ、なんだったんだ?」
「さぁな」
そう返した後、辺りを見回す。
しかし、運動公園の広場には既に夜の静けさが戻っていた。
まるで何事もなかったかのように。
そして、堕ち星の正体を探る手掛かりに成りそうなものは見つからない。
……駄目だな、俺は。
自責の念が自分の中に湧いているそのとき。
静かな公園に音楽が響き始めた。




