第244話 相談したいこと
「それでさ!当たったの!
MIRAちゃんのサイン会!」
「あぁ~。去年に申し込んだって言ってたやつ?」
佑希の言葉に、元気よく「そう!」と返事をする由衣。
その言葉に「よく当たったね」と返す智陽。
「ほんとに!
私もびっくりしてさ!実は夢じゃないかって思ったもん!」
おおかみ座との戦いから数週間、カレンダーは2月になった。
あれ以来、堕ち星も出ず、人型の澱みも特に現れず、俺達は平和な日々を送っていた。
そんな2月のある日の、朝のホームルームが始まるまでの時間。
俺は登校時にも聞いた話をもう一度聞かされていた。
登校中に俺と日和は聞いた。
しかし、佑希と智陽には聞いてもらっていないから聞いて欲しいらしい。
内容は『MIRAというモデルのサイン会に当たった』という話。
俺は全く分からない話、しかも2回目なので困っている。
……というか、何で俺の席に集まって話すんだ?
由衣が話をしたいのだから、由衣の席ですればよくないか?
そう考えていると。
「え、由衣ちゃんも当たったの!?」
そんな声が飛んできた。
俺は新たに現れた声がする方に視線を移す。
そこに立っていたのは、何故かよく絡んでくるクラスメートの長沢 麻優だった。
その姿を見た由衣は「麻優ちゃん!」と言いながら、長沢の方に駆け寄っていく。
「そう……え、麻優ちゃんも当たったの!?」
「そう!当たったんだ~!」
その会話の後、由衣と長沢はハイタッチをした。
手を叩く軽い音が、朝の騒がしい教室に響く。
……楽しそうだからいいか。
「じゃあ一緒に行かない!?」と盛り上がる2人を見て、そんな感想を抱いた。
そこに今度は「お、4人とも揃ってる~」という声が飛んできた。
「今度は誰だ」と思いながら、俺は声が聞こえた方に視線を向ける。
すると教室の入り口からこちらへ、女子生徒3人が歩いてきていた。
見覚えがある気がするが……誰だ?
そう思っていると。
「桜子ちゃんに乃々華ちゃんに佳奈ちゃん!」
そんな由衣の声が飛んだ。
そしてその声の後、朝の挨拶を交わす友人達。
由衣が女子生徒達の名前を呼んでようやく思い出した。
3人は同じクラスで、由衣の話にも長沢と一緒によく出てくる3人だった。
1番手前にいて、最初に声をかけてきたのが田渕 桜子。
普段からクラスの中心にいるのをよく見る。由衣と同じタイプの人間だろう。
ダンス部という話も由衣から聞いたことがある。
その隣にいるのが荻野 乃々華。
俺の中の印象は……いつも眠そうに見える。
今もどこを見てるか、何を考えているのか、表情からは読めない。
そして最後、その2人の後ろで隠れるようにこちらを見ているのが永川 佳奈。
水泳部のマネージャーをしているんだったか。
由衣の友人の3人。
恐らく……由衣に用があるんだろうな。
そう考えた俺は「由衣なら連れて行っていいぞ」と言葉を投げる。
「いやいや、4人……というか、陰星君に用があるんだよね。
あと私じゃなくて、佳奈が」
田渕はそう言いながら、後ろにいる永川を自分の前に出そうとしている。
「ほら、自分で話すんでしょ」
「こ、心の準備が……」
「ここまで来たんだから~~」
そんな会話をしながら、永川は田渕と荻野によって俺の前に出てきた。
しかし、永川は「え、えっと……」と口籠っている。
……用があるならさっさと言って欲しいんだが。
「そ、相談したいことがあるので、お昼休みに時間をください!」
永川はそう言った後、走り去ってしまった。
……いや、何もわからないが?
そこに田渕の何とも言えない声が聞こえた。
そして。
「……とりあえず、そういうことだから。
お昼食べた後、時間空けといて」
「よろしく~~」
田渕と荻野はそう言った後、永川を追いかけて去っていった。
……意味不明の嵐が去っていった。
あまりの意味不明さに、俺の頭の中は理解不能という結論しか出してくれなかった。
一方。
「佳奈ちゃん……まー君に何の話がしたいんだろ?」
由衣はそう呟いた後、首を傾げた。
俺は「知らないのか」と言葉を投げる。
すると由衣は「何も聞いてない」と首を振った。
由衣が知らないなら何もわからないよな。
……諦めるか。
しかし。
「ここだと話し辛い話……かなぁ……」
長沢が、3人が去った方を見ながらそう呟いた。
明らかに何か知っている反応。
俺は「どういう話だ」と質問を投げる。
「それは本人から聞かないと」
……駄目だなこれは。
それなら次の質問だ。
「俺、永川に何かしたか?」
「真聡君……怖いからねぇ……」
肩をすくめながらそう呟いた長沢。
……1学期にもこんな話をした記憶がある。
まさかこれが回りまわってまた出てくるとは……。
以前よりは気を遣っているんだが……。
頭を抱えたくなっていると、佑希が「まぁ……言いたいことは分かるな」と呟いた。
「何も知らない人からしたら感じ悪いからね」
「『まー君怖くないし優しい』って言ったんだよ~?」
智陽の追撃にそんな返事をする由衣。
……そうじゃないだろ。
ため息をつきたくなったその時、チャイムが校内に鳴り響いた。
その後、すぐに担任のタムセンが「朝礼始めるぞ~」と教室に入って来た。
俺達はそこで解散となり、友人達は自分の席に戻っていった。
☆☆☆
「……誰もいないね」
「ね~……。
3人は……食堂に行ったのかな?」
誰もいない屋上を見て、智陽と由衣がそんな会話をしている。
そしていつも座っている屋上にあるベンチに座りに行った。
俺はなんとなく、2人が座っている向かい辺りの屋上の柵に背中を預ける。
佑希はそんな俺に着いてきて、同じように背中を預けた。
そして雑談する女子2人を、男子2人は口を開かずに眺める。
昼休み。
俺達3組の4人は昼ご飯を食べた後に屋上に移動してきた。
他クラスの3人が居ない理由は屋上が寒いからだ。
いない3人をわざわざ呼ばなくてもいいだろうというのもあるが。
「流石にこの時期の屋上で昼ご飯を食べるのは辛い」と前に言ったのは由衣だったか。
……いや、日和や鈴保も言ってた気がするな。
俺は別に耐えられるし、教室がうるさいので屋上がいいのだが……。
何故かほぼ毎日、由衣に止められる。
そして待ち始めてから数分後、屋上の扉が開く音がした。
同時に「由衣~!お待たせ~!」、「おまたせ~~」と賑やかな声が屋上に増えた。
朝に話があるとだけ言っていた田渕、荻野、永川の3人がようやく現れた。
その3人は由衣の案内で空いているベンチに座った。
落ち着いたところで、俺はさっそく「それで、話ってなんだ」と投げる。
実際、朝から何を言われるのか気になって仕方がなかった。
この3人から魔力などは感じないので、奇襲とかではないと思うが……。
しかし、永川は「えっと……その……」と口籠っている。
俺から目を逸らして。
氷川 佳奈に怖がられている……か。
……だが、普通の接し方なんて、忘れてしまった。
それでも、歩み寄る必要がある……よな。
俺は深く息を吐いてから、「悪いが」と口を開く。
「俺はこれが素だ。慣れてくれとしか言えない。
だが、別に怒ってるわけでもない。
だから、言いたいことがあるならそのまま言ってくれ」
「怖いかもしれないけど、根は優しいから!」
「あぁ。昔はもっと優しかったしな」
俺の言葉に続いて、由衣と佑希がそんな言葉を投げた。
ありがたくはある。
だが、昔のことに触れる必要は無いだろ。
そんな思いを込めて「おい、佑希」と言葉を飛ばす。
「だからまぁ。実際は雰囲気ほど怖くないし、もし怒ったとしても俺達が止めるからさ。
とりあえず話したいことがあるなら、話すだけ話してよ。」
さらっとそう言った佑希。
俺を無視した挙句、言葉選びに悪意がないか?
だが、ようやく昔の佑希が戻って来た。
そんな気がした。
そして、佑希の言葉のお陰か。
永川が「その……」と口を開いた。
「怪物と戦ってる皆さんに、相談したいことがあるんです」




