第242話 大事な子供
「も~~~。心配したんだからね!?」
ベッドに横になっている俺に、由衣が頬を膨らませて怒っている。
……見舞いに来てくれたのは嬉しいけど、一番最初から怒られることになるとは。
そして、一緒に来た日和と智陽も少し怒ってるように見える。
というか日和に至ってはがっつり頷いてる。
おおかみ座との戦闘から2日後。
俺は市立病院のベッドの上にいた。
かず兄との戦闘が終わった後、新たに爬虫類のような堕ち星が現れた。
そしてかず兄は連れ去られてしまった。
その直後、俺は気を失ってしまった。
みんなはそんな俺を救急車で搬送してもらって、超常事件捜査班との情報共有などの事後処理をしてくれたらしい。
俺が倒れた理由は過労と栄養失調と言うことらしい。
……でも多分、本当の理由は堕ち星に成ったからだろう。
だけど堕ち星に成っていた期間が短かったからか、俺は次の日の夜には目を覚ましていた。
今も身体は、まだ少し痛むけど。
……でも確かに、この1カ月は皆に心配をかけてばかりだった。
年明けにおおかみ座と戦ってから、全然冷静じゃなかった。
そんな反省の意を込めて、「本当にごめん。反省してる」と言葉を返す。
「も~~……。まー君もゆー君も……。
あ、ちゃんと皆にお礼を言ってね?みっちゃんとか麻優ちゃんもゆー君のこと探してくれたんだから。
あ、あと桜子ちゃんと佳奈ちゃんと乃々華ちゃんも」
「由衣も走り回ってたもんね」
「ちーちゃんだって走り回ってくれたじゃん!」
どうやら自分が思ってた以上に、俺が居ないのは大事になっていたらしい。
これは退院したら、皆にお礼を言って回らないといけないな。
そう思っていると、病室の扉が開いた。
同時に「遅くなった」と聞き慣れた声が飛んできた。
その瞬間。
由衣の「まー君!どこ行ってたの!?」という言葉が病室に響く。
入ってきたのは真聡だった。
……そういえば、来た時に由衣が「一緒に来てたのにどこか行っちゃった」と文句を言っていたな。
そして真聡は「ちょっとな」と言いながら病室の扉を閉めて、俺の足元の方へ移動する。
「『ちょっとな』じゃわからないから!ちゃんと説明して!」
由衣の意見に続いて、日和と智陽も同意の声を飛ばす。
そんな3人の追求を受けて、真聡はため息をついた。
「……まず佑希。悪い、お前のお兄さんも、連れ去った堕ち星も見失った。
超常事件捜査班にも協力してもらったが、今も手がかりすら見つかってない。
だが、おおかみ座は佑希を狙っていた。
だからもしかしたら、病院内に潜んでるかもと思ったが……残念ながら何も手掛かりはなかった。本当にすまない」
そう言った後、真聡は頭を下げた。
そんなに謝られることじゃない。
俺は急いで「いやいや」と言葉を返す。
「真聡がそこまで気にしなくていいって。頭下げないでくれ」
すると真聡は頭を上げた。
そこに由衣が「見回りに行くなら言ってくれたらよかったのに」と言葉を投げる。
しかし。
「俺1人で十分だったからだ」
そんな真聡の返事に、由衣は「も~……」と口を尖らせる。
だが、真聡の性格だ。
他のみんなには頼らず、街を走り回ってあの堕ち星の手がかりを探していたんだろう。
……逃げられたのは、真聡のせいではないのに。
俺が、自分を見失って堕ち星に成ったからなのに。
……落ち着いた今だから言えることだけど。
とにかく、これ以上真聡に無駄な時間を使わせたくない。
だから俺は「ありがとうな」と言葉をかける。
「俺が動けない間に走り回ってくれて。
だけど、真聡もとりあえず休んでくれ。
……あの堕ち星は、『まだ利用価値がある』と言っていた。だから、殺されてるということはないだろう。
むしろ、もう一度俺に兄を戦わせる……そんな気がする。
だから次こそ、ちゃんと連れ帰ればいい」
すると真聡は「……お前がそれでいいならいいが」と呟いた。
もちろん、次戦う時までに俺だって今より強くなるつもりだ。
だけど、やっぱりみんなの力は必要だ。
だから、真聡にも無駄な労力は使わせられない。
そして病室内の空気が少し落ち着いたところで、由衣が「ちょっと聞いていい?」と呟いた。
「あの堕ち星ってさ、結局何座なの?」
「私も気になってた」
由衣の言葉にそう続く日和。
……あれ。
「……俺が寝てる間に聞いてなかったのか?」
「まー君、忙しそうだったから聞く暇がなかったの」
由衣の言葉に、少しばつが悪そうに「……悪かったな」と返す真聡。
そんな真聡に智陽が「今はそこじゃないでしょ」と突っ込む。
真聡の言葉が足りないとはいえ……少し可哀想に見えてきたな。
そんなことを思っていると、真聡は「消去法だが」と口を開いた。
「堕ち星の正体はカメレオン座だと考えている。
……回収できなかったへび系の星座が利用されてなければ、の話だが」
「そんな星座あるの……?」
「確か、日本からは見えないんだっけ?」
「あぁ。だから日本では」
真聡が智陽の言葉にそこまで返したとき。
突然「佑希!!」という叫び声と共に、病室の扉が開いた。
そこに立っていたのは、俺の母さんだった。
☆☆☆
窓から月明かりが差し込んできて、暗い病室を優しく照らしている。
俺は大きく息を吐いて、ベッドの上で伸びをする。
疲れてはいるが、何故か消灯時間を過ぎても眠れなかった。
それにしても……ベッドの上から大して動いていないが、大変な一日だった。
まさか、母さんがお見舞いに来てくれるとは。
完全に予想外……というか考えていなかった。
そして、既に俺が何をしたかは聞いていたらしく、凄く怒られてしまった。
俺がしたことは怒られても仕方ないのだが……友達の前で母親が泣きながら自分を怒るのは少し恥ずかしかった。
あと途中、真聡が「止められなかった俺にも責任があります」と言ったときは凄く焦った。
だけどまぁ……そのお陰か「今後はちゃんと真聡や由衣や日和、友人達を頼る事」、「絶対に無茶をしないこと」を条件に、引き続き戦うことの許しが出たから安心した。
「佐希も佑希も、もちろん和希もママとパパには変わりのない大事な子供なの」……か。
両親、友人。
俺は、自分が思っている以上に周りから大事に思われているみたいだ。
……かず兄はそれを感じられなかったから、あんな風になってしまったんだろうか。
……いや。そもそもかず兄には大事に思ってくれる相手がいなかったのか。
いや、それは違う。
かず兄は大事な家族だ。
少なくとも母さんや父さん、そして佐希、もちろん俺もそう思ってる。
……今考えても仕方ない。
次に、出会ったときには必ず連れ帰る。
その後にかず兄の考えを聞いて、俺達の気持ちを伝えればいい。
今はとにかく、身体を休ませるのが先だ。
今日お見舞いに来てくれた母さんにも、真聡達にも言われたしな。
俺はもう一度、伸びをして大きく息を吐く。
そして目を閉じる。
すると、やはり疲れていたらしい。
俺の意識は緩やかに滑っていくように眠りについた。




