第240話 家族なんだから
「志郎、鈴保。ありがとう。
お陰で、冷静になれたよ」
お礼の言葉を口にしながら2人の間を通って前に出る。
俺に続いて真聡達3人も一緒に2人の前に出てきて、俺の横に並んだ。
そして、廃工場の外で黒い体毛に覆われた人狼のような姿のおおかみ座と相対する。
おおかみ座は、俺の音爆弾を受けて地面に倒れていた。
しかし俺の姿を見て、唸り声を上げながらふらふらと立ち上がった。
そして「捨てたのか。あの力」と言葉を投げてきた。
「あぁ。捨てた。
確かに、お前は俺1人だとあの力がないと倒せないかもしれない。
でも、俺には頼りになる友達《仲間》がいる」
そこまで口にしたとき。
突然、おおかみ座が遠吠えをした。
辺りの空気が揺れる。
耳を塞いでいるのに、鼓膜に響く。
そして遠吠えが終わった後。
おおかみ座が唸りながら「僕が……」と口を開いた。
「僕が。苦労して手に入れた力を、簡単に手に入れた癖に……捨てた?
どこまで……どこまで僕を馬鹿にしたら気が済むんだ!!」
そう言い切った後におおかみ座の2度目の遠吠えが辺りを揺らす。
……やっぱり、何を考えているのかさっぱりわからない。
俺はあの日まで一度も、かず兄を下に見たことも、馬鹿にしたこともなかったのに。
それなのに、何でここまでかず兄は俺達を憎むようになったのか。
そう考えていると。
「話はそこまでだ。決着、つけるんだろ」
隣にいる真聡がそう言い放った。
「……そうだな。さっさとつけよう」
「行こう!みんな!」
由衣のその言葉で、俺達4人は同時に左手に生成したプレートを差し込む。
そして、全員でそれぞれが決めたいつもの手順を取る。
俺は時計の2時の箇所に手を掲げ、時計回りに左手を1周させる。
そして左手が1周するのと同時に、左腕と右腕が胸の前でクロスになる形で右手を時計の10時の場所に掲げる。
一方、おおかみ座は俺達に向けて斬撃を飛ばしてきた。
「「「「星鎧、生装」」」!!」
4人の声が重なると同時に、4人のギアからそれぞれの星座が飛び出す。
その星座の紺色の光が、飛んできた黒い斬撃を弾き飛ばす。
俺達は無傷で星座が放つ光に包まれ、身体に星座の神遺を宿す鎧を身に纏う。
そして、光が晴れる。
すると。
「いつも……いつもいつもいつも……!!!」
おおかみ座のそんな叫びが聞こえてきた。
同時に、周りの地面から多数の人型の澱みが現れた。
その光景を見た真聡が少し顔を後ろに向けて「志郎、鈴保」と声をかけた。
「疲れているとは思うが、澱みを頼めるか」
「任せろ!」「任せて」
「……損な役が多くて悪いな」
「ほんと、そんな役ばっか」
真聡の言葉に、そう言い返す鈴保。
しかし、その声は少し笑っているようにも聞こえた。
……俺は、友人に恵まれているな。
そう思いながら俺は「みんな、頼む」と声をかける。
そして俺は真っ先に飛び出して、おおかみ座との距離を詰める。
行く手を邪魔する澱みを生成した剣で切り伏せながら。
その勢いのまま、俺はおおかみ座に突っ込む。
その数秒後。
また金属がぶつかるような音が廃工場の敷地に響く。
爪と剣による鍔迫り合いをしながら、おおかみ座が口を開いた。
「恵まれてるやつにはわからないよな。何もない奴の苦しみなんて!!」
「文句も、恨み事も。全部後で聞く。
でもそれよりも先に、お前を元の兄に戻す!」
言葉を投げ返すのと同時に、足でおおかみ座の足を引っかける。
引っ掛かりはした。
だが、人間離れした動きで体勢を整えながら距離を取られた。
そんなおおかみ座を水流と半透明の羊と水弾が襲った。
おおかみ座はその追撃を斬撃で消し、水流は避けた。
「これは……僕の恨みだ。関係のない奴は邪魔するな!!!」
その叫びの直後の遠吠えは今までで一番大きく、衝撃波まで発生させた。
真聡は土の壁を作ったらしく、それで身を守っている。
しかし、由衣と日和は吹き飛ばされていくのが見えた。
そして俺はなんとか剣を盾にして、ギリギリ踏ん張っている。
俺は1人で戦うのではなく、皆と戦うことを選んだ。
だけどそれは、甘えるってわけじゃない。
かず兄は俺が倒すべき相手だ。
だから、俺が突破口を開く!
遠吠えによる衝撃波が収まった瞬間。
俺はおおかみ座目掛けて一枚のカードを投げる。
そして、地面を踏み切って距離を詰める。
間合いに入って、おおかみ座を狙って剣を振り下ろす。
また、爪と剣による鍔迫り合いが起きる。
だけど、これも作戦の内だ。
本命はさっき投げたカードで生成する、分身。
今は堕ち星に成っていたときほど力はない。
だから分身も思うように使えないし、流星群も使えない。
だけど、さっきまでの感覚があれば。
今までよりは、上手く立ち回れるはず。
そして、その分身がおおかみ座の背後から斬りかかる。
しかし、次の瞬間。
おおかみ座が2体に増えた。
2体に増えたおおかみ座は、俺と分身をそれぞれ押し返す。
そして、俺と分身は吹き飛ばされる。
「弟ができて……兄にできないことなんてないんだ!!!」
その叫びと共に2体のおおかみ座が襲い掛かってくる。
分身はさっきので消された。
2体一気に1人で相手できるか……?
そう思ったとき。
紺色と赤色の鎧が増えた方のおおかみ座に体当たりを仕掛けた。
そして、おおかみ座と分身を波が襲う。
波の中には日和らしき影も見える。
……3人の協力を無駄にできない。
俺は決意と共に立ち上がる。
そしてまたおおかみ座との距離を詰めて、剣を振るう。
お互いが致命傷を与えようと武器を振り、拳を振るい、蹴りを入れる。
何度目かの攻防の後。
爪と剣が激突して、また鍔迫り合いとなった。
おおかみ座は唸った後、「お前はいいよな……」と呟いた。
「才能に恵まれ……周りに愛されて……!!」
その言葉音共に、押してくる力がどんどん強くなってくる。
だけど、ようやくこいつが何を言いたいのかがわかった気がした。
俺と佐希は、高校受験で進学校に推薦入試で合格した。
友人たちにも恵まれていた。
だけどかず兄は高校受験は私立入試は落ちて、当初よりも難易度を下げた公立入試を受けた。
そして当初は大学に進学せず、就職しようとしていた。
それに友人と一緒にいるところもあまり見たことがなかった。
つまり……そういうことなのか?
ようやく思い当たった俺の口から、「もしかして……それだけで?」と言葉が零れた。
「それだけ?
あぁ。お前たちにとってはそれだけかもね。
でも僕は、それだけでどれだけ苦しくて、悔しい思いをしたか!!!」
おおかみ座はそう叫んで、俺を蹴り飛ばした。
俺の身体は、呆気なく吹き飛ばされる。
……俺はかず兄ではないから、かず兄の苦しみがわからない。
でも。俺も佐希も、かず兄を傷つけるつもりなんてなかった。
その報復として傷つけるのは、違うだろ。
家族なんだから。
言葉があるんだから。
それなら、言葉で伝えるべきだろ。
だから。
まずはこいつを、元のかず兄に戻す!
俺は左手を地面に付いて、吹き飛ぶ身体の勢いを抑える。
勢いが抑ええれたところで、反撃のために地面を蹴って距離を詰める。
そして、左下から右上に向けて剣で切り上げる。
おおかみ座は当然のように爪で受けてきて、途中で止められた。
だけど、小細工なんていらない。
ただ、全力を込めるだけだ!
止められていた剣が、おおかみ座を押し切る。
その剣は、青白い光を纏っていた。
俺はおおかみ座が体勢を立て直す前に、追撃の蹴りを叩き込む。
吹き飛んで、地面を転がるおおかみ座。
そこにもう1体のおおかみ座も転がってきて、消滅した。
堕ち星の俺、志郎と鈴保、そして俺達4人。
ここまでの連戦で、今のおおかみ座は疲労しているはずだ。
そして、さっきの剣の光。
今ならいけるという確信があった。
俺はおおかみ座に対して構えなおして、剣にありったけの星力を込める。
そしておおかみ座が体勢を立て直す前に地面を蹴って、距離を詰める。
同時に、全身の力が抜ける感覚がした。
視界の右側には、青白い光を纏った分身が見える。
これならきっと、いける。
「ふたご座……流星群!!!」
そう叫んだ後。
俺は分身と共に、怒涛の勢いでおおかみ座を斬りつける。
防がれようとも気にせず、攻撃する場所や立ち位置を変えながら。
おおかみ座に、青白い光が刻まれていく。
そして最後に全力を込めて、分身と共におおかみ座を蹴り飛ばす。
おおかみ座は吹き飛び、地面を転がる。
だけど。
「弟に劣る兄なんていない……。
あいつらよりも……僕の方が……!!!」
そう叫びながら、おおかみ座はまだ立ち上がろうとしている。
ふらふらとしていて、完全に満身創痍のはずなのに。
そこに。
「ペルセウス座、流星群」
「眠れよ、眠れ。羊の群れ!!」
そんな言葉が聞こえたのと同時に青白い光が降り注ぎ、多数の半透明の羊が突撃していく。
そしておおかみ座の姿は青白い煙に包まれて見えなくなった。
どうやら、俺が流星群を放っている間に真聡と由衣が追撃の準備をしていたらしい。
4度の流星群に堕ち星から人間に戻す力がある羊。
流石のおおかみ座でももう戦えず、元に戻るはず。
そう思いながら、俺はおおかみ座を包む青白い煙を見つめる。
数十秒後、煙が晴れ始めた。
そして一番最初に見えたのは。
人狼のような姿のおおかみ座の堕ち星でも。
人間の姿に戻ったかず兄でもない。
2本足で立つ爬虫類のような異形だった。




