第238話 手を取れ
日和と由衣と真聡のせいで。
俺は、元の人間の姿に戻ってしまった。
だけど、あの怪物を倒すなら、レプリギアでは力不足だ。
堕ち星の力が必要なんだ。
身体を起こしながら、もう一度堕ち星に成ろうとする。
でも、あの自分の中に蠢く力は。
もう、感じられなかった。
由衣の羊を受けたわけではないので、どうやったかはわからない。
だけど今まで戦った堕ち星と同じように、俺も普通の人間に戻されてしまったようだ。
俺の中に悔しさと怒りが渦巻く。
立つ気力も起きず、廃工場の床に座り込む。
そんな俺に「ゆー君大丈夫!?」と由衣が声をかけてきた。
やっと、兄でもある堕ち星を殺せると思ったのに。
その直前で、邪魔された。
怒りが抑えれない俺の口から、「……何で邪魔するんだよ」と言葉が漏れた。
「『これは俺の家族の問題』って言っただろ!
俺が兄を殺さないとダメなんだよ!そのためには堕ち星の力が必要なんだよ!」
「佑希あんた……!」
由衣を怒涛の勢いで責める俺に、後ろから来た星鎧を纏っている日和が由衣の前に立って銃を構えた。
俺はそんな日和を睨む。
そこに「やめろ」という言葉が飛んできた。
星鎧を消滅させた真聡が後ろから現れて、日和の銃を右手で掴んで下ろさせた。
黙ってはいるが、智陽も一緒に。
そして、真聡は俺の前に立った。
「もう堕ち星に成れない、だろ?」
「……そうだ。余計なことを」
「余計って、堕ち星をあんなに憎んでたのに」
「そうだよ!」
「堕ち星は憎い。
だけど、あいつを倒すためには。もっと力が必要なんだ」
俺の言葉に、由衣と日和は口を閉じた。
だが、口論で3人を突破しても、もう堕ち星には成れない。
今の俺では、あの怪物に勝てない。
行き場のない怒りを抱えていると、真聡が「……お前だって、見てきただろ」と口を開いた。
「堕ち星に成った人たちを。本来の思いから離れて、狂っていく姿を。
そして本人の意思関係なく、無差別に周りの人を傷つけるのを。
それでもお前は、堕ち星に成ってでも実の兄を倒したいのか?」
「……それでもいい。俺は、どうなっていい。
両親を傷つけて、佐希を意識不明の状態にしたあいつに、家族の苦しみをわからせれるなら。
……そもそも、お互いの邪魔はしないという取引をしただろ。
何で俺の邪魔をするんだよ」
「それを先に破ったのはお前だろ。
あのとき、お前も由衣と日和に入れ知恵をしたんだろ」
痛いところを突かれ、今度は俺が言葉を失った。
確かに|年末の由衣と真聡の喧嘩のとき《あのとき》、由衣の背中は押した。
3人が、揉めているのを見てられなかったから。
……まさか善意が回りまわって、自分の首を絞めることになるとは。
「だから、今度は俺の番だ。お前が俺を引っ張り出すのを手を貸したようにな」
「……由衣も由衣だけど、真聡も大概って佑希もわかってるでしょ」
「だけどこれは……俺の兄が起こした、家族の問題なんだよ」
真聡と日和の言葉に、苦し紛れの言葉を返す。
そんな俺に、「ゆー君はさ」と由衣が言葉を投げてきた。
「家族の問題って言うけどさ。そこまで無理しないでよ。
そんなに自分を追い詰めるくらいならさ、私達を頼ってよ。
あとさ、確かに私達は他人だよ。
でも私達は友達で、幼馴染じゃん。小学生の頃、ずっと一緒にいたじゃん。
そんなゆー君とさっちゃんを苦しめる人は、私達だって許せない。それが、2人のお兄さんでも。
……というかさ、さっちゃんが目を覚ました時にさ?
自分を襲ったのが和希さんで、そんな和希さんを止めるためにゆー君まで怪物に成ったって聞いたら悲しむ……というか、絶対怒ると思うんだよね」
「それはそう。目に浮かぶ」
由衣の言葉に、日和が頷きながら同調した。
……いつの間にか、日和も星鎧を消滅させている。
でも確かに……それはそうかもしれない。
『は?かず兄もゆー兄も何してんの!?意味わかんないというか馬鹿なの!?』と怒る姿が俺にも想像できる。
佐希は家族が好きだ。そして友人が好きだ。
父さんの転勤で引っ越してからも『ゆーちゃん、ひーちゃん、まー君は元気にしてるかな~。また5人で遊びに行きたいな~』と時々呟いていた。
5人で……か。
……確かにそれは、堕ち星に成ってなんかいられないな。
そう思ったとき。
真聡が俺の前に右手を差し出してきた。
そしてその手には、レプリギアが握られている。
……どうやら人間の姿に戻った時に吹き飛んで、外れていたようだ。
そして、真聡がまっすぐに俺を見ながら「俺は」と口を開いた。
「先月のあのときからお前も一緒に戦う仲間だと思ってる。
だからこれからも、俺達と一緒に戦って欲しい。
そして一緒に、お前の兄を元に戻そう。
両親や佐希の気持ちを理解してもらう方法は、傷つけるだけじゃないだろ」
……そういえば、真聡はこういうやつだった。
再会してからは口数も少なく、由衣に引っ張られてばっかりで忘れていたが。
……やっぱり、真聡は何も変わっていない。
本人は否定するだろうけど。
「あぁ。わかったよ。改めて、よろしく頼む」
そう言葉を返しながら、レプリギアを改めて受け取る。
しかし、真聡は右手を戻さない。
それどころか、右手を開いている。
……あぁ。手を取れってことか。
理解した俺は、左手で真聡の右手を取る。
そこに「あ!私も!ほら、ひーちゃんも!」と言いながら、由衣が俺の手首を掴んだ。
日和は少し呆れた笑顔を浮かべながら、同じように手首を掴んできた。
そして、俺は3人の力を借りて立ち上がる。
「でも良かった~~!!ゆー君が戻ってきてくれて~~!!」
「ほんとにそう。由衣、凄く落ち込んでたんだから」
「そ、それはひーちゃんもでしょ!?」
そんな2人の会話を聞いていると、罪悪感が湧いてきた。
なので「……ごめんな」と謝罪の言葉を口にする。
……気まずい。
自分がしたこととはいえ。
そう思っていると、真聡が「そういう話は後だ」と割って入ってきた。
「おおかみ座を元に戻す、だろ」
「……あぁ。みんな、手伝って欲しい」




