第236話 同じ力
軋むように痛む身体と、蠢く憎悪。
それによって生まれる破壊衝動。
俺はそれを抑えながらも、廃工場の建物内のドラム缶の山の上で獲物が来るのを待っていた。
あの戦いから何時間、何日経ったかはわからない。
ただ俺は廃工場で、おおかみ座の堕ち星が来るのを待っている。
おおかみ座の堕ち星は俺と会ったときに「臭いがするとは思っていたけど」と言っていた。
だから「やつは俺の臭いを覚えていて、それを辿ることができる」と考えた。
そしてやつは、俺が生きているとわかっている以上、殺しに来るはずだ。
そのため俺は以前に見つけていた廃工場に居座り、やつが来るのを待っている。
そして。
「やっ……と見つけた。こんなとこに引きこもってたのか」
そんな言葉と共に、眼鏡をかけた男が廃工場の入り口に現れた。
兄だったものが、遂に現れた。
その姿を確認した俺は、ドラム缶から飛び降りながら言葉を返す。
「引きこもってたんじゃない。お前を待っていたんだ。
今度こそ、決着をつけるためにな」
「そうだね。決着をつけようか」
そして、男はこちらに向かって歩き出した。
その身体は黒い靄に包まれ、怪物の姿に変わった。
対抗して俺も、抑えつけていた憎悪を開放する。
すると、俺の身体からも黒い靄が溢れ出した。
全身が軋みながら、自分の身体が変わるのを感じる。
そして、俺を包む黒い靄が晴れる。
俺の姿は再び、黒い怪物の姿へと変わった。
おおかみ座は既にこちらに向かって走り出している。
俺も迎え撃つように走り出す。右手で剣を生成しながら。
そして正面衝突する前に少し左にずれる。
そのすれ違いざまにおおかみ座を斬りつける。
しかし、おおかみ座はそれを右に宙返りのように飛んで避けた。
お陰で剣は空を切る。
俺は足を止めて、おおかみ座を正面に捉える。
おおかみ座は既に態勢を整えて、こちらに向かってきている。
それどころか地面を踏み切り、飛び掛かってきている。
俺は視線をおおかみ座から外さずに、自分の身体が2つに分かれるイメージをする。
そして左側へ走り出す。
すると、力がごっそりと抜ける感覚がした。
視界に映るのは、さっきまで立っていた場所に着地するおおかみ座。
さらにその奥には、俺と同じような姿をした黒い怪物。
俺が出した分身だ。
堕ち星に成ってから、ギアを使っていた時以上に強くなっている感覚があった。
だから分身も自由に出せて、長い間維持することができるようになった。
その代わり、身体への負担も普段以上に感じるが。
だけど、これでおおかみ座を殺し切れるなら。
それは願ってもないことだ。
そしておおかみ座が着地したのを確認した俺は、方向転換をしておおかみ座との距離を詰める。
反対側へ走り出した分身もほぼ同じような動き走り出している。
分身は直接操っているわけでも、俺の動きに対応しているわけでもない。
ただ、俺が「こう動いて欲しい」と思った通りに動いてくれる。
おおかみ座に斬りかかるが、残念ながら一撃目は避けられた。
だけど避けて動いた先の場所を分身が斬りつける。
それも避けられた。
しかし、さらにその避けた先を俺が斬りつける。
今度は、当たった。
握っている剣から、硬いながらも肉を斬りつける感覚が伝わってくる。
そして斬られて小さく唸り声をあげるおおかみ座を、分身が続いて斬りつけた。
それに続いて俺ももう一度斬りつける。
|兄であるおおかみ座の堕ち星《怪物》を、ただひたすらに攻撃する。
躊躇いも、慈悲も、必要ない。
こいつは育ててくれた両親に恩を仇で返し、慕っていた佐希を襲って、意識不明状態にした。
こいつは、家族の。
佐希の笑顔を奪ったんだ。
だからこいつは、俺が殺さないといけないんだ。
自分の中で湧き上がる憎しみと怒りに身を任せて、剣を振るう。ときには拳や蹴りを使いながら攻撃を続ける。
おおかみ座は防戦一方で反撃をしてこない。
全ての攻撃が当たっているわけではないが、確実に俺が押している。
前回の戦いよりも手ごたえがある。
これなら、殺し切れる。
そう思ったとき。
おおかみ座は突然、体制を低くしたと思うと宙返りをした。
そして、俺と分身の攻撃から抜け出した。
……前回と同じ方法だ。
気を付けてはいた。
対策として、攻撃の手を緩めないようにしていた。
それなのに逃げられた。
やはり、油断ならない。
だけど、俺はこの前の俺とは違う。
あいつと同じ力を手にした。
負ける理由は、もうどこにもない。
俺は逃げたおおかみ座に対して、生成した爆発するカードを投げつける。
ほぼ同時におおかみ座がこちらに向かって両手を払った。
その爪から生み出された、黒い光を放つ斬撃がこちらに向かって飛んでくる。
しかしカードは斬撃の間をすり抜けて、おおかみ座に向かって飛んでいく。
そして斬撃も俺に向かって飛んでくる。
避けることは可能だ。
だが、避けると今度は俺が防戦一方になる予感がする。
恐らく、この斬撃は志郎の技を真似したのだろう。
あいつの技なら練習で受けたことがあるので、受け流せる自信がある。
だから俺は分身をおおかみ座の追撃に行かせる。
そして、自分は斬撃に向かって剣を振り上げる。
鈍い音が響き、斬撃と剣身が衝突する。
剣を握る右手に、想像以上の重さが伝わってくる。
俺は慌てて左手で剣先を支える。
そして、押し切られないように両手に力を込めながら上へと振り払う。
すると斬撃は2つに分かれ、俺の両側へと飛んでいった。
そして俺は今度こそおおかみ座に追撃を加えるため、踏み切る体勢に移る。
しかし、俺の目の前には既に次の斬撃が飛んできていた。
俺は急いで地面を転がって、その一撃を避ける。
だけど、避けた先にも既に斬撃が飛んできている。
俺は何とか立ち上がり、走り出す。
すると、おおかみ座の笑い声が聞こえてきた。
「どんな力を手にしようと、弟の佑希に、兄である僕が、負けることなんてない!!」
笑いながらそう叫ぶおおかみ座。
しかし、飛んで来る斬撃は止まらない。
そして分身は見当たらない。
どうやら、俺が斬撃を斬っている間に消されてしまったらしい。
カードは誘導には使えるが、決定打にはならない。
だからどうしても近づかないといけない。
しかし、斬撃は絶え間なく飛んでくる。
俺は避けながら、どうすればいいかを考え続ける。
そして、1つの方法を思いついた。
今まではできなかった。
だけど全身を焦がすように熱く、溢れるようなこの力があればできる。そんな自信があった。
そのため、すぐに行動に移す。
まずは目くらましに閃光のカードをおおかみ座に投げる。
そしてほぼ同時に煙幕のカードを足元に叩きつける。
すると強烈な閃光が廃工場内を照らした。
少し遅れて、黒い煙が充満し始める。
「悪あがきを……」と言うおおかみ座の呟きが聞こえるが反応はしない。
その代わりに分身をもう1回生成して突撃させる。
そして俺は、意識を集中させる。
「魔術や魔法、神遺の力は使うにはイメージも大事だ」と真聡は言っていた。
俺は自分の燃えるようなこの力が身体から溢れ出して、周りで無数の球に成るのをイメージする。
すると視界の端で、黒い球が生まれるのが見えた。
それとほぼ同時におおかみ座の咆哮が響き、煙が吹き飛ばされる。
そして分身がドラム缶の山に投げられて、消滅した。
「どうしてそこまでして僕から奪う……?」
おおかみ座がそう呟きながらこちらを向いた。
「先に手を出したのはお前だ」
「あれは復讐だ!先に奪ったのはお前達だ!」
俺の言葉にそう叫び返してきたおおかみ座。
だが言葉の意味がわからない。
なら、時間の無駄でしかない。
俺はため息をつきながら「話にならない」と吐き捨てる。
「そうだね。話にならない。
人を傷つける奴は、自分が傷つけたことを理解してないんだからね!!」
おおかみ座は叫びながら、地面を蹴った。
無駄な時間を使ったが、お陰で準備はできた。
俺は剣先を向かってくるおおかみ座に向ける。
俺は、使えるものをすべて使って、兄さんを殺す。
「ふたご座、流星群」
その言葉を合図に、周りにある黒い球が一斉におおかみ座に向かって飛んでいく。
危険を感じたのか、おおかみ座は進行方向を変えた。
しかし、それでも流星群の追跡は続く。
廃工場内を走り回り、黒い球からの追撃を避けるおおかみ座。
外れた黒い球は、地面と衝突して小さな爆発を起こす。
しかし、俺がその間にも黒い球を撃ち出している。
そのため、終わりはない。
そして遂に、黒い球はおおかみ座に命中する。
しかしその直前。
おおかみ座を守るように地面が山のように盛り上がった。
そして放った流星群がすべてその山に命中して、衝撃波と土埃が廃工場内を襲う。
……おおかみ座の味方が現れたのか?
そう考えたが、今の現象には心当たりがあった。
その次の瞬間。
「ゆー君、そこまで!」
答え合わせのように聞き慣れた声が廃工場内に響いた。
嫌な予感を胸に抱きながら、声がした方に視線を向ける。
建物の入り口には杖を持った真聡。
その隣には由衣と日和。
さらにその後ろには志郎、鈴保、智陽。
6人の友人達が、戦場に割って入って来た。




