第235話 幼馴染だからこそ
時間は少し巻き戻り、佑希が目を覚ます前。
☆☆☆
戦闘が終わって佑希が姿を消した後。
真聡は超常事件捜査班の警察官と話していた。
だから真聡の部屋に着いたのは19時を過ぎていた。
そして辿り着いたとけど、みんなボロボロだった。
主に身体よりも、心が。
最初に真聡から「全員、帰っていい」とは言われた。
だけどいつも元気な由衣が完全に意気消沈している姿を見て、置いて帰るなんてできなかった。
それに普段から静かな日和も、目に見えて落ち込んでいるのが伝わって来た。
そんな2人を私は智陽と一緒に様子を見ていた。
だから梨奈と颯馬には「まだ時間がかかるから帰っていいよ」と伝えて、先に帰ってもらった。
そして志郎。
「今日は空手の日」と最初から言ってし、真聡にも名指しで早く帰るように言われていた。
でも「こんな状況で帰れるわけないだろ」と反論して、真聡と一緒に警察と話していた。
……やっぱり誰も帰らなかったのは、佑希が堕ち星に成ってしまったからだと思う。
友達が目の前で堕ち星と成って、姿を消した。
最悪の場合、戦わないといけない相手が2人に増えたことになる。
流石にもう一度話しあう必要があると思う。
……だけど、由衣も日和もこんな感じで話し合いなんてできる?
私はそんな疑問を抱きながら、いつも座ってるソファーに腰を下ろす。
由衣と日和はいつものように定位置に座った。
でも顔は下を向いているし、由衣に至っては今にも泣きだしそうな雰囲気。
そんな状況だけど、志郎が「それで……」と口を開いた。
「どうするよ。これ」
「どうするって言われても……止めないといけないでしょ」
私はとりあえず、当たり障りのない言葉を口にする。
そして、真聡の方を見る。
すると真聡は右手で前頭部を抑えていた。
そして何かをかみ殺したような表情で「あぁ」と呟いた。
「止めないといけない。だが……」
それ以上、真聡のから言葉は出なかった。
その代わりに左手をぐっと握りしめながら、視線を由衣の方に向けていた。
普段は何考えているかわからない。
でも、今だけは何を考えているのか予想ができた。
たぶん、由衣と日和を佑希と戦わせたくないんだと思う。
でも、その気持ちは私にも理解ができる。
私だってあのとき、颯馬と戦うのは躊躇った。
そして4人の関係は小学校の頃から。
それに特に由衣の性格から考えると、これが残酷すぎる話なのは志郎でもわかると思う。
だけど堕ち星を元の人間に戻すのには、由衣の力がいる。
……本当にどうするのよ、これ。
そう思ったとき。
由衣が小さな声で「何でこうなったの」と呟いた。
「何で……こうなちゃったの。何で私……気が付けなったの?」
そのまま「何で……何で……」と呟く由衣。
その頬には、涙が伝っていた。
そんな由衣の背中を、日和がさすり始めた。
「由衣は……悪くない。私だって、気が付けなかった。
それに、佑希が何も言わなすぎるのも……悪い」
「でも!!友達が苦しんでたのに、私また気が付けなかった!!」
悔しそうな声の日和に、由衣が反論の言葉を叫んだ。
そして誰も言葉を口にせず、部屋は静まり返る。
「……いや、悪いのは俺だ。
俺は……薄々気が付いていたんだ」
そう言ったのは、真聡だった。
「俺は、あいつが何かを隠していることに気がついていた。
だけど……俺は見て見ぬふりをしていた。お前達を戦いから遠ざけたかったから」
その言葉で、部屋の空気がさらに重くなった。
どう考えても一言余計。
普段なら指摘するけど……そんな空気でもない。
そこに。
「……そう言われてみればそうかも」
そう呟いたのは日和だった。
「あんまり気にしてなかったけど、言われてみれば確かに変だった。
会話には最低限にしか入ってこないし、佐希とは連絡を取らせてくれない。
……そもそも、去年の年賀状が来てなかった時点でもっと聞くべきだった」
「……仕方ないよ。だって、全部嘘とは思えなかったもん。
話にあんまり入ってこないのも、さっちゃんがいないからだと思ってたし……。
まさかさっちゃんがお兄さんに……」
日和に由衣が続いて言葉を発した。
今、後悔しても仕方ないことなのは分かってる。
でもそれを言ったところで、2人は簡単に割り切れる性格じゃない。
そもそもここには、お節介の優しい奴が集まってるんだから。
だけど、私だっておかしいと思っていた。
堕ち星に対して異常なほど敵意。
それも証拠はない、疑いしかない人にさえ手を出そうとするぐらいの。
付き合いが短い私だって、それは普通じゃないと感じていた。
……美術館に行って、絵の中に吸い込まれたあの日。
あのときにもっとちゃんと聞いていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
私までそんな思考になっているとき。
この重苦しい後悔の空気の中で、志郎が「でもよ」と呟いた。
「……過ぎたことを言っても仕方ねぇだろ。
今は、これからどうするかを考えねぇと……だろ?」
良いことを言った。
この空気に押されて、語尾の声が小さくならなければ完璧だった。
その言葉に真聡は両手で眉間を押せえて、下を向いて「あぁ。わかってる」と返事をする。
だけどいつものようなキレとかがない。
由衣と日和が凄く辛いのは目に見えてわかる。
だけど、真聡も同じように辛いんだと思う。
3人が無理なら……私と志郎だけでおおかみ座と佑希を抑えれる?
……でも、無理でもやるしかない。
そんなことを考えているとき。
突然、扉が開く音が部屋の中に響いた。
その瞬間、由衣が立ち上がりながら「ゆー君!?」と叫んだ。
隣座っている日和も一緒に立ち上がっている。
だけど、扉を開けた人は。
「あぁ……遅かったか……」
赤髪の男性。焔さんだった。
そしてその瞬間。
「『遅かったか』じゃないですよ。何で言ってくれなかったんですか!
佐希は堕ち星に成った兄に襲われたって!」
顔を上げて真聡が、焔さんに怒りの言葉を叫んだ。
真聡は普段から機嫌が悪いように見える。
だけどこんなに怒ってるところは、見たことがなかった。
そして。
「……佑希に口止めされてたんだ。
『家族の問題だから誰にも言わないで欲しい』って」
焔さんは、申し訳なさそうにそう呟いた。
その言葉に真聡は舌打ちだけをして、またさっきと同じ体勢に戻ってしまった。
……自分が人のことを言えないという自覚はあるみたい。
そして、焔さんは部屋を見渡しながら「というか……その本人は?」と呟いた。
「……堕ち星に成ったんです」
そう答えたのは智陽だった。
そして焔さんが「それ……本当か?」と聞き返す。
「この状況で嘘をつくと思いますか」
「まぁそう……だよな。
ギアを使っていても堕ち星に成るのか……」
焔さんはそう呟きながら顔をしかめて、左手で頭をかいている。
「それで、どうするの?
このまま佑希を好きなようにやらせるの?」
今度は私達に向けて、智陽はそう言い放った。
少し嫌な言い方。
でも、苦しそうな眼をしているように見えた。
「いい訳……ないよ……」
「……あぁ。どんな理由であれ、堕ち星を自由にしていい訳がない」
由衣と真聡が言葉を返した。
そして真聡は顔を上げて、私の方を見た。
「志郎、鈴保。力を貸してくれ」
「おう」「もちろん」
「……それで、何すればいい?」
返事の後、志郎がそう聞き返した。
「佑希は俺が止める。
だから、2人にサポート……あと、おおかみ座が居た場合は奴を抑えて欲しい。
……頼めるか?」
「さっきそう返事したでしょ」
「次は負けねぇから安心しろ」
私達の言葉に「……悪い」と小さく呟く真聡。
そこに「私も、戦う」と由衣が呟いた。
続いて日和も「私も」と言葉を発する。
「なら、志郎と鈴保の援護を頼む。4人なら何とかなるだろ」
真聡の言葉に由衣は「違う!」と叫びながら、真聡の両手首を掴んだ。
そして、真聡を自分の方へ向かせた。
「私はまー君と一緒に、ゆー君を止めるために戦いたいの!
ひーちゃんだってそうでしょ?」
「うん。真聡だけに戦わせない」
「だけどお前ら……相手は佑希だぞ」
「だから私達も一緒に戦うの!
友達だからこそ、幼馴染だからこそ。堕ち星に成って暴れるなんて……見てられないもん」
そんな由衣の言葉に、由衣の後ろから真聡を見ている日和が「うんうん」と頷いている。
一方、真聡は2人から視線を逸らした。
その数秒後。
「……わかった。なら、当てにするぞ」
「もちろん!じゃあどうするか考えよ!」
「と言ってもいつも通りじゃない?」
ようやく3人ともいつも通りの雰囲気に戻った。
私が心の中で一安心していると、志郎は「でもよ……」と話に参加してきた。
「堕ち星に成ってから動きが早かったんだよな……。
それにあの……分身?も普通に使ってたしよ」
「それじゃあ……羊を当てるのは厳しいよね……」
「おおかみ座にもあんまり効いてなかったもんね」
日和の言葉を最後に、全員が黙ってしまった。
「こういうときに、焔さんは何か案はない訳?」と思い、私は視線を焔さんに向ける。
だけど、焔さんも難しい顔をしている。
手詰まりだ……。
でも他人に頼らず自分で考えるべき……。
「あ、いい方法思いついた!」
そんな空気を裂いたのは、由衣の声だった。




