第234話 同じ怪物
あれは、中学3年生のクリスマスイブの日だった。
俺は両親と双子の妹の佐希と4つ上の兄の和希の5人で、いつもよりも豪華なクリスマスディナーを食べに行った。
両親がそんな贅沢をしてくれた理由は、俺と佐希が2人揃って私立の進学校に推薦入試で合格できたからだ。
年内に入試も終わり、家族揃って出かける。
あの日は、そんな幸せな日だった。
夕食を食べた後。
「やっぱり大きなクリスマスツリーの写真を撮って帰りたい」という佐希の言葉で、家族で街中のクリスマスツリーを見てから帰ることになった。
クリスマスツリー周辺には露店も出ていて、沢山の人がいた。
人混みの中を佐希は母さんの手を引いて、クリスマスツリーの元へ進んでいく。
そんな2人を俺は父さんと兄と一緒に追いかける。
そしてクリスマスツリーの下に着いた佐希は、母さんから順番に家族一人一人と自撮りを始める。
次に父さんが呼ばれ、そして俺が呼ばれる。
最後に残ったのは、かず兄だった。
「別に一人一人撮らなくてもいいだろ?」
「だ~め。折角の記念なんだから!
ほら、かず兄!笑って!」
佐希がかず兄にそう言って、シャッターを切った。
この後は「全員で撮るよ!」と言うだろうな。
そんな予想をしながら、少しだけ離れた場所から2人を見守る。
しかし。
「そうだね。最後の記念になるんだからね」
かず兄がそう言って、撮った写真を確認している佐希を突き飛ばした。
「ちょっ!?何するのかずに……え?」
転んだ佐希の言い返した声が突然、困惑の声に変わった。
それは同じ状況に居れば、誰でもそんな反応をするだろう。
なぜなら、さっきまで自分の兄がいた場所に居るのは。
異形の、怪物だからだ。
全身が黒く、毛に覆われている身体。
そして手足には鋭い爪が見え、顔は犬を思わせるような頭部の怪物。
そんな姿に、一瞬で変わった。
かず兄の身体から、黒い泥が溢れたと思ったその直後に。
そして辺りに、突然現れた怪物を見た周りの人の悲鳴が響く。
だけど両親も、俺も。
状況を飲み込めず、咄嗟に動けなかった。
その間に怪物は、佐希に襲い掛かった。
佐希は反射的に両手を伸ばして身を守ろうとする。
しかし、怪物は佐希の左腕に噛みついた。
変わらず聞こえる悲鳴の中で、一際大きく佐希の悲鳴が響く。
そして、父さんと母さんの悲鳴も聞こえる。
児島 和希は人に優しくて、努力家な人間だと思っていた。
普段から俺達と遊んでくれたり、勉強を教えてくれるため、俺も佐希も兄のことは好きだった。
また年下の俺達がいることからか、「高卒で働く」と両親と喧嘩した話。
そして、その後。大学に返済型の奨学金の認定を受けて入学したこと話がそんな兄の証明になるだろう。
少なくともこの日までは、俺は尊敬できる自慢の兄だと思っていた。
だけど、そんな兄が今。
怪物に成って、妹である佐希の左手に噛みついている。
俺は、そんな状況が信じられなかった。
佐希の右手から、スマホが落下したのが見える。
同時に怪物は投げ捨てるように佐希の左手から口を離した。
そして次に、右手を振り上げた。
「和希!お前、自分が何をしているのかわかっているのか!」
気が付くと、父さんが怪物と佐希の間に割り込んでいた。
すると怪物は、素直に右手を下ろした。
「うん。わかってるよ。
僕は、ずっとこうしたかったんだ。2人が居なければって、ずっと思ってた。
でも父さんと母さんを傷つけたいわけではないんだ。だから、そこから退いてよ」
そんな怪物の言葉に父さんは言い淀んでいる。
次の瞬間、父さんの身体が横に吹き飛んだ。
父さんの身体は近くのテーブルに叩きつけられる。
母さんがそんな父さんの元へ走っていく。
そして怪物は相変わらず、佐希の前にいる。
俺はこれ以上、家族が傷つけられるのを見ていられなかった。
気が付くと、俺は走り出していた。
そして、がむしゃらに怪物の身体に突撃する。
しかし残念ながら、俺の身体は呆気なく弾き飛ばされて地面を転がる。
全身が痛い。
だけど、かず兄のため息が聞こえてきた。
そして。
「そんなに死にたいなら、佑希から殺してあげるよ」
「……何でだよ。何で、こんなことするんだよ!」
怪物の呟きに俺はそう叫び返す。
すると怪物は俺の方に歩いてきながら口を開いた。
「俺は、2人に色んなものを奪われた。
だから僕は、それを奪い返す。恨みを晴らす」
優しく、尊敬していた兄とは思えない言葉に頭の中がぐちゃぐちゃになり、言葉が出てこない。
それに頭も、背中も、左手も痛くて仕方がない。
意識が朦朧としている。
だけど、視界に映る怪物はどんどん近づいてくる。
死にたくない。
佐希に死んでほしくない。
家族を守りたい。
父さんと母さんをこれ以上、悲しませたくない。
俺は何とか痛む左手を上げて、怪物の方へ向ける。
こんなことをしたって、もう何も変わらない。
それは分かっている。
でも、このまま殺されたくはなかった。
その次の瞬間。
左手から何かが放たれて、怪物を吹き飛ばした。
しかしその代償なのか、意識がより一層朦朧とする。
そして、消え行く意識の中。
俺は燃え盛る焔を見た気がした。
☆☆☆
全身に走る痛みと、吐き気で目が覚めた。
そして鼻を突く、汚れた水の臭い。
顔を上げると、辺りは既に真っ暗だった。
だが、街の明かりのお陰で周りの風景は見える。
どうやらここはどこかの橋の下。
そして俺は倒れているみたいだ。
とりあえず仰向けになって、こうなる前の記憶をたどる。
……そうだ。
俺はあの堕ち星を前に、自分も堕ち星と成った。
あの場で倒し切るつもりだったが、残念ながら逃げられてしまった。
そしてその後、俺もみんなから逃げた。
堕ち星を追いかけたいというのもあった。
でもこれ以上、みんなと一緒に居たくなかった。
俺はみんなとは違って、復讐のために戦っているのだから。
そして人間の姿に戻っておおかみ座を探したが見つからず、この橋の下で力尽きたらしい。
目が覚めた以上は動きたい。
なんとか這いずるように移動して、橋脚部分に背を預ける。
でも、残念ながらこれ以上は身体を動かすことができない。
……これが、堕ち星の力の代償なのだろうか。
そんな動けない間に。
俺の頭は、気を失ってる間に見た光景の続きを無意識に思い出していた。
あのクリスマスの事件の後、俺は病院で目を覚ました。
父さんは軽症で、俺もそこまでの重症ではなかった。
だけど、佐希は目を覚ましていなかった。
その状態は今も続いている。
俺は、家族をこんな目に合わせたかず兄が許せなかった。
父さんと母さんを悲しませ、佐希を意識不明状態にした怪物を。
だから俺は、助けてくれた焔さんに弟子入りすることにした。
俺は気を失ってしまったので見ていなかったが、俺や両親が助かったのは焔さんが怪物と戦ってくれたからだった。
しかし怪物は炎に包まれた後、消えてしまったらしい。
そして俺は、目を覚ました後に焔さんから「戦うことができる」と言われた。
俺はその日から特訓を始めた。
2人で通うはずだった高校には、1人で通いながら。
そして、途中でギアと呼ばれるものを貰った。
なんでも本当に戦うのにはギアが必要らしい。
だけど、一向にあの怪物が現れた話は聞かなかった。
そんな文句を焔さんに伝えると「星雲市では今、怪物が定期的に現れている」「君と同じように怪物と戦っている人がいる」と聞かされて、俺は星雲市に戻ることにした。
しかし、治療を受けても目を覚まさない佐希は1人にはできない。
だから俺は、1人でこの街に戻って来た。
……まさか、同じように戦っている人の中に真聡と由衣がいて、その後に日和も加わるとは思ってもいなかったけれど。
だけど、どれだけ戦ってもあの怪物の情報も尻尾も掴めなかった。
そして年末に家族の元に帰ったとき。
奴がまた、現れた。
俺は今度こそと思って戦った。
しかし、結果は惨敗だった。
焔さんが最後に割り込んでくれなければ、俺は死んでいたかもしれない。
そんな自分が、情けなかった。
せっかく現れたあいつを殺せなかったのが、悔しかった。
しかし、あいつは去る前に「この調子だと、他のやつも大したことないんだな」と言っていた。
これ以上、あいつの好き勝手にさせたくない。
何としてもあいつに、両親や佐希の苦しみを知らせてやりたい。
俺はそう思って、怪我をした身体に鞭を打って星雲市に戻って来た。
そして、さっきの戦闘で遂に。
俺も、同じ怪物と成った。
……あいつを殺すことだけ考えていた俺にはお似合いの結末かもしれない。
元々、俺は同じように戦っている人を利用するつもりだった。
それがあのときの3人だろうが関係ない。
そもそも小学校の頃に一緒に居たのも、楽しそうにしている佐希に引っ張られたからだ。
……ここからは、俺の戦いだ。
ようやく身体が動かせそうな気がしてきたので、俺は橋脚を支えにしながら何とか立ち上がる。
そして、ふらふらとした足取りで歩き出す。
だが、どうやってあの堕ち星を見つけるか。
真聡達に頼りたくはない以上、智陽からの情報も得られない。
そのとき。
俺はあの堕ち星の「臭いがすると思ってたけど」と言う言葉を思い出した。
もし、俺の考えが正しいなら。
あいつをおびき出せるかもしれない。




