第219話 今日は
ベランダの扉をこっそりと開け、騒がしい自分の部屋から冷たい夜風が吹くベランダへと出る。
そして、手すりにもたれて外の景色を眺める。
今、友人達は智陽が持ってきたレースゲームで盛り上がっている。
主にプレイしているのは由衣と志郎、あと何故か意地になっている鈴保。
「智陽が強すぎて勝てない」と言っている。
まったく。人の部屋のテレビを使って、部屋主を置いて盛り上がるなよ。
一応、今日の主役と言われたはずなんだが。
だがまぁ、ケーキは本当に美味しかった。
流石は砂山家だ。
……鈴保本人は否定していたが、やっぱり鈴保はお嬢様だろ。
由衣も同じことを言っていたし。
ちなみにケーキはホールではなく、小さなケーキが人数分という形式だった。
俺はモンブランを選ばせてもらった。
……けど、ホールケーキと小さいケーキ7つだとどっちが高いんだ?
下手したら小さいの7つの高いのではないか?
そう考えると凄く鈴保のご両親に申し訳ない気持ちになってきた。
お礼を言いに行った方が良い気がする。
だが同時に、鈴保が必死に止めてくる予想もできた。
……間を取って、鈴保に伝言をお願いするか。
それにしても、本当に無事に終わってよかった。
結果だけを見れば、稀平は死んでおらず、元の姿に戻すことができた。
仲間達も誰一人大怪我をせず終わった。
そして、仲間達に魔師社会を始めこの世界の秘匿されていることを話す覚悟もできた。
……やっぱり巻き込みたくはないと思うが。
だが、堕ち星を元に戻せるのは由衣だけだ。
それに、俺1人では力不足なのも悔しいが事実だ。
そこはなんとかするしかない。
それよりも気になるのは「稀平が生きていたこと」だ。
生きていたことはいい。
とても嬉しかった。
だが、あのときの稀平と同じで、プレートが回収できていない生死不明の堕ち星が他にもいる。
へび座とからす座。
あの2体も、生きているのだろうか。
そう考えていたとき、ベランダの扉が開く音がした。
ほぼ同時に「何してるの」という声も聞こえてきた。
後ろを振り向くと、日和が出てきていた。
「少し考え事をしてただけだ」
「……何考えてたの」
「これからのことだ」
「……そう」
そう返してきた日和の目から冷たい視線を感じた。
なので俺は「全部話すときに一緒に話す」と付け足す。
しかし、日和は何も言わず俺の隣に並んで手すりにもたれた。
そして以前にも聞いたような言葉を口にした。
「私、謝ってもらってないんだけど」
「……何の話だ」
「私だって、あの言葉で傷ついたんだけど」
多分、1度目の天秤座との戦闘後の話だろう。
だが、その時なら俺にだって反論する権利はあるはずだ。
「……俺だって日和の『最っ低』で傷ついたぞ」
すると日和の口から何とも言えない声が聞こえた。
俺はただ、みんなが傷ついて欲しくないだけだ。
だから譲れない一線がある。
言われるだけじゃない。
今回はちゃんと反論させてもらう。
しかし、日和はすぐに口を開いた。
「……私は真聡があんなこと言わなければ言わなかった」
「でも日和は言った」
「真聡の言い方が悪かったから。だから先に言った真聡が悪い。
もっと優しく言ってたら私だって言わなかったし、由衣も傷つかなかった」
痛いところを突かれ、今度は俺の口から何とも言えない声が漏れる。
でも確かに。もっと冷静に、もっと落ち着いて考えれていたら、あんなふうに喧嘩をせずに済んだかもしれない。
……この1年、俺の視野は自分が思っているよりも狭かったのかもしれない。
俺は諦めて、「……悪かったよ」と口を開く。
「確かに、もっと言い方はあった」
「それでいいの。
……でも、私もごめん。私も、もっと言い方があったと思う」
「……お互い様だな」
俺のその言葉に、日和は「うん」とだけ返事をした。
今までの選択が正しいのかなんてわからない。
でも今は、こうやって落ち着ける時間がある。
友人たちが笑っているのを見ていられる。
今はそれでいい。
そう思ったとき、日和が「でも、約束して」と口を開いた。
「もう、あんなことは言わないで」
「……あぁ。流石にな」
そんな俺の返事に、日和は少しだけ笑った。
……笑えるような返事をしたつもりはないのだが。
そのとき、今度は勢いよくベランダの扉が開く音が聞こえた。
そして「いた~!」という声が飛んでくる。
「2人とも、いきなり消えたと思ったら何してるの!?」
「……寒くないわけ?」
由衣と鈴保が口々にそう言って来た。
その後ろには佑希、志郎、智陽の姿も見える。
そして日和が2人の言葉に「少し話してただけ」と返した。
「……何話してたの?」
「別に、大したことではない」
俺は由衣にそう返事をしたあと、日和に「なぁ」と同意を求める。
「うん。大したことじゃない」
「気になる~~……」
「気にしなくていい。
それより、全員で呼びに来たのは何か理由があるんだろ」
すると俺の言葉に、由衣が「そうだった!」と声を上げた。
「ちょっとさ~。まー君もちーちゃんが持ってきたゲームやってよ~」
「何でだ」
「智陽が強すぎて話にも勝負にならないの」
鈴保が言うってことは余程のことなのだろう。
そう思っていると、後ろにいる佑希が「やっぱりあのゲーム」と口を開いた。
「昔、5人でやってたやつの最新版らしいぞ」
「やっぱり俺達の世代は1個前やってたよな!
俺も小学生の頃、勝二兄とやってたなぁ」
佑希の言葉に、志郎がそう続いた。
確かに小学生の頃、誰かの家で集まってやった記憶がある。
あのときは由衣と佐希が俺に勝とうと意地になってた気がする。
そんなことを思い出していると、智陽の「真聡もやってたんだ」という声が聞こえた。
「でもまぁ、誰が相手でも負ける気しないけど」
そう言った後、ニヤッと笑う智陽。
智陽は……こんなに好戦的だったか?
だがまぁ、普段から俺の部屋にゲーム機を持ち込んでやってる智陽だ。慣れてるってレベルじゃないんだろう。
ゲームなんて小学生卒業以来触ってない。
慣れてる智陽相手にやりたくないが……由衣と鈴保の目が「やって」と訴えている。
……まぁ、たまにはいいか。
そう思って俺は「わかった」と口を開く。
「だが、小学校卒業以来ゲームは触ってないからな。あまり期待するなよ」
「よし。真聡、智陽に勝ってね」
「何ですずちゃんはさっきから勝ち負けにこだわってるの……?」
鈴保と由衣がそう言いながら部屋の中へ戻っていく。
すると佑希が「日和はやらないのか?」と言葉を投げてきた。
それに対して「私昔からゲーム得意じゃない」と返す日和。
そして気が付けば、全員が部屋の中に戻っていた。
折れもまた何かを言われる前に、部屋の中へと戻る。
そして話した通り、友人達とレースゲームをする。
中等部に居た頃も、稀平と清子が誕生日を祝ってくれてはいた。
だが全寮制であの環境だったため、本当に言葉だけだった。
だからサプライズで祝われ、プレゼントとケーキがあって、そして友人達と何も考えず時間を楽しむ。
そんな今日は、両親を亡くしてから1番賑やかな誕生日だった。
ちなみに、智陽には全く勝てなかった。




