第216話 だけど私は
市役所前広場で、まー君が自分ごと天秤座の堕ち星を凍らせていく。
私とひーちゃんは、その光景を遠くから見ているしかなかった。
本当は、そんなことして欲しくなかった。
でも、まー君の流星群を受けても天秤座は倒れなかった。
作戦に無かったしろ君の流星群も受けていたのに。
でも「もしそれでも無理なら、凍らせるぐらいしかないだろ」とまー君は言ってた。
もちろん私達は反対した。
だってそんなことしたら、まー君が無事じゃすまないかもしれない。
でも、まー君は「解決策もある。それでも反対するならこれ以外の作戦を用意しろ」と言って来た。
もちろんすぐに代わりの作戦なんて思いつかない。
だから、その作戦で行くしかなかった。
そしてゆー君、しろ君、すずちゃんの星鎧は消えてしまった。
だから、私とひーちゃんに託されている。
深呼吸して、気持ちを落ち着ける。
次に私はその解決策に組み込まれた焔さんに「焔さん、いけますか?」と声をかける。
「あぁ。俺はいけるよ」
「わかりました。
ひーちゃんは?」
「私も大丈夫」
2人の確認が取れた。
次に私は杖を両手で身体の前で持って、言葉を紡ぎ始める。
「眠れ。眠れ。苦しみも、憎しみも、恨みも、その力さえも。いつかあなたの辛い出来事が、悪い夢だったと笑える日が来るそのときまで」
すると、私の周りに10匹ほどの半透明の羊が現れた。
「準備できました!」
「了……解!」
その返事と共に、焔さんは大きな剣を横と縦に振った。
すると炎が横と縦にクロスの形になって、凍ったまー君と天秤座の堕ち星に向かっていく。
その炎に続いて、背中に翼を生やした焔さんが向かっていく。
ひーちゃんもその後を追いかけて走っていく。
横に長い炎がまー君と天秤座の氷を溶かす。
次に縦に長い炎がまー君と天秤座の間に炎の壁をつくった。
ひーちゃんがまー君の周りに水弾を撃って炎の勢いを抑える。
そこで私も羊を突撃させる。
そして焔さんは氷が解けて、地面に倒れたまー君を連れて戦場から離れた。
あとは私の半透明の羊で天秤座を元の人間に戻す。
はずだった。
突然、身体に立ってるのが辛いぐらいの凄い圧がかかった。
だけど私は杖を支えにしてなんとか立ち続ける。
でもさっき作った半透明の羊たちは消えてしまった。
話は聞いてるし、さっきから何回も見てるからわかる。
天秤座の力。
そう。天秤座はまだ、立っていた。
「本当に……何でみんな揃って僕の邪魔をするんだ」
そんな呟きが聞こえてきた。
でも声や立ち方からだいぶしんどそうに見える。
……それでも、これだけの力がまだ残ってるんだ。
そんな考えは置いておいて、私は力を振り絞って反論する。
「あなたこそ、何でわからないの?まー君の友達なんでしょ?
だったら、まー君が『何を許さないか』ぐらいわかるでしょ?」
「……真聡は甘いんだ。甘すぎる。あいつらの話の通じなさを知っているはずなのに。
訴えるだけじゃ何も変わらない。だから、手を汚してでも社会を変えなきゃいけないんだ」
「……手を出して、誰かを傷つけてしまったら。その人達と、同じだと思う」
「何もわかってない癖に偉そうに言わないでくれよ!」
そんな天秤座の叫びが、広場に響いた。
……確かに私は何も知らない。
まー君には稀平君について、まだ簡単にしか教えてもらってない。
でも、無視できるわけがない。
私はそんな決意と一緒に「……確かに、私は何も知らない」と言葉を絞り出す。
「だけど私は友達が苦しんでて、その原因が私の知らない友達でも、助けてあげたい。
そして、その友達も苦しるんでるなら。放っておけない。
……ねぇ。あなたはどうして、そこまでするの?」
「俺はただ……俺が、俺達が、俺達のような人が、生きやすい社会をつくりたいだけだ」
そう呟いた天秤座は、どこか少し悲しそうに見えた。
そして、天秤座は左手をふらふらと上げた。
……来る。
でも、私にだって対策がある。
「よって、僕の行く手を阻むもの、万死の罪に値する。
その罪、命で贖え」
その言葉と共に、圧を与える透明の力の波が天秤座から放たれた。
でも今度の私は、その圧を受けない。
だって、空へと飛んだから。
「君まで飛べたのか……」
天秤座が私を見上げて、そんな言葉を呟いてるのが聞こえた。
私だって、リードギアを使える。
そして使っているのはまー君がいつも使っているわし座。
みんなの中で、私だけが堕ち星を元に戻せる。
だからまー君は「由衣が自由に動けるように」ってわし座を貸してくれた。
まー君は「こぎつね座の力を使って、はえ座をわし座だと間違えるように仕掛ける」と言っていた。
だからきっと、天秤座は私まで飛ぶことができると思っていなかったはず。
そして、天秤座のあの圧力は飛んでいる私には届かないみたい。
これで、終わりにするんだ。
その決意を改めて持ち直して、言葉を紡ぐ。
「眠れ。眠れ。苦しみも、憎しみも、恨みも、その力さえも。いつかあなたの辛い出来事が、悪い夢だったと笑える日が来るそのときまで!
導け、羊の群れ!」
十数匹ほどの半透明の達が天秤座を目掛けて走っていく。
見えない坂を駆け下るみたいに。
だけど天秤座は土の壁を生成して、羊が襲ってくる方向を制限した。
そして、向かってくる羊を殴って蹴って、返り討ちにしている。
でも反撃のときに羊に触ってるし、不意を突いた子が何匹かぶつかってる。
それでも、まだ足りない。
だから私はもう一回、言葉を紡ぐ。
「眠れ。眠れ。苦しみも、憎しみも、恨みも、その力さえも。いつかあなたの辛い出来事が、悪い夢だったと笑える日が来るそのときまで。
全てを埋め尽くせ!羊の長!」
言葉を唱えている途中から、私の上に車よりも大きくて、立派な角の生えた半透明の羊が生成される。
そして、紡ぎ終えた今。
車よりも大きくなった羊は、天秤座の真上から落下する。
そして天秤座は、羊の下敷きとなった。
流石に車よりも大きな羊は避けれないみたい。
そしてその瞬間。
私の身体も地面に向かって落下し始めた。
私はまー君が天秤座を凍らせるまでは、ずっと後ろで星力を温存させてもらってた。
でも今、リードギアを使いながら沢山の羊を生成した。
……星力を、使いすぎたみたい。
私はふらふらと地面に向かって落ちる。
でも、なんとか地面に降りれた。
同時に星鎧は光と共に消滅した。
そして、身体は支えられていた。
「ちょっと由衣!大丈夫?」
私はその声と支えられたことでようやく、ひーちゃんがすぐそばにいることに気が付いた。
「ごめんね。地面に降りるので必死で……」
「『受け止めるから』って叫んでたのに、返事しないから。焦ったんだから」
どうやら私は集中しすぎて、ひーちゃんの声に気が付いてなかったみたい。
私はもう一度「本当にごめんね……」と謝る。
でもよかった。
ひーちゃんは1回目の圧を受けた後に何とか下がる姿は見ていた。
でも、そこからどうなったかは見れてなかった。
ちゃんと無事だったんだ。
そんなことを思っていたそのとき。
天秤座の上に乗っていた巨大羊が消滅した。
星鎧が消滅してしまった私の前に、ひーちゃんが庇うように出た。
……もし、失敗していたらどうしよう。
もうひーちゃんしか戦える人がいない。
そんな不安が頭の中に出てくる。
私は不安を追いやって、ひーちゃん越しに天秤座の姿を確認する。
すると、そこには。
見慣れない制服を着た男の人が、倒れていた。




