第215話 信じた上で
俺は市役所前広場近くのビルの上で、星鎧を身に纏った。
次に、ペルセウス座のプレートをリードギアに差し込む。
そして詠唱を始めようとしたとき。
誰かが非常階段を上がってくる気がした。
俺は念のために振り向く。
そこには。
「で、次はどうするの」
さっき下で別れた清子が、少し息を切らしながら立っていた。
驚いた俺は思わず「何でついてきた」と返す。
「質問に答えてくれる?」
……確かに今は聞くだけ時間の無駄だ。後で聞けばいい。
「何度やるんだこのやり取り」と俺は少し呆れながらも口を開く。
「友人達が稀平の気を引いてる。
そこに俺が流星群という術を詠唱して発動させて、強襲する」
しかし、清子はまた返事をしない。
今度は俺に近づいてきた。
そして俺の前まで来て立ち止まって、「何してるの」と言葉を投げてきた。
「早く詠唱に入ったら?」
「……何で近付いてきた。離れておけ」
「詠唱してる間に気が付かれたら困るでしょ。
私が陰星の存在を隠すから。早く」
どうやら、また協力してくれるらしい。
……それならそうと初めから言ってくれ。
そんなツッコミをしたくなる。
だが確かに、詠唱中に天秤座に気が付かれた場合は作戦が破綻する。
それは問題点として頭の中にあった。
その可能性を排除できるなら願ってもないことだ。
……頼れる仲間が多いということは、ありがたいことだな。
俺は詠唱準備に入るために清子に背を向けて、戦場の方を向く。
すると、清子の詠唱が聞こえてきた。
「秘されし力を今、私達の存在を秘するために使用する。
誰であろうと、私達の存在を視ること、聴くこと、知ること、感じることを拒否する」
清子が認識阻害魔術を詠唱して使用した。
俺も杖を左手に生成して、右手でリードギアのボタンを押して起動させる。
そして両手で杖を身体の前で持ち、言葉を紡ぐ。
「我、神遺の力の1つである星座の力に選ばれし者也。そして今、同じ星座の力を用いて人々に害を与える敵、澱みに塗れて堕ちた星と成った天秤の座、有り。
我、その敵に対して、力を行使して打ち破る。
そのために、我を選びし山羊の座と、我を認めしペルセウスの座の力を借り、流星群をここに再現する」
身体が回復していないらしい。
魔力回路が悲鳴を上げているのを感じる。
全身が、痺れるように痛む。
だが、今気にしてる場合ではない。
一方俺の周りには、流星群の青い光を放つ星力が展開されていく。
俺は詠唱を止めて、展開した星力の塊を維持しながらビルの屋上の縁へ向けて歩き出す。
詠唱中に戦場から青い光が炸裂するのが見えたから気になっていた。
……志郎が遂に流星群を放ったのだろうか。
だが、今の状況は佑希、志郎、鈴保の3人は地面に伏していた。
日和と由衣の姿はパッと見たところ見えない。
2人の姿が見えないのは作戦通りだ。
しかし、天秤座はまだ立っている。
このままだと、3人が危ない。
俺は急いで流星群を放つために詠唱を再開する。
「人々が願いを、希望を託し、思いを馳せる流星群。その光景を今ここに。
その力を持って、人々に害を与える堕ちた星座と成りし天秤の座を打ち破る!
ペルセウス座流星群!」
言葉を紡ぎ終えると同時に、俺はビルの手すりを超えて空中へ踏み出す。
そして地上に向けて落ちながら、左手の杖を天秤座に向ける。
俺の周りに浮いていた青い光を放つ星力が、天秤座に向かって飛んでいく。
流石の天秤座も、予想外の場所からの強襲だったようだ。
そして気が付けなかった攻撃に対処が遅れたらしい。
無防備な天秤座を、流星群が直撃する。
多量の神遺の力が地上に降り注ぎ、戦場にはまた煙が発生した。
俺は着地の寸前で無詠唱の風魔術を使い、地面に降り立つ。
倒せたと願いたい。
だが、油断はできない。
俺は警戒を解かずに、構える。
煙はすぐに晴れた。
そして、天秤座は。
まだ、立っていた。
「流石真聡。さっきの人のと同じ力だけど、威力が違う。
流石に効いたよ」
「その割には、平気そうだな」
「僕は、止まれないからね!」
天秤座はその叫びと共に、大量の岩を生成して飛ばしてきた。
……まだこんな力が残っているのか。
そう思いながらも、とりあえず避けるために走り出す。
飛んでくる岩を跳んで、転がって、避ける。
流星群は当たった。
しかも2回。
それなのに、まだここまで動く。
……どうすれば戦闘不能にできる?
そう考えていたとき。
一本の矢が天秤座に向かって飛んできた。
天秤座はその矢を弾いた。
次の瞬間、無数の矢が上空から降り注ぐ。
それに合わせるように水弾や半透明の羊が天秤座に向かって飛んでいく。
だが、天秤座はその攻撃に岩を生成して対処している。
動きが止まる気配はない。
……どうやら、天秤座を止めるために考えていたもう一つの奥の手を使うしかないみたいだ。
俺は矢が収まったタイミングで、天秤座との距離を詰める。
もちろん、言葉を紡ぎながら。
「氷よ。世界に永遠を与える氷よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、澱みに塗れ堕ちた星と成り、人々に害を与えんとす天秤の座に、永遠の眠りを与えた給え。
例え、我が身をも凍らせようとも」
懐に潜り込んだ俺は、杖頭を天秤座に向けて構える。
杖頭と足の裏を起点に、俺ごと天秤座が足と胸から凍らせていく。
すると天秤座は「今度は自分ごと僕を凍らせる気?」と聞いてきた。
その少し焦ったような声に、俺は「あぁ」とだけ返事する。
確かに自分ごと術に巻き込むのは普通じゃない。
だが、巻き込んだ方が効果も効率も上がる。
加減をせずに、全身から魔術を放てるのだから。
どんどん凍りついてく俺と天秤座の堕ち星。
足元が完全に凍り付いたとき、天秤座は「……何で」と口を開いた。
「何で真聡は、そこまで自分を犠牲にするんだ」
「犠牲にする気なんてない。今回は、仲間を信じたうえでの動きだ」
その問答の間も氷魔術は発動している。
お互い、肩の高さまでは凍り始めている。
そのとき、俺の星鎧が消滅した。
それでも俺は、氷魔術の発動を止めない。
実際は天秤座を戦闘不能にできる確証なんてない。
それでも、今は仲間を信じるしかなかった。
後は頼むぞ、由衣。
その言葉は音になることはなく、俺の意識は暗転した。




