第205話 また会えたのに
時間はまた戻り、真聡と由衣の口論の直後。
☆☆☆
「……もう知らない。まー君なんて、大っ嫌い」
そう吐き捨てて、由衣は部屋から出ていってしまった。
私は引き留めようと、出て行く直前に「ちょっと由衣!」と叫ぶ。
でも、由衣は戻ってこない。
閉まった扉は開く気配も、動く気配もない。
確かにここ数カ月の真聡は変だった。
でも由衣が「4月よりはマシだからそっとしておきたい」と言っていたから、気にしないことにしていた。
でも、流石に今の言葉は許せない。
真聡が居なくなった後の由衣の様子が変だったのも言った。
由衣がどれだけ真聡のことを心配してるか、わかってないわけじゃないはず。
それなのに、「会いたいなんて、思わなきゃ良かった」なんて言える真聡に腹が立って仕方がなかった。
私は真聡の方を向いて、「最っ低」と吐き捨てる。
そして由衣の上着と鞄、そして自分の分を掴んで部屋から飛び出す。
由衣を追いかけるために、ビルの階段を急いで降りる。
真聡が嫌いなわけじゃない。
私だって大切な友達で幼馴染だとは思ってる。
だけど今は。
由衣を傷つけて、由衣の気持ちを踏み躙ったことが許せなかった。
ビルから飛び出して、辺りを見回す。
でも、由衣の姿はどこにもない。
そもそも、由衣は私よりも体力がある。
由衣が全力で走ってたら、追いつけるわけがない。
だからと言って、ほっておける訳がない。
今の由衣なら……どこに行くかな……。
そう考えていると、「日和」という声と共に肩に手が置かれた。
後ろを向くと、佑希がいた。
「一緒に探すよ」
「……ありがと」
「今の由衣なら……家に帰るか?」
佑希の呟きは間違ってない。
小学校の頃にも拗ねて部屋から出てこないことがあった。
でも、今回は……。
「多分、違うと思う」
「じゃあどこだ」
「たぶん……あの公園」
「……何か理由があるんだな。行こう」
その会話の後、私達は公園に向けて歩き出す。
あの公園。
それは私達の家の近くにある地域の公園。
昔、5人でよく遊んだ場所。
どうしてそこに由衣が行ったと思ったのか。
それは中学に上がって、真聡が居なくなってからのある日。
由衣と遊びに行った後、「帰ってこない」と由衣のお母さんから連絡があったことがあった。
由衣とは家の近くで別れたのにもかかわらず。
そして探し回った結果、そのときはその公園で1人で座っていた。
だから、もしかしたら今回も……。
ということを話しながら、慣れた住宅街を早足で歩く。
すると話が終わってから、佑希が「由衣の鞄、俺が持つよ」と声をかけてくれた。
勢いで持ってきたけど、ちょっと重いって思った。
だから「ありがと」とお礼と共に、由衣の鞄を佑希に預ける。
そのやり取りの後も、私達は歩き続ける。
そして、真聡の家を出てから10分ほど。
遂に話していた公園が見えてきた。
その公園には……。
「由衣!」
「ひーちゃん……?ゆー君……?」
ベンチで独り座っている、由衣がいた。
とりあえず見つかってよかった。
そう思いながら駆け寄る。
そして「風邪ひくから」と持ってきた上着を着せる。
すると由衣は下を向いたまま「……ごめん」と呟いた。
「……由衣は悪くない」
「でも……どうしよう……」
「だから、由衣は悪くないんだから気にしなくて良いって」
「でも私、まー君に『大っ嫌い』って言っちゃった……」
顔を上げた由衣の目には、涙が浮かんでいた。
目が赤い。
きっと、泣きながらここまで走ってきたんだと思う。
そんな由衣の気持ちを考えると、余計に真聡が許せない気持ちになってきた。
由衣は純粋で、良くも悪くも優しすぎる。
私は、そんな優しい由衣にこれ以上傷ついて欲しくない。
だから、心を鬼にして口を開く。
「……真聡が悪いよ。
人が、こんなにも必死になってるのに、『会いたいなんて、思わなきゃ良かった』なんて言うなんて。
やっぱり真聡は、小学校の頃の真聡じゃない。
あんなやつ、縁を切ってやればいい。戦うのも辞めたらいい。
私も、一緒に辞めるから。
だからもう……真聡のために、危ないことに首突っ込むのやめてよ」
辺りが暗くなり始めた冷たい空気の公園に、私の冷たい言葉が響く。
誰も、言葉を発さない。
その数秒後。
由衣が「でも……」と呟きながら、ベンチから立ち上がった。
「今私達が離れると、まー君は1人で戦うことになっちゃう」
「いいでしょ、別に。本人が望んでるんだし」
「でもそうしたら!だれがまー君を助けるの?
まー君はみんなの笑顔を守るために戦ってるのに!
そんなまー君の笑顔は、誰が守るの?
……私達しかいないじゃん」
今度は由衣の涙ながらの熱い思いがこもった、言葉が公園に響く。
でも真聡のため戦うと、由衣が傷つくことになる。
私は引き続き心を鬼にして、言葉を続ける。
「でも本人は、それをいらないって言った」
「じゃあひーちゃんは!まー君がおかしくなっちゃってもいいの!?まー君がいなくなってもいいの!?
……私は嫌だよ。せっかくまた会えたのに……。私は、みんなに笑っててほしいだけなのに……!」
由衣は顔を両手で覆い、泣き出してしまった。
そして力が抜けたようにまたベンチに座る。
……真聡が嫌いなわけじゃない。
でも本人がああ言っている以上、私はどうしたらいいかわからない。
だからせめて、由衣が傷ついて欲しくない。
そう思ってた。
でも今度は。私が由衣のために言った言葉で、由衣を傷つけてしまった。
真聡は私達を突き放す。
でも由衣は無理にでも真聡に手を伸ばす。
……もう、本当にどうしたらいいかわからない。
そう思ったとき。
「2人とも、とりあえず落ち着いて」という、佑希の声が聞こえた。




