第204話 そうしたら、あいつらは
時間は少し戻り、志郎達3人が帰った直後。
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これで……いいんだ。
由衣に「大っ嫌い」と言われたのは、少し精神的に堪えた。
でもいいんだ、これで。
きっと、これで俺を追いかけまわすのは辞めるだろう。
俺を嫌いになってくれれば、戦うのも辞めるだろう。
こうなったのは、俺が中途半端な覚悟だったからだ。
守りたいなら。
巻き込みたくないなら。
最初からもっとちゃんと、距離を取っておくべきだったんだ。
だからいいんだ、これで。
6人の友人は全員帰った。
……1人、俺の言葉の意味が分かってるのか怪しい奴がいたが。
どうやってあいつらから星座の力を切り離すか本気で見つけないといけない。
それも、できるだけ早く。
床に座ったまま、そうぼんやりと考えていた。
するとまた、俺の身体は雑に掴まれた。
「陰星、あんた本当に何考えてるの?」
掴んできた相手は、国立魔師学院中等部のときの同級生の妖崎 清子だった。
「……お前には関係ないだろ」
俺がそう返すと、清子は深いため息をついた。
そして「私が馬鹿だった。勝手にしたら?」と言いながら俺を突き飛ばした。
俺はそのまま床に尻もちをつく。
……何で清子にまで怒られないといけないんだよ。
そう思いながらも、俺はそもそもの疑問を口にする。
「何でお前がここにいるんだよ」
「私の勝手でしょ。焔さん、私帰ります」
清子はそう言った後、荷物を持って俺の部屋から出ていった。
何度目かの扉が閉まる音が、部屋に響き渡る。
そして部屋には、俺と焔さんだけが残った。
少し、気まずい空気。
だが、先に口を開いたのは俺だった。
「焔さん、戦ったんですか」
聞いた理由は、俺は目が覚める直前に聞こえた「焔さんが戦った」的な話が気になっていたからだ。
そして焔さんは「あぁ」と返事をした。
「そうでもしないと、あの場は引けそうになかったからな」
焔さんが戦った。
それなら。
「じゃあ、天秤座は……」
「……残念ながら、まだ堕ち星のままだ」
……そこまでして、倒せなかったのか。
やっぱり、元が魔師で十二宮の力で堕ち星に成っている。
そのために他の堕ち星よりも強いのか。
いや、それより焔さんだ。
去年の天秤座の戦いの後、この街に来る前。
「調子が悪いからこれからあまり戦えない」と言われていた。
いくら俺と同じ神遺保持者、鳳凰座に選ばれた不老不死とはいえ、その不調で堕ち星と戦うのはかなりの無茶のはずだ。
「……身体は大丈夫なんですか」
「まぁこの1年、あんまり力を使ってなかったからな。少しぐらいなら大丈夫だ」
「……そうですか」
それなら……いいんだが。
だが天秤座を倒せていないなら、倒す方法を考えないといけない。
そこに、焔さんが「それより」と言葉を投げてきた。
「真聡の方が大丈夫なのか?
限超魔術……だったか?を使ったんだろ?
魔力回路?とかには違和感はないか?」
焔さんのその指摘でようやく俺は気が付いた。
死ぬ覚悟の攻撃をした自分が生きていることを。
「……何で俺は生きてるんですか」
「身体は大丈夫なのか?」
「……魔力切れとかの無茶した時のガタだけです。いつもよりはマシですけど。
限超魔術の反動は感じません」
「そうか。なら上手くいったんだな。
ちゃんと由衣にお礼を言っておけよ?」
「……由衣に?」
確かに目を覚ましたらすぐ隣に由衣がいた。
だからと言って、何故ここで由衣の名前が出てくるのがわからなかった。
「牡羊座の力は、本来は眠りの力なんだ。まぁ、由衣は少し違う形でその力が出てるみたいだけど。
だが、力の本質はズレていないはずだ。
だから気絶してる真聡を強制的に深く眠らせて、一度リセットした。今回は回復するのが早いはずだ。これで限超魔術の効果を消せたのかは断言はできないけどな」
……だからいつもよりは身体の重さとかがマシなのか。
そしてこの感じだと、牡羊座の力は魔力回路とかに影響を及ぼすのだろうか。
……もしや堕ち星を元に戻せるのも、魔力回路に影響する力だからなのか?
でも、もう由衣達は戦わせられない。
黙ってそう考えていると、焔さんが今度は「で」と呟いた。
「真聡はこのままでいいのか?」
「……何がです」
「真聡は、友人たちとこんな終わり方でいいのか?」
「……いいんですよ。これで。
魔師と一般人とでは、生きる世界が違うんですから」
その言葉に、焔さんは言葉を返してこない。
部屋の中に、沈黙が訪れる。
数十秒ほど続いた後。
焔さんは「なぁ真聡」と口を開いた。
「俺はずっと疑問なんだが、なんで魔力が使えるか使えないかだけで生きる世界が違うんだ?
同じ場所で生きて、同じものを見ているのに」
「……それ、焔さんが言います?
不老不死で神遺そのものみたいなあなたが」
俺がそう言うと、焔さんは「それはそうだ」と笑いだした。
……笑い事じゃないんだが。
しかし、焔さんは笑いながら「どうなんだ」と聞いてくる。
しつこい焔さんに、俺は少しイラつきながら言葉を返す。
「あいつらは、普通なんですよ。普通の高校生なんですよ。
それなのに、何であいつらが戦わなきゃならないんです。
……そういうのは俺1人で十分なのに」
「でもそれは、真聡だって同じじゃないか?
違うのはきっかけだけだ。
それにな、運命なんだよ。選ばれるのは」
相変わらず、軽い口調で返してくる焔さん。
こっちは真剣だというのに。
イライラが抑えられなくなってきた俺は、思うままに言葉を吐き出す。
「運命って……あなたに何がわかるんですか。
俺はもう嫌なんですよ!
……もうこれ以上、誰かを失いたくないんです!!」
俺の怒りの叫びが、静かなビルの一室に響く。
しかし、焔さんは少し間は開いたが「確かに」と呟いた。
「俺は長く生き過ぎて、記憶や感覚がおかしくなっている。
でもな、両親を亡くして泣いていたときや、稀平との戦いの後の真聡の顔は忘れてない。
お前にもう、あんな顔をしてほしくないんだ」
「だったら!」
「だからこそ、お前は壁を乗り越えないといけないんだ。
お前がそうやって、友人を突き放すのは勝手だ。だけどそうしたら、あいつらはどうすると思う?」
あいつらがどうするか。
そんなの分かってる。
だからこそ、あいつらから星座神遺を切り離そうとしているんだ。
でも、そんな現実を否定したい俺は「あいつらは……」と口ごもる。
すると、先に焔さんが口を開いた。
「戦い続けると思うぞ。特に由衣や志郎、あと佑希はな」
「だったら、どうしろうと……」
「それを受け入れるしかないだろ。
それに今は堕ち星を元に戻せる牡羊座の力がある。稀平は生きていた。
助けるチャンスだろ」
わかってる。
頭ではわかってる。
友人達の力を借りるしかないって。
でも、それは認めたくない。
認めてしまったら、1人で背負う覚悟が無駄になる気がした。
だから俺は、苦し紛れの言葉を絞り出す。
「……ほんと、容赦なく酷いことを言いますよね」
「若者の背中を押すのが大人の役目、だろ?
それに真聡は若い。そして人生は短い。
離したくないものがあるなら、必死に手を伸ばすべきだと思うぞ?」
「……人生の先輩のアドバイスですか」
俺がそう返すと焔さんは「そうだな」と言って笑い出した。
……この人が笑うところは本当によくわからない。
「とりあえず今日はもう寝て、ゆっくり休めよ。
天秤座を倒す方法を見つけるとか言って、研究所で魔術特訓とかは無しだからな」
その言葉に俺は返す言葉を失った。
天秤座を倒す方法はまだ全く思いついてない。
それに俺はまだ、6人の友人から星座の力を切り離すのを諦めていなかった。
そこに「わかったな?」と焔さんが念を押してきた。
俺はしぶしぶ「……わかりましたよ」と返事をする。
「よし。じゃあまた明日な。ゆっくり休めよ」
そう言い残して、焔さんも部屋から出ていった。
色々思うことはある。
だけど身体は重く、頭はぼーっとする。
そのため、俺はそのままベッドに戻った。




