第202話 大っ嫌い
なんとか天秤座の堕ち星との戦いから逃げれた俺達7人は、真聡の家まで来た。
鍵は佑希が真聡の鞄から出して開けた。
ちょっと気は引けるけど、緊急事態だから仕方ないよな。
あと真聡を運んでて思ったんだけど、思ったより軽かった。
……この軽さで、あんなに激しく戦ってるなんてな。
そして「ボロボロな真聡を病院に連れて行かなくていいのか」と悩んでいると。
焔さんとさっきの女子が部屋に入って来た。
あの矢の援護もあって、2人は逃げれたらしい。
矢はについては智陽が矢持に連絡して、射手座の力を持つ射守を呼んでいたらしい。
そして戻ってきた焔さんは「真聡をベッドに寝かせろ。由衣は真聡の左手を握って『真聡が落ち着いて、ゆっくり休めること』を願うといい」と言った。
そんなやり取りから、何分経ったかわからねぇ。
でもとりあえず、真聡は大丈夫……だと思う。
眠ってるのか気を失ってるのかはわからねぇけど。
そして、由衣はずっと心配そうに真聡の左手を握って様子を見ている。
だけど……これからどうするんだ。
どうなるんだ。
そんなことを考えていると、由衣が「これで……」と呟いた。
「まー君は、本当に大丈夫なんですか?」
「俺の考えがあっていればね」
呟くように、焔さんが返事をした。
そしてまた、真聡の部屋に気まずい空気が戻ってきた。
「帰ってもいい」って言われたけど……こんな状況で帰れるわけがない。
だから、せめて最悪な部屋の空気を変えたいと思った。
でも俺もそんな気分でも、元気もなかった。
あの真聡が、ボロボロにやられた。
俺は、その事実をまだ受け止められてなかった。
そしてきっと、他のみんなも同じことを思っているんだと思う。
けどそれより……。
「何も話してくれないし、誰も聞かないから私が聞くけど。
焔さん、戦えたんですか。それとあなた、誰?」
俺がずっと思っていた言葉を口にしたのは、鈴保だった。
当然、鈴保は焔さんと女子の方に視線を向けてる。
そして焔さんは「まぁ……なぁ」と頭をかきながら気まずそうに答えた。
焔さんは続いて何か言おうとする。
しかし、それよりも早く名前を知らない女子が「いや」と口を開いた。
「それはこっちのセリフなんだけど。誰なのあなた達。
学院の名簿にも神遺保持者のリストにも名前無かったわよね?」
「学院……?神遺保持者……?」
由衣が身体の向きを女子の方向に向けながら聞き返した。
しかし。
「あぁ……そういうこと。
だから判断が遅かったんだ」
女子は、答えてくれなかった。
それどころか、勝手に自分の納得されてしまった。
そうなると当然。
「何それ、どういう意味?」
鈴保が噛みついた。
その言葉に、女子は目を逸らす。
その対応に、鈴保は「ちょっと」と言葉を投げる。
そこに。
「すずちゃんやめて」
由衣の声が飛んだ。
だけどいつもより落ち着いていて、別人みたいな声だった。
「あなたは、誰なんですか。まー君とどういう関係なんですか。
学院や神遺保持者って……何ですか」
すると、女子はため息をついた。
そして「本当に、何も知らないんだ」と呟いた。
「……私は」
「余計なことを、喋るな」
女子の言葉に、ふり絞ったような声が重なった。
俺達はその聞き覚えしかない声の主の方を一斉に向く。
次の瞬間、由衣の「まー君!?大丈夫!?」という声が部屋に響く。
ベッドでは、陰星 真聡が目を覚ましていた。
そして真聡はすぐに上半身を起こす。
だけど身体が痛いのか、力が入らないのか、動きがゆっくりだし震えているように見えた。
そんな真聡を、「無理しちゃ駄目だよ」と言いながら由衣が手伝っている。
でも由衣はやっと落ち着けたのか、いつもの声になっていた。
でもとりあえず、これで安心だな。
とは、いかなかった。
「……今日で、ヒーローごっこは終わりだ」
真聡が返事代わりのように冷たく言い放った言葉で、部屋はまた静まり返った。
その沈黙を「え……」という声で破ったのは、由衣だった。
「どういう……意味?」
「そのままの、意味だ」
真聡はそう言いながら由衣の手を払いのけて、ベッドから降りた。
「駄目だよ!寝てないと!」
そう叫ぶ由衣の声が聞こえてないかのように、真聡はふらふらと歩いていく。
そして、辿り着いたのは俺達のギアが置いてある棚の前。
その棚から、真聡はギアとプレートを1枚手に取った。
「お前らは、普通の高校生に戻れ」
そう言いながら真聡はギアを腹にあてて身に着け、プレートを差し込んだ。
そして、時計の3時の場所から左手を一周させる。
いつもと手順が違う。
「星座の神秘を宿す鎧 生成」
そう言ってから、真聡はギア上部のボタンを押す。
すると、いつものようにギアの中心から星座が。
飛び出さない。
その代わりに、ギアから白い電流みたいなのが真聡の全身を走る。
真聡の押し殺しているけど、口から漏れ出すような声が、聞こえてくる。
苦しんでいる真聡を止めた方が良いのは分かってる。
だけどギアから電流のような物が出ている今、手を出していいのかがわからなかった。
悩んでいる間に電流は治まり、真聡の身体は前へと倒れていく。
そんな真聡に由衣が「まー君!!」と叫びながら身体を受け止めた。
そして真聡を床に座らせて、由衣自身も正面に座った。
由衣はそのまま「ねぇ……」と語りかける。
「さっきの、どういう意味なの?」
「……そのままの意味だ。お前らはもう、戦うな」
「……私達そんなに役に立たない?私達これでも頑張って」
「ひーちゃん!」
真聡の言葉に反論する日和を、また由衣が止めた。
由衣はそのまま優しい口調で「……まー君が何を考えてるか、私にはわからない」と口を開いた。
「でも私は、怖くてもまー君と一緒に戦うって決めたから。
それに、今までみんなと力を合わせて戦ってきたじゃん。
だからさ」
「それが邪魔だって、言ってるんだよ!」
由衣の言葉を遮るように、真聡が叫んだ。
その必死さが籠った叫びは、重い空気の部屋に響き渡る。
俺達6人はその叫びに、何も言えなかった。
反論するべきだし、したいとは思う。
だけど、ここまで俺達を拒絶する真聡は初めて見た。
だから、どこから反論すればいいかがわからなかった。
そして静かな部屋に、また真聡の言葉が響く。
「こんなことなら、お前たちに会いたいなんて、思わなきゃ良かった」
悔しそうにそう呟いた真聡に、日和が近づいていく。
そして上から「ちょっと、それ本気で言ってるの!?」と言葉を投げた。
真聡はその言葉に、静かに「……あぁ」とだけ呟いた。
それを聞いた日和が、真聡のブレザー制服の襟を掴みながら「由衣がどれだけ!」と叫ぶ。
そんな怒りの言葉を投げる日和を、由衣が「ひーちゃん!やめて」と止めに入った。
真聡の襟を掴む日和の手を掴んで。
由衣のお陰で、とりあえず日和の手から解放された真聡。
そんな真聡に由衣は再び「私はさ」と言葉を投げかける。
「まー君がいきなりいなくなって、家も気が付いたら『買い手募集』って張り紙があってさ。私はもう2度と、まー君に会えないんだと思ってた。
さっちゃんとゆー君が引っ越すときはお別れできたのに、まー君はいきなり居なくなったから、余計に寂しかった。
でも高校に入って、まー君がいきなり戻ってきて。驚いたけど本当に嬉しかった。
最初に突き放されたときは悲しかったけど。でもそれから色々さ、プラネタリウムとか星鎖祭りとか行ったり、体育祭や文化祭があったりさ。
ゆー君も戻ってきて、しろ君やすずちゃんちーちゃん、新しい友達もできて。
今年1年、私は本当に楽しかった。
……それでも、まー君は『私達に会いたいと思わなかったら良かった』って言うの?」
そう言い切った由衣の声は、今にも泣きそうな声だった。
それでも、真聡の返事は「あぁ。」と冷たく短いものだった。
その返事を受けて、由衣は無言で立ち上がった。
「……もう知らない。まー君なんて、大っ嫌い」
そう吐き捨てて、由衣は部屋から出ていってしまった。




