第196話 一生後悔する
「弱い奴が虐げられるのは、もう嫌なんだよ!」
黒い体色の異形と成った稀平。
そんな稀平の叫びが、静かな屋外練習場に反響する。
でも話が平行線だ。
氷上と違って何を考えているかはわかる。
でも、それは駄目だ。
いくら人を守るためとは言え、他の人を傷つけてはいけない。
……倒すしか、ないのか。
悩んでいると、稀平の「だからさ」という言葉が飛んできた。
「退いてよ。やりたくないって言うなら、僕1人でやる。
僕だって、真聡と戦いたくないんだ」
「……俺だって、戦いたくない」
こんな戦い、しなくていいならしたくない。
だけど、人が傷つけられるのは黙って見ているのは。
嫌だ。
「……でも、退けない」
「……残念だよ。真聡」
稀平がそう言うと同時に、稀平の周りの地面から土の塊が浮かび始めた。
その土は針のような形になって、飛んでくる。
俺はそれを必死に、何とか避けながらも距離を詰める。
そしてもう一度、言葉を紡ぐ。
「火よ。人類の文明の象徴たる火よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、拳に宿りて、人に害を与えようとするモノを焼き尽くす炎と成れ」
殺気と同じように、炎を纏った拳を稀平に叩き込む。
だけど、止められた。
炎を纏った拳を、稀平はそのまま金属質と成った手で、掴んで止めた。
「同じ手は、2回も受けない!」
反撃の蹴りがお腹に決まって、俺はもう一度吹き飛んで地面を転がる。
「お願いだから、僕の邪魔をしないでくれよ!!」
その言葉と同時に俺の身体は再び重くなる。
重力が倍以上になったようだ。
うつ伏せの状態から、立てない。
同じ手。
一度見せた魔術。
そもそも、稀平はずっと俺の魔術特訓の相手をしてくれていた。
だから、稀平は俺の魔術をほとんど全部知ってる。
逆に俺も、稀平の魔術の全てを知ってる。
だけど、今の稀平は天秤座に選ばれて魔力じゃなくて、俺と同じように星力を使ってる。
いつもの稀平が使ってくる魔術とは、規模が違う。
そしてこの謎の重圧攻撃。
……勝ち目が見えない。
でも、地面に這ってる場合じゃない。
俺は力を振り絞る。
口からは、無意識の呻き声が漏れる。
でも身体は少しずつ動くので、気合で立ち上がろうとする。
「だから……何で立てるんだ!じっとしててよ!」
その叫びの後。
身体がさらに重くなり、再び地面に伏せる。
同時に、星鎧が消滅した。
そして。
『お前は今、目の前の助けを求める手を払い、その相手を殺そうとしている。
お前は、大好きな友人に何も言わず、失踪同然で姿を消した。
お前は、両親が死んだのにも関わらず、1人生き残りのうのうと生きている。
両親を助けられなかった子供に、誰が救える?』
誰かわからない、謎の声が頭の中に響き始めた。
俺の口から、今度は言葉にのならない苦しむ声が漏れる。
だけど、声は響き続ける。
『お前は、大勢のどうしようもない命のために、目の前の弱者を救おうとする友人を殺そうとしている。
お前は来るかもわからない未来に、自分のような人を増やしたくないと、身勝手な考えで、大好きな友人たちに黙って街を出た。
お前は、死んだ両親と一緒の車に乗っていたのに、1人だけ生き残った。
目の前の大切な相手を見捨てるようなお前には、誰も救えない』
過去の行いを責め立てるように、頭に響き続ける謎の声。
おれには……やっぱり、なにもできないのかな。
そう思ったとき。
「人にはな、生まれた以上は何か役目が、理由があると父さん思うんだ。
だから、真聡は自分の好きなことを、やりたいことをやればいい。父さんと母さんはそんな真聡を応援する。
あ、でも他の人に迷惑をかけないようにな。誰かの物を取ったり、誰かをわざと傷つけるのは父さん本当に怒るからな」
そんな、懐かしい声が聞こえた気がした。
…………駄目だ。
俺は、こんなところで止まれない。
止まれば、全てが無駄になる。
「俺は……まだ……!!」
身体に鞭を撃つように、何とか力を振り絞る。
そして顔を上げると。
異形姿の稀平は既に、俺に背中を向けて歩き出していた。
俺は前に進もうと、必死に左手を前に伸ばす。
すると、何かに手が当たった。
これは……いつの間にか手から離れていた、俺が生成した杖だ。
どうやら詠唱しながら生成したため、手から離れても消えてなかったらしい。
そして視界の外にあって、見えてなかったみたい。
杖に手が届いた。
だけど、身体が重くて立てない。
でも稀平は止めないといけない。
今の状態から何とかするには……。
この距離から、稀平の身体を拘束するしかない。
そしてその手段は、ある。
稀平と一緒に考え、練習していた技。
稀平が足元の土に土魔術で魔力を与える。
そして俺がその土に水魔術で水を与えて、足場を沼とする連携技。
きっと今、足元は稀平が土魔術を使っていたおかげで魔力が含まれている。
それなら……!
俺は一か八かにかけて、言葉を紡ぎ始める。
「水よ。生命の源たる水よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。
今、生命に安寧を与える土と混じり、一体を沼と変化させ給え。
そして、人に害を与えようとするモノを、沼の底にのみ込み給え!」
すると左手で掴んでいる杖を中心に、地面の色が変わった。
最初は、杖の前の辺りだけ。
だけど、みるみるうちにその範囲は広がっていく。
数秒後には、稀平の足元の地面も色が変わった。
そして黒い体色の異形の身体が、徐々に沈み始める。
稀平はのみ込まれないように、足を抜こうとしている。
しかし、抵抗むなしく身体はどんどん地面に飲み込まれていく。
「真聡……お前……そんなに…………!」
稀平の驚きの声が聞こえてくる。
それでも、沈むのは止まらない。
……駄目だ。
もう止まっていい。
俺は、稀平の動きを止めれればいいと思ったんだ。
そんなことは、望んでない。
だけど俺の願いとは反して、地面の外に出ているのは顔だけになったしまった。
「真聡……お前はきっと、僕を止めたことを一生後悔する。
魔師社会の変革を止めたのは、真聡だ」
そしてその言葉の後。
稀平の姿は地面に完全沈んで、見えなくなった。
その直後、地面の色は元に戻った。
同時に身体が軽くなった俺は、さっきまで稀平が居た場所に駆け寄る。
だけど。
走っても、足は沈まない。
叩いても、地面はへこまない。
もう完全に、地面の硬さは元に戻っていた。
まるで、そこには元から誰もおらず。
地面が沼のようだったのも嘘のように。
どれだけ地面を叩いても、地面には何も変化がない。
どれだけ稀平の名前を呼んでも、返事は帰ってこない。
気が付けば、俺の口からは笑いのような声が漏れていた。
でもこの感情が何なのかは、俺にはわからなかった。
あぁ。
俺は、友人を。
自分を助けてくれた恩人を。
殺したんだ。
その次の瞬間。
俺の視界は暗転した。




