第193話 正義のヒーローみたいで
両親を亡くして、星雲市を離れて、国立魔師学院に転入した。
それから2年の月日が経った。
中等部3年になった俺はようやく山羊座に認められ、星鎧の生成にも成功した。
魔術も基礎的なものはだいたい使えるようになった。
あの決闘事件以降も、他の生徒からの陰湿な嫌がらせは続いた。
だけど、俺達は気にせず日々を過ごした。
すると気が付けば、その嫌がらせもなくなっていた。
☆☆☆
11月のとある休日。
日差しが温かい昼下がり。
俺と稀平は、学院の敷地内にある芝生の坂に座って話していた。
「結局、真聡は高等部の学科、どうするんだ?」
「まだ決めてないんだよなぁ……。
結局、どれに進んだらいいかわからないし……」
そう呟いたとき。
「……秘匿守衛隊に入るんじゃないの」という女子生徒の声が後ろから飛んできた。
振り返るとそこには決闘の時の女子生徒、妖崎 清子が立っていた。
あのときは酷く拒絶された。
でも結局ほっておけないと思った俺は、次の日から毎日清子に話しかけに行った。
その結果、1年の2学期が始まるころには特に理由もなく集まるくらいには仲良くなっていた。
そして今日も当たり前のように俺達と並んで清子も座った。
その姿を見ながら俺は「秘匿守衛隊……」と呟く。
秘匿守衛隊。
神遺が薄れ、魔法魔術が衰退した現代でも役目は2つ。
1つ目はそんな現代でも神遺などが現代社会を脅かすこともある。
その神遺と戦い、現代社会を人知れず守る。
2つ目は魔術や魔法、神遺を使って世の中を乱そうとする要素の排除。
つまりは魔術、魔法、神遺の3つを秘匿する世界神遺等保護管理協会が実力を行使する際の実働部隊だ。
……本来ならこのギアと星座の力も秘匿守衛隊として使われるものだろう。
だけど俺は、焔さんの言葉が気になっていた。
そのため、秘匿守衛隊に入るのは気が引けていた。
俺は「入って大丈夫なのかな」と呟く。
それを聞いた2人から「あ~…」という微妙な返事が返ってきた。
この学院の人間は信用できない。
だけど、この2人は信用できる。
そう思って、2人には俺がこの学校に来た理由などは話していた。
でも、この話をしても解決策は浮かばない。
そう思った俺は、話題を変えるために「……2人は結局どうするの?」と聞いてみる。
すると、稀平が「俺は……」と口を開いた。
「一般科かな。結局一族の魔法は使えないし、使える魔術も土以外は特別なものはないしさ。
協会関係の仕事に就きたいけど……。
でもいっそのこと、一般社会で就職するのもありかもしれない。
……そうすれば、家から出られるし」
稀平が俺の質問にそう答えた後、そのまま「妖崎は?」とパスを投げる。
「私も同じ。あんたたちのお陰で、あらかじめ術式を組み込んだ魔道具は喚び出せるようになった。でも結局片道だけ。これじゃあ珍しくもなんともない。
だから私も、一般社会に出てしまうのもありかも。
そもそも、神遺が薄れた時代に妖精が喚べる訳ないでしょ」
言葉の最後に、何度聞いたかわからない文句を呟く清子。
そんな清子を見ながら、2人の言葉で気になったことを質問する。
「……そんなに協会関係の仕事に就くのって大事なの?」
「「大事」だよ」
清子と稀平は声を合わせてそう言った。
そして、稀平は「まぁ……」と言葉を続ける
「魔師社会の外から来た真聡にはわからないか。
あ、嫌みとかじゃないからね?」
その言葉の後、「何て言ったらいいかな……」と呟く稀平。
その数秒後、稀平は「あぁ」と呟いた。
「魔師って家業なんだ。働く先が協会って広いだけでさ。
だから、家業以外の選択肢が珍しいのと似てると思う」
「というか。魔法師家系の私達が魔術すらろくに扱えないのに、魔術師の家系ですらないあんたが5属性も使えて魔術師として優秀で神遺保持者って皮肉な話よね」
棘がある言い方。
だけど、悪気はないということは知っている。
だから俺達は気にせず会話を続ける。
……まぁ俺は置いてけぼりなんだけど。
「そろそろ家系ばっかり見るのやめた方が良いと思うんだけどさ」
「ほんとそれ。そもそも神遺が薄い時代なんだから、もう少し考え方変えるべき」
「でも結局はさ、優秀な人が引っ張るべきって考えは変わらないよね」
「そうじゃん。はぁ……。
ほんと、夢も希望もない」
清子はそう言いながら空を見る上げた。
そして「真聡はさ、そんな大きな力をどう使うつもりなの」と呟いた。
清子にも稀平にも、何回か聞かれた質問。
神遺保持者は魔法師や魔術師よりも立場が上らしい。
でも何度聞かれようと、何を知ろうと俺の決意は変わらない。
「俺は、誰かを守るためにこの力を使う。誰かのために戦う」
「誰かのために戦う……ね。やっぱりいいな、真聡は。正義のヒーローみたいで」
これも、何度か稀平から言われている。
でも、何度言われても実感がない俺は「そうかな……?」と聞き返す。
すると、清子が「だから、普通そんなことは言えないから」と返してきた。
「そうだね。魔法師や魔術師は自分中心で考える人が多いから。
だから秘匿守衛隊は人手不足なんだよ」
稀平の言う通り、秘匿守衛隊は人手不足らしい。
まぁそんなに重大事件なども起きないから、出番も少ないらしいけど。
そして、今度は稀平が空を見上げた。
そのまま「あ~あ。僕も真聡の力になれればなぁ」と呟いた。
……稀平はそう言うけど、俺はそんなことはない思う。
「稀平は十分、俺の力になってくれてるよ。
あの日、俺に手を差し伸べてくれてなかったら、きっと俺はどこかでこの学校を辞めてたかもしれないし」
「……男同士でイチャつかないでくれる?」
「なんでそうなるの……?」
俺がそう言い返すと、清子が鼻で笑った。
でもそれにつられて、俺と稀平も笑った。
3人の中等部生の笑い声が、吹き抜ける秋風と交じり合う。
星雲市を出て、幼馴染と離れて。
辛いことは沢山あった。
逃げ出したいと思うときもあった。
でも、2人の新しい気の合う友人と出会えて。
そんな寂しい気持ちが薄れるほどには、楽しい日々を過ごせていた。
そして一通り笑った後。
突然、清子が「そろそろ行かないと」と立ち上がった。
俺は「どこに行くの?」と聞き返す。
「工房。魔道具の整備をお願いしてて、多分もう終わった時間だろうから」
俺は「そっか」と返事した後、稀平に「……どうする?」と聞く。
「……暇だし着いて行くか?」
「そうしよっか」
そんな会話をしながら俺と稀平も立ち上がる。
清子は「勝手にすれば」とだけ言って工房へ向けて歩き出した。
俺も稀平と一緒に後を追いかけようとする。
そのとき。
「なぁ、俺にも神遺の力があったらさ。
ここにいるやつら、一掃できるかな」
稀平が、そう呟いた。
その言葉に驚いて俺は振り返って稀平を見る。
稀平は、まっすぐ俺を見ていた。
当然、視線が合う。
その稀平の目は、本気の目に見えた。
俺は、嫌な予感がした。
その予感を否定して欲しくて、俺は「稀平…それ…本気で言ってる?」と聞き返す。
だけど、稀平からの言葉は返ってこない。
訪れる沈黙。
聞こえるのは、他の生徒の声。
神遺は魔法や魔術をも上回る力。
確かに神遺の力をコントロールできれば、並の魔法師や魔術師なでは敵ではない。
稀平の言う通り、本当に使いこなせれば一掃できるだろう。
でもそれは、許されることではない。
確かに、俺も稀平も清子も、酷い扱いを受けてきた。
だけど、3人とも。
憎しみや怒り、己の感情に身を任せて、他人を傷つけるような性格じゃない。
そう信じていたし、疑ってなかった。
「冗談。ほら、早く清子を追いかけよう」
稀平は突然そう言って、俺の肩を叩いて追い越していく。
そして、先に行った清子を追いかけていく。
冗談。
きっと、ただの例え話だ。
稀平が本当にそんなことを望んでるわけがない。
俺はそう思って、稀平の背中を追いかける。
だけどこの日。
この言葉を信じてしまった事を、俺は死ぬほど後悔することになる。




