第191話 ほっておけない
それからは相部屋となった稀平に、学院初等部で習うことや家化で教えてもらうことを教えてもらいながら中等部の授業を受ける毎日だった。
稀平が色々と教えてくれるお陰で、俺は何とか中等部の授業に追い付けていた。
魔術もそれなりに扱えるようになってきた。
だが相変わらず他の生徒からは無視され、陰湿な嫌がらせは続いていた。
しかし、頻度は下がり派手なものはなかった。
俺的には、それで十分だった。
それに、1人頼れる友達が出来たのも大きかった。
そして、寮棟での事件から約1か月後。
再び事件は起きた。
☆☆☆
その日、最後の授業は戦闘訓練実習だった。
この世界には澱みや怪異という、人間に悪影響を及ぼす存在がいる。
それらには現代武器は通じず、魔術や魔法、神遺の力でしか戦えない。
そのため、魔師は一通り自分なりの戦い方を身に付けさせられる。
という授業意義らしいが、俺にはどうでもよかった。
魔術が使えるようになった今、俺は早くあのギアを使えるようにならないといけない。
だから俺は戦闘訓練は他の授業よりも熱心に受けていた。
「これにて今日の戦闘訓練実習は終わり。解散」
担当教員の言葉に生徒たちは「ありがとうございました」と返す。
そして担当教員は屋外練習場から去っていった。
「それで、この後はどうする?」
「せっかく練習場にいるし、もうちょっと魔術の練習をしたいかな」
「わかった」
最初こそ疑いの目で見てしまっていたが、稀平とはもうすっかり仲良くなっていた。
何から何まで教えてくれて頭が上がらない。
とりあえず、練習場の端の方に移動しようとしたとき。
言い争う声が聞こえた。
「お前さぁ。前から思ってたけど目障りなんだよ」
「……私は何もしてない」
「存在が目障りだって言ってるんだよ。歴史ある魔法師の家系か知らないけどさ。
魔法も魔術使えないくせに、この学校に来るなよ」
どうやらまた、氷上が誰かをイジメているらしい。
ヤジも聞こえる。
そして相手は、髪がそこまで長くない女子。
確か、肌がとても白く顔色が悪く見える子だ。
何度か絡まれているのを見たことがある。
……何にせよ、見苦しい光景だ。
「真聡」
名前を呼ぶ声が聞こえて、我に返った。
俺はすぐに「あぁ、ごめん」と稀平に返す。
「見ていても仕方ない。いつものことなんだから。
俺達には……助けられない」
氷上が誰かをイジメているのはそこそこ見る光景だった。
だが、その度に稀平は「あのとき、真聡を助けられたのはたまたま。助けに行くと魔術の打ち合いになって最終的に怒られるのは俺達だけ」と言ってきた。
それほど、氷上家の影響力や氷上本人は面倒なようだった。
だから俺は、仕方なく見て見ぬふりをするしかなかった。
「ほら、早く行こう。関わっても良いことないんだから」
稀平はそう言いながら歩き出す。
俺はもう一度、言い争いをしている集団に視線を向ける。
「じゃあこうしよう。君が僕に勝てたら今日以降、君には関わらない。
だが君が負けたら、この学校を辞めろ」
「……わかった」
どうやら、模擬戦が始まるらしい。
屋外練習場は魔術や魔法の使用は禁止されていない。
しかし、勝手な決闘は怒られると思うが……。
そう思っている間に野次馬が離れて、模擬戦が始まった。
先手は女子生徒に譲られたらしい。
女子生徒は左手を付き出し、言葉を紡ぎ始める。
「一族の盟約に従い、末裔である私に力を貸せ!火の妖精よ!」
女子生徒の詠唱の後、屋外練習場が静まり返った。
しかし、何も起こらなかった。
女子生徒は必死に左手を付き出し直す。
そして震える声で、もう一度同じ言葉を紡ぐ。
しかし、やはり何も起こらない。
それを見た氷上は笑い出した。
そして、無常にも言葉を紡ぐ。
「吹雪け、凍てつけ、凍りつけ」
氷上を中心に練習場に冷風が吹き荒れ、女子生徒を襲う。
女子生徒の身体は足元からほんの少しずつだが凍り始めていた。
……このままじゃ、駄目だ。
俺の身体は、そう思ったときには動き出していた。
しかし右手首が掴まれ、前に進めない。
「やめとけ真聡。
今の氷上は本気だ。行ったら君まで巻き込まれる」
振り返ると、稀平が俺を引き留めていた。
……確かに、今の弱い俺が行っても氷上に勝てるかわからない。
だけどそれは、目の前の女子生徒を見捨てていい理由にはならない。
目の前の人が助けれなくて、世界を守れるか。
……それに俺は、強くならなきゃいけないんだ。
俺は深呼吸をしてから、「ごめん稀平」と口を開く。
「でも俺、ほっておけない。
……面倒なら友達をやめてくれたって良い。それでも俺は、助けたい」
俺はそう言い切って、稀平の手を振り払う。
そして走りだす。
ついこの前、稀平に教えてもらいながら組んだ言葉を紡ぎながら。
「火よ。人類の文明の象徴たる火よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。
吹雪をも払う、炎と成れ!」
そして俺は左手から氷上に向けて火を放つ。
それはこの前よりも熱く、周りを照らす炎だった。
氷上はその炎を避けた。
しかし、氷魔術は止まった。
その隙に、俺は女子生徒と氷上の間に割り込んだ。




