第119話 黒い靄
雨が降る中。俺達は学校を出て、6人で傘をさして移動する。
そして、住宅街の中を流れる川沿いに到着した。
川は住宅地より低い場所を流れていて、柵も整備されている。
そのため川には簡単に降りることはできない。
そして付近にはパトカーが何台か止まっていて、川の中には防水対策をした警察官が数人見える。
異様な空気だ。
……まぁ、制服を着た高校生がこんな午前中に6人も集団で歩いてるのも異様だが。
とりあえず、付近の通行規制を行っている警察官に声をかけて訳を話す。
そして丸岡刑事の場所を教えてもらったので、また歩き出す。
ちなみに俺は防水魔術を使えば傘がなくても雨に濡れない。
そのため、身体能力向上魔術などを組み合わせて先に行こうとした。
すると、由衣に怒られた。
……なんでだよ。
川沿いに歩き始めて数分。聞いた通りに丸岡刑事を見つけた。
俺はさっそく「丸岡刑事、お待たせしました」と声をかける。
「おぉ陰星、それに他の皆も。
悪いな。授業を抜けてきてもらって」
「いえ、問題有りません」
その返事に、丸岡刑事は軽く頷いた。
まぁ、社交辞令みたいなものだろう。
そう考えていると、丸岡刑事は「時間が惜しいから、さっそく本題に入るぞ」と口を再び開いた。
「行方不明になっているのは星芒高校生物部所属の生徒4人と顧問の教員1人。
学校への届け出には『文化祭の展示に向けて、この川のここ付近で生き物の生息調査を行う』となっていた。しかし今朝になっても連絡が取れず、行方不明になっている。
だが、何も手がかりがなくてな……。付近の防犯カメラにも立ち去った姿は映ってない。
そのため『怪物が絡んでる可能性がある』と判断されて俺達、超常事件捜査班と」
「俺が呼ばれたってわけですね」
「そうだ」
なるほどな。そういう経緯だったのか。
そして話を聞いた感じではまだ何とも言えない。
とりあえず川を見て回った方が良いだろう。
何か警察にはわからない痕跡が見つかるかもしれない。
仲間達はまだ色々と話している。
一方俺は、朝から感じていた頭痛や不快感を学校を出てからまた感じるようになっていた。
そんな状態で不必要な考え事を増やしたくない。
そう思った俺は丸岡刑事に「周りを見てきます」とだけ言って、川を覗き込みながら歩き出す。
するとそれを追うように仲間達の声が飛んでくる。
どうやらそれぞれ別れて、俺と同じように川を調べるようだ。
志郎と鈴保と智陽は反対方向に、そして由衣と佑希は俺と同じ方向になったらしい。
そして佑希は反対側を、由衣は俺の後ろを黙ってついてくる。が、俺は気にせず確認を続ける。
そして川を覗きながら歩き始めて、数分程経っただろうか。
川の中に奇妙なものを見つけた。
それは、黒い靄。
ちょうど反対側の岸壁の一部を覆っていて、岸壁が見えなくなっている。
……明らかにおかしい。
俺はすぐに由衣に「あれ、見えるか」と声をかける。
「うん、見え………何あれ?」
「やっぱり、お前には見えるんだな」
反対側にいる佑希も俺達のやり取りを見て下を覗き込んでいる。
反応的にどうやら佑希も見えるようだ。
そして佑希はこっちに合流しようと、近くの橋に向けて歩き出した。
それを見て由衣が「ゆーく〜〜ん!!!ついでに皆を呼んできて〜〜!!!」と叫んだ。
俺も「丸岡刑事も呼んできてくれ」と由衣程ではないが声を張り上げる。
すると、佑希は来た道を戻っていった。
数分後、4人高校生と2人の刑事がやってきた。
俺は丸岡刑事に「丸岡刑事。あそこ、何が見えますか?」と尋ねる。
「……何も見えないが」
「そうだぞ学生!何もないぞ!警察を揶揄うのも大概にしろ!」
「末松!」
丸岡刑事の声が飛び、末松刑事が「すみません」と謝っている。
……久々に末松刑事に文句を言われた気がする。
いや、そんなことはどうでもいい。
川の中に視線を向けると、捜査している警察官も俺が指さした場所を見て首を傾げている。
やはり普通の人間である警察官には見えないらしい。
そうなるとまずは……あそこの靄を晴らす必要があるよな。
そう考えた俺は、下の川の中にいる警察官に「飛び降りるので離れてください」と呼びかける。
すると、警察官が困惑しながらも離れていく。
その間に俺は「我、魔力の守りにより、一切水を受け付けぬ者也」と言葉を紡ぐ。
次に1番近くにいた由衣に閉じた傘を預けて、柵を跨いで川に飛び降りる。
俺の身体は、雨粒と同じように重力に引っ張られて下へ落ちる。
メンバーや警察官の驚く声などが聞こえるが、気にしてる余裕はない。
そして、着地と共に水飛沫が上がった。
川の水かさは朝から降っている雨の影響か、靴が半分ほど浸かっている。
だが先程防水魔術を使用したため、俺の足元は水でも落ちてくる水飛沫や雨水でも濡れない。
原理としては魔力で身体に薄い膜を張って身体に直接水が付かないようにしている。かなり便利な魔術だ。
まぁ魔力を含まない水しか防げないのが欠点だが。
そして着地した場所は例の黒い靄の眼の前。
この靄は十中八九澱みだろう。近くで見ているだけで寒気がする。
とりあえず………流すか。
天気は雨で場所は川。周りには多量の水。
周りの水を使えば魔力や星力も節約できるだろう。
それに、水は悪しきものを流し浄めるとも言うしな。
俺は辺りを見回して、警察官が離れていることを確認する。
そして左手を靄に向けて伸ばして、言葉を紡ぐ。
「水よ。生命の源たる水よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、眼の前に溜まる澱みを流し清め給え」
言葉を紡ぐとともに、足元の川の水や雨粒が俺の左掌に集まる。
そして集まった水を黒い靄目がけて放つ。
水が黒い靄が激突する。
その激突によって水飛沫と黒い靄が混じったものが上がり、視界が悪くなる。
十数秒後。
一旦中断して魔術を止めて左手を下ろす。
その理由はいまいち手応えがないからだ。
水自体は周りから集まれるのでなくなることはそうない。
だが、無意味なことを続けるのは時間も労力も無駄だ。
しかし、完全に無意味というわけでも無いようだ。
黒い靄自体は晴れていた。
そして、岸壁自体は見えていた。
しかし、その岸壁には。
何やら黒く光る紋様が、禍々しい存在感を放っていた。




