第107話 仲間がいれば
商業施設街のとある建物の屋上で、2人の男が睨み合っている。
1人は弓道着。
弓を引き絞り、紫の光を放つ矢で相手の眉間をいつでも射抜ける状態。
もう1人は高校の制服。相手に向けて左手を伸ばしている。
その左手は電気を帯びており「バチバチ」という音が辺りに響いている。
先に口を開いたのは弓の男だった。
「俺の勝ちだ」
その言葉に、俺は「それはどうだろうな」と返す。
すると、弓の男は構えたまま鼻で笑った。
「やはり弱者か。この状況をわかってないのか?
俺はいつでもお前の頭を射抜ける。俺の勝ちだ」
「その言葉をそのまま返す。俺の左手には電気が溜まっている。
この電気は俺が死んでも辺り一帯を焼き尽くす。近くにいる人も巻き込んでな」
その瞬間、弓の男の表情がようやく動いた。
……ほんの少しだが。
その直後、「やっぱり……気づいてたんですね」と声が飛んできた。
そして、室外機の影から女性が現れた。
弓の男もそうだが、俺たちと同年代に見える。
構え合ったときに、妙に気配が多いと思って仕掛けたが……まさか本当にいたとは。
そして男は目線と矢先を俺から逸らさずに、女性に「何故出てきた。邪魔だ」と言葉を投げた。
「もうやめよ。それに私達の負けだし」
「戦えない奴が口を出すな」
「気づいてないわけじゃないでしょ?
彼1人じゃないわ」
「そうだぞ。俺達は1人じゃねぇ」
その声と共に、男女を挟んで反対側にある階段から橙色の鎧が現れた。
志郎はそのまま男女のすぐそばまで進み、構えた。
ガントレットまで装備していて、いつでも先頭に移れる状態だ。
そして志郎に続いて由衣、鈴保、佑希が階段を上がって来た。
そのまま3人は男女中心に円を描くように囲み、武器を構える。
……この状況は予想外だが、使うしかない。
俺は頭を切り替えて、「この状況でも、まだ自分が勝ったと言えるか?」と問いかける。
すると弓の男の舌打ちが聞こえた。
ここまで追い詰めた。
このまま2人の素性を知っておきたい。
しかし、俺が口を開くよりも早く、「……待って?」と鈴保が口を開いた。
「射守 聖也と矢持 満琉?」
「……何で私達の名前を知ってるの?」
「私。砂山 鈴保」
そう言いながら鈴保は武器を消滅させて、レプリギアからプレートを抜き取った。
そして表情の見えない鎧姿から、普通の高校生の姿に戻った。
その瞬間、矢持と呼ばれた女性の「嘘……」という呟きが聞こえた。
……なんで躊躇いもなく星鎧を解くんだ。
危機感とか無いのか?
俺がそんな事を考えていると、射守と呼ばれた男が「誰だ」とバッサリ切り捨てた。
その言葉に矢持が「いや」と口を開いた。
「中学一緒だったでしょ。それに高校も同じだし」
「知らない。興味がない」
……同じ中学を卒業した相手を忘れるか?
一緒にいる矢持と呼ばれたやつは覚えているのに。
そんな何故か頭が痛くなってきそうなことを考えていると、また矢持が「それより……」と口を開いていた。
「鈴保ちゃんも怪物退治してるの?」
「まぁ、色々あって」
「それなら……私達と目的は一緒だと思うし協力できるんじゃない?ねぇ聖也」
気がつくと女子2人が話を進めている。
……まぁ、もともと素性を知るつもりで仕掛けた。
それにさっきまでの攻撃からみるに、射守 聖也はかなりの手練れだ。
もし手を組めるなら上々だ。
それに射守の事情や星座を知っておきたい。
しかし射守から返ってきた言葉は、俺の予想とは真反対のものだった。
「……仲間がいないと戦えない弱いやつと、手を組む必要はない」
「は?」
「お前……どういう意味だよ」
鈴保と志郎がその言葉に噛みついた。
しかし、射守の言葉は止まらない。
「そのままの意味だ。それとも、お前達は言葉の意味がわからないほど馬鹿なのか?」
「お前!!」
武器を持ったまま掴みかかろうとする志郎に、俺は「やめろ」と言葉を投げる。
志郎は「けどよ!!」と言いながらも、止まってくれた。
……確かに射守は腹が立つやつだ。
去年までの3年間を過ごした中等部でも、よく煽り合いから喧嘩になった。
しかし、ここはあの学校ではない。
俺は深呼吸をしながら、考えを纏める。
やはり腹は立つ。
だが言うことは一理ある。
他人と群れているときは強くなったつもりでいるが、1人だと何も出来ないやつは実際にいる。
……俺だってそうかもしれない。
俺1人では堕ち星を元の人間に戻すことすらできない。
もっと言うと、仲間の助けがなければ俺はどこかで死んでいたかもしれない。
確かに、俺は弱い。
だがわかっているはずだ。
この男が言っていることは正しくもあるが、間違いでもあると。
そして俺は、反論を口にする。
「……確かに群れるやつは弱いかもしれない。だが一概にそうとも言えないだろ。1人だけではできないことだってある。
……1人では届かないものでも、仲間がいれば手が届くこともある」
しかし、射守は「……言い訳か」とまた鼻で笑った。
「やはり弱いから群れているんだな」
「お前マジでさっきから!」
「しろ君ストップ!!」
射守の発言にまたもや志郎が怒りの言葉を投げながら、掴みかかろうとする。
しかしそれを、隣にいる由衣が止めに入った。
……あっちは任せていいだろう。
俺は「……そうかもな」と返してから、もう一度反論を口にする。
「だが1人でいることが正解であり、強い証であるとも限らない」
「まだ言い訳をするのか。見苦しい。話にならない。」
射守はそう言い残して、包囲網を由衣がいた場所から抜け出た。
そして階段を下りて、立ち去っていった。
……決裂、か。
そこに、矢持が「すみません」と頭を下げた。
「悪い人じゃないんです。でも昔からあんな性格で……。
だけど皆さんの行動を見てる限り、多分私達とは敵ではないと思います。聖也には私からもう一度話をしてみます。
せめて次からは攻撃に巻き込まないように言っておきますので、今日はこれで失礼します」
矢持はそう言い残して「ちょっと待ってって!」と叫びながら、射守の後を追って階段を下りていった。
結局、2人とも去っていった。
……まぁ顔と名前、そしてどうやら高校も同じということが分かったので良しとするか。
そう思いながら、認識阻害魔術を解こうとする。
しかし、既に効果は切れていた。
……途中で他の魔術を使ったときだろうか。
それと同時に、鈴保以外も星鎧を消滅させていた。
その後、最初に口を開いたのは志郎だった。
「なぁ真聡。行かせて良かったのかよ。俺達なら勝てるだろ」
「誰のせいで包囲網に穴を開けることになったと思ってるの?」
「でもあれは腹立つだろ!」
そのまま志郎と鈴保が言い合いを始めた。
とりあえず俺は「2人ともやめろ」と言葉を投げる。
「……志郎、何故そこまで射守に腹を立てる」
「そうだよ!しろ君、前にまー君に色々言われたときは怒らなかったじゃん」
由衣のその言葉に、志郎は「いやぁ……」と言いながら目を逸らした。
しかし、すぐにまた口を開いた。
「何かよ。あいつの言葉はなんか腹が立つんだよな……理由はわからねぇけどさ。
あと『みんなと居るから弱い』ってのは気に入らねぇんだよなぁ」
「それは凄くわかる……ところでまー君。さっきの言葉は……私達のこと、認めてくれてるってことでいいの?」
今度は俺が由衣から目を逸らす。
なんと返せば良いだろうか。
ただ言えるのは「認める認めない」と「巻き込みたくない」は別問題だ。
しかし、ここでそれを口にすると確実に由衣達に全てを話す必要が出てくる。それは避けたい。
そう考えていると由衣が近づいてきて「どうなの〜?」と俺をつつき始めた。志郎も一緒になって。
正直言って少し鬱陶しい。言わなければ良かったかという後悔が頭をよぎる。
この場から逃げたい。
そう思ったとき、助け……ではないが「……何してるの?」という声が飛んで来た。
由衣が振り返って「あ!ちーちゃん!」と声を上げた。
気が付くと、最初の戦闘開始前に分かれた智陽が屋上に上がってきていた。
「なかなか帰ってこないから探しに来たの。
ところで、さっき男女とすれ違ったけど……誰あれ」
「あの男がこの前から矢を撃ってきたやつだ。それで女性の方は……」
そこで俺は言葉に詰まる。
結局矢持は一体射守の何だったんだ?フォローの言葉は残していったが……。
そう考えていると、由衣も「……確かに何だったんだろね、矢持 満琉ちゃん」と言いながら首を傾げている。
恐らくここにいる全員が不思議に思っているだろう。
その沈黙を破ったのは、智陽だった。
「それより、なんか男の方どこかで見たことある気がするんだけど……」
「射守 聖也。弓道の全国大会に出るくらいの天才」
鈴保の言葉に智陽は「え……今のがあの射守 聖也?」と返した。
弓道の全国大会出場者か……いや、そうだとしても実力が高すぎないか?
そう考えていると、由衣が「ちーちゃん知ってるの?」と質問していた。
「新入生代表挨拶だったでしょ。あと、入学直後には顔が良いって噂にもなってたし」
「あぁ、そう言えばそうだったっけ」
「そんな噂あった!あれ射守君だったっけ!」
鈴保と由衣は覚えてるみたいなことを言っているが、俺の記憶にはない。
そもそもそれどころじゃなかったしな。
そこに志郎が「……俺、それ以外でも見たことある気がするんだけど」と呟いた。
すると智陽が「私はないけど」と返した。
「えぇ〜〜……???わかんなくなってきた……。
噂の話じゃないんでしょ……?」
そう言いながら首を傾げる由衣の頭の上には、はてなマークが浮かんでいるのが見える気がする。
だが俺もそう言われるとどこかで会ったことがある気がしてきた。
しかし、今そんな不確かなことを考える必要はないだろう。
とりあえず……ここから移動した方がいいだろう。
俺はまだ射守 聖也をどこで見たかを考えている仲間たちに「帰るぞ」と言って、階段を降り始める。
すると何やら笑いながら、由衣を先頭に皆が追いかけてきた。
さっきのまで言い合いをしていたのが嘘のようだ。
そんな楽しそうな仲間たちとは対照的に。
俺の心にはまた、泥のような重さがあった。




