第2部11話
「アンタねぇ、人が必死になって店を変えようとしてたのになんで何も言ってこなかったのよ!」
「そうだったのですか? 君の事だから自宅がバレるのを避けたかったと思ったのですが」
「そんなわけないでしょ。アンタが気にすると思ったから、気を利かせたんでしょうが」
「凪ちゃん、落ち着いて」
凪は浩明をブレザーを掴んで壁際まで引っ張ると、浩明の胸倉を掴んで詰めより、顔を寄せて責め立てた。
それを二人の間に入って、夕が仲裁に入っている。
ケーキ屋「YAGAMI」は、横領事件のほとぼりが冷めた六月に開店したばかりのケーキ屋だ。
雨田夕がケーキを製造、販売、星野英二が接客を担当する予定だったが、魔術師として活動している英二は、仕事の合間に夕の手伝いで店に入るというスタイルを取っている。
その為、夕一人で切り盛りしていると思われがちだ。
だからこそ、普段から二人でいるのが当たり前と思っている凪が、この店だと気付かなかったのも仕方が無いと言えば無いだろう。
「あの、ここって星野君の……」
「自宅って事ですよね?」
「成程、灯明寺が店を変えようと躍起になったわけだ」
凪の露骨なまでの態度に納得して、三人は苦笑を漏らした。 まぁ、同じ立場なら自分達もそうしたであろう。
「君達は、ヒロの友達……というわけじゃなさそうだね」
浩明に詰め寄る凪を横に、英二が三人に声をかけると、三人は「は、はい、まぁ……」と、困惑した笑みで応えた。
初対面で糾弾された慶と赤松、殆ど面識の無い紫桜と、関係を聞かれれば、答えるのに困る関係だ。一番しっくりくる答えは、同じ学校の先輩と後輩、或いは共通の仕事に取り組む者同士が妥当だろう。
「実は、今日起きた爆発事件についてみんなで取り組む事になりまして……」
放課後に起きた爆発事故、自分達が生徒会役員である事、浩明と凪には理事長の指示で一緒に取り組む事になった事、代表して慶が事情を説明すると、成程と英二は腕を組んで頷いた。
「話は分かったけど、どうしてうちに?」
「それはまぁ、偶然……ですかね?」
答えは疑問詞だったが、顔を赤くしてそっぽを向いている凪の頭を浩明が撫でて、二人の仲裁に入っていた夕が宥めているのを見て大体、事情を察したようだ。
「相変わらず疎い奴だな」
「いつも、あんな感じなんですか?」
呆れ顔でため息と無言の肯定で紫桜の問いに答えた。
「申し訳ない。待たせましたか」
女性を怒らせ詰め寄られるという、思わぬ事態に巻き込まれた事をおくびにも出さない浩明に、慶は気にしないでいいと返し、逆に凪の方は大丈夫かと聞き返した。
浩明をおもんばかっての行動で、勝手に暴走し自滅、皆の前で勝手な八つ当たり、最後は宥められるのにずっと頭を撫でられ続けられるという、人には見られたくない姿を晒した。
しかし、冷静さを取り戻して思い返してみると、余りにも幼稚で言い訳のしようのない状況をみんなに見られたという状況に悶え、頭を抱えてショーケースの前に座り込んでしまっている。時折、頭を軽くガラスに頭を打ち付けて、お、おぉ……と、呻き声を漏らしている。
事有るごとに浩明は凪の頭を撫でる。曰く、撫でやすい高さに有るのでつい撫でてしまうのだが、凪自身、浩明になついているせいかそれが満更でも無く、今回も最後の方は照れ隠しで拗ねた振りをしていた部分も有ったのも否定出来ない。その一部始終を見られていたのだからその恥ずかしさは相当なものだ。なまじ浩明が同年代でも頭ひとつ飛び出て達観している為に、自分の幼さがより強く強調されていた事が羞恥に拍車を掛けていた。英二はともかく、慶、紫桜、今日会ったばかりの赤松にまで向けられた生暖かい眼差しは彼女をそうさせるに足る充分なダメージを与えていた。
「灯明寺の事は大丈夫でしょう。たまに理解に苦しむ行動を取るものですから、ほうっておけばすぐに立ち直りますよ」
原因を作った張本人がそれを言うか?
喉まで出かけた言葉をのみこんだ三人は空気を読んだと誉められる筈だ。
それと同時に三人は内心、彼女の苦労を察した。
外堀を埋めども陥落しない、難攻不落の星野城。
とんだ相手に挑んだものだと。
敗戦のダメージから凪が立ち直った、否、持ち直したのを見計らうと、英二は全員を居間の方に案内された。
事情を聞いた英二は、内容が内容なだけに店のイートインスペースではなく、奥を使えばいいと勧めたので、その配慮に甘える事にした。。
夕からは、浩明が凪以外の学生を連れてきた事に気を良くしたようで(厳密には違うが)、ケーキと珈琲と紅茶を出してもらい、一息つけてから本題に入った。
「クラブ活動までの時間潰しですか?」
斯波かなでの事を聞いた浩明は赤松にそう聞き返した。
「本人は、そう言っていたけど、何か気になる事でもあるのか?」
単位制の青海高校ならば、選択した授業によっては空いた時間が出来るのは良く有る事。特におかしな話ではない。
「お前達はどうなんだ。現場を見てまわるって言ってたけど、何か手がかりは有ったのかよ?」
逆に聞き返した問いに、「それが……」と凪と慶が視線を反らして、浩明を見た。
ここはサボるにはちょうどいい、と勝手に納得した浩明は、その後、旧校舎周辺を歩き回り、また旧校舎に戻ったりを集合時間ギリギリまで何度も繰り返し、二人には何を見ていたのか聞く時間も無かったからだ。
「まさかと思うけど、何も分からなかったとか言わないよな?」
不機嫌な第一発見者相手にしていた一方で、成果が無く、現場を見ていただけとは到底、思えない。凪と慶に無言の救いを向けられた浩明は切り出した。
「何も分からなかったと言われればその通りですが、気になる事が有ります」
「気になる事?」
「その斯波先輩ですが、何故、旧校舎の近くにいたのでしょうか」
「邪魔されない所で一人になりたかったそうだ」
赤松は答えると、浩明は逆に聞き返した。
「失礼、クラブ活動開始までの時間潰しに何故、旧校舎の近くを選んだのでしょうか」
「だから、一人になりたかったって言っただろうが」
話を聞いていなかったのかと、赤松は呆れた風に言うと、浩明は逆に聞き返した。
「他にも時間を潰す場所なら沢山有ったと思いますよ。時間が来るまで部室にいてもいいし、談話スペースなり、図書室なり、食堂、喫茶スペース家が近いなら一度帰宅するなり有りますよね」
「星野の場合、いつも図書室にいるわよね」
悪戯めいた声で言ってくる凪に、浩明は「えぇ」と真顔で肯定してから続ける。
「灯明寺、旧校舎にいた時にこう言いましたよね。旧校舎はサボるには結構いい場所だと」
「そうだけど、それ今言う?」
生徒会長と風紀委員長、二人の前で言われて非難の言葉をぶつける。
風紀を取り締まる赤松と、模範となる慶、あまり聞かれたくない発言だ。
「君の授業態度はともかく、確かに旧校舎はサボタージュには最適な場所です。見たところ電気、水道は通ってますし、何より人の目に付きにくい」
「まぁ、旧校舎は物置同然で殆ど使ってないからな」
「では、彼女は何故、旧校舎に入らなかったのでしょう?」
疑問を投げかけられた四人は、どういう事だと頭を捻った。
「邪魔されない所で一人になりたいなら、そのまま旧校舎に入るでしょう。それを旧校舎には入らずその近くにいるだけに留めた。誰にも邪魔されない所でと言っていながら不自然じゃないですか?」
「確かに……言われれば不自然ですね」
指摘されて同意の声を紫桜があげる。
「じゃ、何で彼女は旧校舎に入らなかったのよ?」
当然の疑問を凪が問う。
「考えつく可能性は、入りたくても入れなかった。まぁ、先客がいたら誰にも邪魔されない所では無くなりますからね。もしくは、旧校舎が危険だと分かっていたかですよ」
「分かっていたって事?」
「マジ……」
慶が聞き返し、凪が呆気に取られる。
「彼女の事、少し調べる必要有りそうですね」
斯波かなでの身辺調査、次の方針はそう決まった。




