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第2部7話

 校長室から出て移動する一団は、今後の事について話し合いをしようと、生徒会室へと移動した。

「んで、どうするつもりなの?」

 呉越同舟、そう呼ぶに相応しい一団のなかで最初に切り出したのは凪だ。

「どうするって言われても……ねぇ?」

「言われた以上、不本意だが一緒にやっていくしかないってわけか」

その問いにどうすべきかと曖昧に答えたのは慶で、渋々と言った感情を露にしたのは赤松だ。

「まぁ、愚痴っていても仕方ないから分担して、情報を集めましよう」

 ぽんぽんと手を叩いて、慶が気持ちを切り替えるように促す。指揮を切り出したのは生徒会長の責任なのだろう。

「先ず赤松君は……京極さんと一緒にまわってくれるかな」

「あ、あぁ……、分かった」

 一瞬の間の後に頷く。一瞬の間に溜め息をもらしたいたが、間違いなく浩明と組まなくてすんだという安堵の溜め息に違いない。。

「星野君と灯明寺さんは、私と一緒でいいかな?」

「分かりました」

 慶の提案に、浩明が答え、続けて凪も頷く。

「この二班に別れて別々に動いて、情報収集に当たり、何処かの時間帯で集まるようにして、情報の共有とこれからの事を決めましょ」

「会長」

 方針が決まったところで、総一郎が声をあげる。「俺と雅の名前が呼ばれなかったんですけど」

 露骨な蚊帳の外扱いに、若干の苛立ちの見える言い方に、慶は口許を締めて総一郎を見た。

「天統君と雅ちゃんには、この件からは外れてもらいます。ついては私が抜けた分の生徒会業務に務めてもらいます」

 明確な拒否の言葉に、声は出さないものの、総一郎は顔を僅かに歪ませた。納得がいかないという態度が露骨に出ている。

「それは……、どういう理由で外したのか教えてもらえませんか?」

「人手不足の生徒会で、これ以上人員を割いては通常業務に差し支えるからです」

 副会長の退学と康秀の休学により、現在、生徒会は仕事が追い付かない状態である。人員の補充は行ったものの、仕事に慣れるまでは時間が掛かるのは当然。そんな状態の生徒会が、これ以上、人員を割くのは好ましくない。至極真っ当な正論に、総一郎は正面から反論しようにも出来ず、別の提案を出す事で反論する。

「でしたら、会長に代わって私が付きます。それならば大丈夫ですよね」

 総一郎の提案に、反応したのは凪だ。

「うわ、何それ。マジで言ってんの?」

 驚きと呆れる口調に、小馬鹿にされたと思った総一郎が凪を睨むと、負けじと凪も睨み返した。

「灯明寺、今のはどういうつもりだ?」

「どういうも何も、なんで会長が二人を外したのか分かってないんですか? 星野と天統先輩を一緒にしたら確実に問題になる。それも先に手を出すのが先輩側だって分かっているから外したんですよ」

「灯明寺さんの言う通り、天統君も雅ちゃんも、星野君が関わると公私の判断がつかない。そんな二人を加えて顔色を伺いながら動く事になるのは目に見えています。灯明寺さん達にそんな迷惑をかける位なら言い方は悪いけど外れてもらった方がいいわ」

 兄弟としてやり直そうと一方的につきまとう総一郎と雅、その二人を赤の他人と見なして関わる気すらない浩明、一緒にいて問題が起こらないわけがない。

 実際に、浩明を兄と呼んだ事が切欠で浩明は雅を精神異常者と糾弾し、それを咎めようとして止めた凪に、総一郎は手をあげようとしたのを見れば擁護の言葉もない。

 仮に生徒会運営に支障がなかったとしても、決してこの件には総一郎を関わらせるつもりは慶には無かった。

 それに対して総一郎は、意地でも参加しようと予想外の手を切り出した。

「……分かりました。でしたら、俺も雅も生徒会役員を辞めさせてもらい、いち学生として参加させてもらいます」

 肩書きが邪魔なら躊躇する事なく捨てる。ただの学生として参加すれば問題ないだろうと言ってくる時点で、見境が付かなくなっている証拠だ。

 支離滅裂な暴論に慶も腹を括った。

「そこまで言うなら、辞めてもらって構いません。ただし、この件に関わろうとするなら、大谷家から天統家と学校側に対して正式に抗議をさせてもらいます」

「なっ、ど、どういうつもりだ?」

 子供同士の争いに家を引き出す。暴論に対して究極の一手である。

「そのままの意味です。先日の件で、父は天統君達に対しても憤慨していましたから。多分、私が連絡をすれば、間違いなくやってくれる筈です」

 大谷慶の家族構成は、両親に兄三人の六人家族であり、両親や三人の兄達は慶を溺愛している。特に父、大谷吉房は、親馬鹿であり慶に対する愛情は溺愛の度を超えている。

 そもそも、大谷家は男系家族の家であり、吉房自身も兄弟は皆男、四人の子宝に恵まれたものの、最初の三人は男の子、やはり血筋かと諦めかけてた時に生まれたのが慶であった。諦めかけていた時に産まれた待望の女の子だったのだから、その喜びようは天にも飛び上がらんばかりで、長男達の時には家政婦に任せきりだったおむつの交換から、離乳食の世話まで自ら行い、慶が風邪でもひけば一族の会合であろうと、欠席して付きっきりで看病していたのだから、その溺愛ぶりは家族はおろか、皆を呆れさせた。

 しかし、教育に関しては、人前に出しても恥ずかしくないよう、兄達同様に厳しく当たっており、事件解決後、事の顛末を聞いた時には自分を庇う為に、通報を遅れさせた事には厳しく叱ったものの、冤罪を掛けられ、首謀者として吊し上げにされかけたと聞いた時には、学校側、天統家に乗り込み、広域暴力団ですら逃げ出す程の剣幕で迫り、徹底的に糾弾した。

 冤罪とはいえ、愛娘が犯罪者として扱われたのだ。その怒りようは凄まじく、同席した兄達が宥め、天統家当主代行の元信が平身低頭、頭を下げて非礼を侘び、漸く矛を収めた。

 しかし、そこは親馬鹿。帰り際、

「次、このような事があれば、大谷一派を敵にまわすと思っておけ」

 次はないぞと、きっちり釘を刺して帰っていった。

 そんな一件から僅か一ヶ月も経たずに、慶が実家に抗議を訴えでもしたらどうなるか。

 容易に想像がつく。

 最悪、天統家と大谷家による全面戦争となるだろう。

「……分かりました。今回は会長に全てお任せします」

 次期当主が約束されている総一郎としても、両家の関係を壊す事は出来ない。理屈で分かっていても納得がいかない。苦渋に声を歪ませて答える。

 それが分かっているから、慶も事務的に指示する。

「仕事は明日からでいいので、今日は帰って結構です。今日一日、頭をひやして心を落ち着かせてきなさい」

「分かりました」

 事務的に感情の抜けた返事をして、総一郎は生徒会室から出ていった。




 総一郎が出ていった室内を沈黙が包んだ。

 普段はのほほんとしている慶の毅然とした一面を見せられて、言葉を失っていたからだ。

「いやはや、驚きました……」

「天統先輩に面と向かってあそこまで言えるの、星野以外で初めて見たわ……」

 浩明が漏らした感嘆の言葉を凪が継いだ。この場にいた全員の抱いた感想だ。

「あはは、自分でもびっくりだけどね」

 乾いた笑いを浮かべて答えた。たかを括り開き直った勢いは時に思わぬ力を発揮するものだ。

「会長、天統達を外して良かったのか?」

 場の空気が和らいだのを見計らい、赤松が切り出す。あまりにも思い切った決断だ。当然の疑問だろう。

「確かに天統君達には生徒会で何時も助けてもらっているわ。でも、今回の件に星野君が関わるなら話は別よ。赤松君も見たでしょ。灯明寺さんに手をあげようとしたのを」

「確かに」

 普段、同級生や後輩、分け隔てなく接する総一郎が、こと星野浩明の事になると、途端に冷静さを見失い手が着けられなくなる。思わぬ爆弾を露呈したものだと、赤松は頷いた。

「それに……」

 今度は浩明と凪に視線をむける。

「二人についても興味があるのよね」

「興味?」

「星野君と灯明寺さん。二人の戦力は天統君達と同等、いや、若しくは同等以上だと見ているわ」

「それは買いかぶり過ぎですよ。灯明寺はともかく、私は落ちこぼれですから」

 浩明が苦笑交じりに否定する。自己評価の低さは相変わらずだ。

「買いかぶりかどうか、それを決める私達です。それを決める為にも今回は私と一緒に行動してもらいます。いいですね」

「……分かりました。まぁ、無駄に終ると思いますがねえ」

 諦めの言葉と共に浩明は頷いた。


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