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「君達は……」

 職員室の扉を閉めて振り向くと、浩明と凪は廊下のほうから歩いてくる小早川に声をかけられた。

「どうも」と浩明が軽く頭を下げると、横にいた凪も軽く会釈した。

 会釈をされた小早川は、笑みを浮かべて二人に近づき、口を開いた。

「君達には感謝しているよ。おかげで解職請求はうまくいきそうだよ」

 意地悪く、そして見下しているのが丸分かりの下品な笑顔に、凪は眉を顰め不快感を露にする。浩明は涼しい顔で受け流している。

「そうですか、ところで予算着服はいつ分かったのですか?」

「そんな事聞いてどうするつもりだ? 聞いた話だと君達は仲良く退学するそうじゃないか」

 お前達には関係ないだろと言う物言い。浩明の問いに答えるつもりは無いようだ。もとより態度からそれが分かっていた浩明は、それを無視して続ける。

「たいした理由は有りませんよ。わざわざ生徒総会という舞台を選んだのか気になっただけですよ」

 何を企んでいるんだ、あまりにも露骨な言い回しにも、小早川は不敵に笑みを浮かべる。予め想定していた質問だったのだろう、流暢に語りだす。

「表沙汰になると厄介だから、極秘に調べていて時間がかかったんだ。着服が証明されたのはつい最近なんだよ」

「成程、ちなみに証明された証拠とは、どういったものだったんですか?」

「学校側に提出された生徒会予算と、今年度の予算が違っていたんだよ。それも、巧妙に各予算に少しずつ上乗せされててな。はっきりした時には信じられなかったよ」

「そうですか」

 浩明の問いに、憤りの言葉を露にする。しかし、その言葉とは裏腹に、歪んだ笑みを浮かべている。不正を暴いた自分自身に酔いしれているようだ。

「ちなみに、天統家の馬鹿妹が襲われた時は、どうしてたんですか?」

「馬鹿妹って、君の妹だろ?」

「私に妹などいませんよ」

 浩明の言い分に二の句を告げなくなる。この男の歪み方も相当だ。これ以上、言っても無駄だと、内心、呆れながら浩明に答える。

「電話を受けて駆け付けた時には、皆集まっていて、倒れている天統さんを抱えて何度も呼びかけていたよ」

「皆集まって……、つまり、最後に現場に駆けつけたという事ですか」

 浩明の確認に「まぁ、そうだが」と怪訝に眉を顰めて答える。

「それで、事情を聞いて警察に通報しようとしたら、止められたんだよ。襲ったのは浩明かもしれない、本人に話を聞いて穏便にすませたいから、待ってくれ、てな」

「それで、隠蔽に加担したというわけですか」

「おい、勘違いするなよ。僕は止めたんだぞ」

 小早川が、浩明の言葉を否定すると、凪が二人のやり取りに口を挟んだ。

「つまり、天統さんに対して犯行におよんだ後、駆け付けた先輩達に星野の姿を見せてから逃走して、その後、電話を受けて駆け付けました……て事も可能よね?」

「何?」

 現生徒会長達が失脚して最も得をする小早川へ向けられた疑いの言葉に目尻が歪む。しかし、それも一瞬で、再び不適な笑みを浮かべて「確かに、それもそうだな」と答える。

「仮にそうだとして、それを証明する事が出来るのかな?」

「そ、それは……」

 凪がたじろいで、言葉を詰まらせる。あくまで状況証拠からの憶測、それを言われては返す言葉が見つからない。

「確かに、今のは灯明寺の憶測ですが、もし、本当に証拠が出た場合、どうなるでしょうかね?」

「どうなるかって、どうするつもりかな?」

 代わって口を開いた浩明に対して、小早川は挑発的に聞き返す。

「決まってますよ」

 浩明がニコリと笑みを浮かべて小早川の胸倉を掴む。

 一瞬の事で小早川は反応が遅れるが、抵抗しようと掴まれた浩明の右手を掴もうとして硬直する。先程まで笑っていた顔は一瞬にして無表情に代わり、小早川に迫る。

「人生潰す覚悟しとけよ。ダシに使われて黙ってられるほど人間出来てないんでね。物理的に潰してから、社会的に殺してやる。売られた喧嘩は高額買取、覚えておけよ」

 潰す。

 感情の読めない淡々とした脅し文句にたじろぐも、小早川は震えながら、睨み付けてくる浩明を睨み返し、捕まれていた右腕を払うと、「や、やれるものならやってみろ。い、いつでも相手になってやる」と吐き捨てて職員室へと入っていった。



「アンタ、恐ろしい事を言うわね」

 浩明の報復はえげつない、自他共に認めるスタンスなだけに、何を仕出かすか分からない。

 脅しという名の宣戦布告に、凪は顔を引きつらせる。

「なぁ、灯明寺、このタイミングでなぜ彼は解職請求を出したんだろうね」

「は?」

 浩明の切り替えの早さに反応が遅れる。

 ―あれは普通の応対だって事なのね

 さっきの態度など最早、彼のなかでは終わった事、それに呆れつつ、凪も即座に切り替える。

「そりゃ、彼の言う通り、証明されたのがつい最近って事……じゃ納得してないわよね?」

「あぁ、納得いかないねえ」

 星野浩明が自分に問いかけるように聞く時は、納得いかない事がある時。相棒の真意を汲んで問うと、浩明は続ける。

「天統雅を襲った時の行動は、さっき君が言った通りだろうね。動機としてはより悪い印象を植え付けるため、といったところだろ」

 赤の他人に冤罪を被せ、更に予算使い込みまでしていたとなればとんでもない極悪人だ。

「つまり、予算使い込みを糾弾するのが目的で襲ったって事?」

「十中八九、そうだろうね」

「成程。で、それのどこが納得いかないのよ?」

「動機だよ。ここまでド派手にする必要があったのかね」

「そりゃ、星野のやり方に肖ったとか?」

「成程。それで、現生徒会長の後釜に座り、正義の生徒会長就任って、その為にそこまでやるには動機としては弱い気がするんだよね」

「まだ、何かヤバいものが有るって事?」

「それは、証明された資料とやらを見てみないと分からんだろ」

「見れるの?」

「真正面から見せてくれ、と言っても見せてくれんだろうね」

 浩明は肩を竦めて、お手上げのジェスチャーをする。

「真正面からじゃ無理よね?」

 心底楽しそうに小悪魔めいた笑みを溢して浩明を見ると、「えぇ、真正面からはね」と浩明も笑みを浮かべて凪を見つめ返した。


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