第56話 『勇者の休息』
今から10年程前、魔王軍はとある王国の侵攻に勢力を傾けていた。争いは、多くの犠牲者を生み、魔王軍の精鋭部隊の前に、王国の陥落は、もはや時間の問題と思われていた。
その王国の領土から西に少し離れた場所にコロントスという街があった。不思議な事にその街は、魔王軍の攻撃を受けることも無く平穏を保っていた。
「コロントスか、随分と立派な街じゃないか」
ケインズは、背中に担いだロングソードの感触を確かめながら目の前にそびえる街の防護壁を眺めていた。
全身をミスリルの鎧で固めたケインズは、『勇者の証』を持つ者としてこれまで多くの魔族の魂を刈り取ってきた。
勿論、勇者と言えどもタダ働きで危険を冒す訳では無い。この世界には、クエスト・エージェントと呼ばれる王族を中心として編成された組織が存在しモンスターや魔族などの討伐依頼が受け負われているのだ。
今回のケインズが受けたクエストの内容は、この大きな街に隠れ住んでいる魔族の討伐であった。クエストは、依頼レベルによって褒賞の金額が違ってくるのだが、今回は、Sランクの依頼となり、かなりの危険を伴う事が予想された。
「まあ、俺は強いから心配いらないよ」
ケインズは、友人の忠告にあまり関心を示さなかった。若さという理由もあったのだが、何より彼は自分の強さに自信があったのだ。
「隠れているのなら魔力の高い者を探せば良いんじゃないか」
ケインズは、水晶を取り出し、この街に住む魔力値の高い者を検索し始めた。
「あれっ、なんだ! 反応が3つもあるぞ」
もちろん、クエストに人数の指定がない限り全ての魔族を駆逐しなければならないと言うことになる。
「まったくやれやれだ、こいつは骨が折れそうだ」
検索に引っかかった者達の魔力値は、容易く討伐出来るような値ではなかった。
手を組んで仕掛けられれば逆にこちらが排除されかねない。
ケインズは、一番近くにある反応に向かう事にした。先程から動きが少なく、簡単に捕捉できると判断したからだ。
反応は、正面のお菓子の家のような民家から出ているようだ。
ドアに張り付いたケインズは、ゆっくりとドアノブに手を掛けた……
「ぎいやあああああーーーーーーーっ」
ケインズの悲鳴が轟いた!
突然ドアが開いて中から死神が現れたのだった。
腰を抜かしたケインズを見て死神は、ケラケラと笑った。
「やったあーっ、あんた、見どころあるよ!!」
いったい何のガッツポーズだよ!
言っている意味もよくわからんし……
灰色のローブに身を包んでいた死神は、ケインズの前でフードと仮面を取った。
「あたしは、アメリアだよ。あんたの名前は?」
アメリアは、肩まである銀髪をサラリと泳がせ、唖然としているケインズに名前を名乗った。
「俺の名は、くううっえうぃんずだ!」
このバカが、得体の知れない奴に名前を教える訳がないだろう、ケインズは、ニヤリとした。
「ケインズか、まあまあな、名前だな」
おいっ!耳だいじょうぶか? わかんねえだろう普通!
しかし、魔族かも知れない奴に名前を知られてしまった。こいつは、正直痛かった。このアメリアという正体不明の可愛くも美しい女が、死の宣告を使えたならば自分を葬り去る事も可能なのだから、とケインズは思った。
「なあ、お前は、いったい何者なんだ」
「あたしは、死神のアメリアだよっ」
「それは、コスプレじゃねえかよ!」
アメリアは、とぼけた返答をしたが、彼女の頭には、ツノが無かった。どうやら魔族では、なさそうだ。いや、ケインズ自身がそう思いたかったのだ。ちょっと引くわーこいつ……みたいな事を思った。
「どうやら人違いのようだな、邪魔して悪かった」
関わり合いにならない様に立ち去ろう、うん
「気にしなくていいよ、くううっえうぃんず! じゃあ、またね」
おい! おかしいだろう、さっき言えてたじゃん、ケインズって!
アメリアと別れたケインズは、二つ目の反応を追った。あいつは、少なくとも敵では無いようだ。これで最悪でも2対1での状況で戦闘にのぞめる。
ケインズは、反応があった家のドアをそっと開けた。今回は、死神が出てくる事もなく、中には、ローブに身を包んだ人物がこちらに背中を向けたままで立っていた。
頭には、二本のツノが生えており、明らかに魔族だと思われる。気付いていない今ならば切りかかり一太刀浴びせる事はできるだろう。ケインズは、ロングソードを抜いて構えた。
「なあ、お前は、魔族で間違い無いんだろう」
ケインズの声にそいつは、驚きもせず振り返った。不意打ちは、主義じゃないし、もう、すでに気付かれていたようだ。
「ふふふっ、いらっしゃい、久しぶりのお客様だわ」
振り向いて自分を見るそいつにケインズは驚き、もう少しで剣を落としそうになった。
決して落ちつき払った態度に驚いた訳じゃない、ただ微笑んで自分を見ている、その魔族の女が、恐ろしく美しかったのだ。
「私は、ロレンシア、純粋な魔族ではありませんよ。どちらかと言えば魔法使いかしら」
ロレンシアは、嬉しそうにケインズを見つめた、まるで待っていた友人が現れたかの様に……
「なるほど魅了か」
「ふふふっ、私にそんな能力は、ありませんよ、気に入って下さったのであれば嬉しいのですけど」
ロレンシアが言ったことが本当であれば、理由は、ただ一つだった。ケインズは、この魔族の女に一目惚れしたのだ。整った顔立ちに長い金髪が、よく似合っており、その優しい笑顔が、今までの戦闘でささくれていた心を癒していくのを感じた。
ケインズは、剣を鞘に収めた。この瞬間、クエストも勇者としての役割も彼にとっては、もうどうでもいい事になってしまったのだ。
「しばらく、ここにいてもいいかな」
ケインズの言葉にロレンシアは、にっこりとしてうなずいた……
それからの数日は、戦いに明け暮れていたケインズにとって人生でもっとも楽しい時間だった。ロレンシアも嬉しそうなようすに思えたのは、勘違いでは、ないだろう。
だがケインズは、すっかり忘れていたのだ、この街には、まだ一つ大きな魔力が存在する事を……
それが、大きな爪痕を残す結果になることは、この時まだ想像すら出来なかったのだ。




