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48.今度こそスロー自堕落ライフを目指す


 赤黒い粒は、いつしか透明度を増しながら空に昇り消えていく。

 巨大な蜘蛛……芽衣の悲しみから生まれた禍が、その姿をどんどん薄くしていく。


「芽衣……」


 痛い思いさせてごめんね。

 でも、これで姉ちゃんも帰れるようになるから。


 またアンタのいるそっちの世界で会おう。


 その時は、お互い心から笑い合えるといいな。



 ――おねえちゃん。



「ん?」


 一瞬芽衣の声が聞こえたかと思ったけど……、気のせい?


 それとほぼ同時に、蜘蛛の姿は完全に見えなくなった。



 最後にほんのちょっと見えた芽衣の顔は、心なしか穏やかだったような気がする。



「お……おわったぁ~~~~」


 セフィがその場でへなへなと座り込む。

 今回セフィは大活躍だったね。


 そしてふと、背中にぬくもり。

 優しさが伝わってくる。


 ……すぐに誰の手かわかった。


 その顔色を見るに、だいぶ気にかけてくれてるみたいだ。


「大丈夫だよ、モルエ。芽衣とはすぐに会えるんだから」


「ハルカ……。……ええ、そうですね」


 モルエはすぐに私の心を察してくれる。

 さすがは私の妹だ。


 汚れた頬をひとつ拭ってククリさまの方へ。


「あの、ククリさま」


「はい何でしょう悠さん」


「その……、ククリさま? 消えかかってますけど、大丈夫ですか?」


 ククリさまは今や、さっきの蜘蛛みたく透明度が増していた。


 神さま越しに向こうの景色が見える。


「ええ、わたしは戻るだけです。調査も完了、そして原因も対処していただきましたし、何も問題はありませんよ」


 にっこり笑ってくれるけど……私が言いたい大丈夫とは、ちょっとばかし意味が違うんだよね。


「これで、私も無事帰れるんですよね?」


 そこんとこ大丈夫なの?


「ええもちろん! わたしが現世に帰り、悠さんのお身体の修復が終わり次第、すぐにでも」


 そっかそっか。よかった。


 それを聞いて安心だ。




 ……と思ったのも束の間。




「とはいえ、その修復に一年くらいはかかるんですけどね」




 ずっこけた。


「な、なんでそうなるんですかぁぁ――――――――っ!!!」


「う、っぐおお……っ!? せ、説明します……! 説明しますから胸ぐらを掴んで持ち上げるのはやめでぐだざい~……っ!」


 はっ、いかん……。


 無意識に神さまを宙吊りにしてしまっていたようだ。


 ……しかも、透明でもちゃんと触れることはできるんだね?



 とりあえず、ククリさまを地上へおろして話を聞くことに。


「あ、あのですね……」


「言い訳は地獄で聞きます」


「ひぃ……!?」


「冗談です。続けてください」


「は、悠さん、怖いです~……」


 ちょっと意地悪をしてやった。


 他の神さまが聞いたら天罰が下りそうだけど……今の状況ならこれくらいは冗談言ってもいいよね?


「ごほん、では、気を取り直して……。……あのですね? 悠さんのお身体の一部は、少しの期間とはいえ禍に覆われてしまいました。しかも今回は、悠さんにとって非常に重要な、芽衣さんとのご縁の部分でした」


「ほうほう」


「その禍に覆われた部分は、しばらく(みそぎ)にて清めなければならないんです。その時間を加味しまして、一年かかるかかからないか……」


 上目遣いで恐る恐るこちらの顔色を窺うククリさま。

 見た目が幼女だけに、そのあどけなさは半端じゃない。


 くっ……、卑怯な……。


「はあぁ~……。わかりましたよ。納得しました。じゃあ、もうしばらく待ってればいいんですね?」


 ここでくどくど文句を言ったところで、何がどう転ぶでもないしね。


 それに正直なところ、この世界にもう少しいられるってことは嫌じゃない。


 むしろ、少なからずわくわくしてる自分がいる。


「……そろそろ、わたしは戻る時間のようです。悠さんのお身体は責任を持って修復しますので、どうかご安心ください!」


「ええ、そこは心配してません。よろしくお願いしますね」


「はい。ではでは~」


 気の抜けた挨拶とともに、ククリさまは現世へ戻っていかれた。


 来た時も突然だったけど、帰りも帰りであっさりしたもんだ。


 ククリさまはあんな呑気な雰囲気だけど、やっぱり神さまだけあって忙しいのかもしれない。

 その合間での、私の身体の修復だからな。

 少しは多めに見てあげるか。…………胸ぐら掴んじゃったけど。



「ハルカ、ハルカ」


「ん?」


 モルエが両手に何か白いものを乗せていた。


「それは……綿毛?」


 どこかロスト……人の迷える魂のようにも見えるけど。

 よく見ると、その綿毛はもそもそとうごめいている。……生きているのだ。


 そしてさらによく見ると、ちゃんと顔がある。


「ゆ、ゆるキャラだ……」


 黒いつぶらな瞳に、ふわふわほっぺ。


 綿毛ちゃんの顔は非常に愛くるしかった。

 泣沢女ちゃんがいつも頭上に乗せている白蛇ちゃんを彷彿とさせるほどだ。


「さっき、蜘蛛の禍が消えた場所にいたんですけど……。この子、実はほら、小さいながら脚が八本あります」


「それって……。この子、もしかして」



 …………蜘蛛、なの?



 とすると、芽衣の禍はさっきまで、この子に取り憑いてたってこと?


 以前の白蛇ちゃんの件もあるし、ないとは言えない。


 モルエも私と同じように考えてるようだ。


「もしも、この子が白蛇ちゃんと同ケースだとすると……、この子も何か負の感情を覚えてたんでしょうか」


「どうなんだろ……。というか、そもそもこの子はどこから来たんだろうね。親とかいないのかな?」


「ですね。……どうしましょうか」


 このまま、このだだっ広い場所に放っておくのは少々忍びない。


 無責任に動物を連れ帰っちゃダメだ、とは芽衣にも何度か言ってたことだけど……。


 とりあえず保護して、まかみさんやヒノ長老に相談してみようか。


「いったん、連れてこうか」


「うんっ、それがいい!」


 なぜかセフィが嬉しそうに賛成した。

 セフィも普段はサバサバしてるものの、こういうゆるキャラ系には弱いのかな?


「じゃ、決まりだね。しばらくよろしくね~、クモちゃん」



「きう」



 鳴いた。


 マジで可愛いな、おい……。


 どうして禍って、白蛇ちゃんとか、クモちゃんとか、こういう可愛い子たちばかりに取り憑くんだろうか。



 この子を見てると、さっきまでのピリピリムードが嘘のように気持ちがゆるくなる。



「うん。……よし、……決めた!」


 この瞬間、私の中で何かが芽生えた。


 いや、再燃した(・・・・)っていうのが正しいのかな。



 この世界に来てから今まで、なんだかんだ忙しく日々を過ごしてきた。


 けど、私の本来目指すところは、そうじゃないのだ。



 その気持ちを改めて確認するためにも、私は今……、ここに宣言する!



「私はこれから改めて、本格的にスローライフを目指す! ……いや、そうじゃないな。とことん気楽に、スロー自堕落ライフを目指すぞっ!」



 拳を天に突き上げる。



 あら~?



 ちょうど上空のあまてらすさんと目が合って、ちょっと照れくさい。


 でも、この決意は変わらない!


 隣でぽかんと見ていたモルエも。


「はいっ。ボクも、ハルカのその目標のために全力を尽くしますっ!」


「いやいや、モルエ? 自堕落ライフを目指すのに、全力でやっちゃあダメじゃない? 自堕落じゃなくなっちゃう」


「あ……そ、そうですね。じゃあ、全力で手を抜きます……!」


 ……う~ん、ちょっと違うっ!


 でもまぁ、これがモルエらしいっちゃあモルエらしいよね。


「モルエはバカだな。気楽にいかないと、ハルカには到底追いつけないぞ?」


「ところで、セフィ? モルエの呼び方、変わったんだね?」


「へ?」


「だって、今ではずっと「死神」って言ってたじゃん」


「……。あっ。い、いや……っ」


「おやおや、天使さん。あなたこそ馬鹿みたいにお顔が赤いですよ?」


「う、うるさいうるさいっ。死神もその真っ白な顔、もっと赤くしろっ」


「どういう言い返しですか、それは……」


 二人の変なやりとりに、私は思わず吹き出してしまった。


 そのまましばらく声を出して笑った。


 いつのまにか、モルエとセフィも笑ってた。




 芽衣……ごめん。


 姉ちゃん、もうしばらくこのはざま世界で過ごすことになりそうだ。


 そのあいだにお土産話もたくさんできそうだからさ。


 帰ったら、寝不足になっちゃうくらい話してあげるから、覚悟してなよ?




「……よし、じゃ、帰ろっか」


「はい」


「おうっ、もう腹減ったよ~」



 心の中で芽衣に約束をして、私はもう一つの我が家へと足を踏み出すのだった。





今回で、『第一部、完』です!

ここまでお読みくださった方、大変ありがとうございました!


しばらく期間を置きますが、第二部も書く予定です。またその時にお会いできればと思います( ・ㅂ・)

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