45.禍の大将の正体は
「なんてことはありません。心を込めて、その大麻を大きく振ってください!」
「そ、そう言われましても……!」
とはいえ、禍はこちらにまっすぐに向かってきている。
これはもう……やるしかない。
「……ええいっ、ままよっ!」
ぽかんとしていても、禍は容赦なく迫ってくる。
私は勢いよく、両手に持った大麻を振った。
「あ、禍が薄くなって……」
目の前まで来ていた数体の禍は、淡い光を放ちながらどこかへ消えてしまった。
「お疲れさまです、悠さん。それが浄化です」
「……と、言われましても、私はただこれを振っただけで……」
「そういうもんです。ただし、禍といえど元は生き物の感情。そのことを心に留めて、誠意を持って麻を振ってくださいね」
「わ、わかりました」
「あと、巫女服を着ると雰囲気出るんですけどね?」
「全力でお断りします。だって、何の効力もないんでしょ?」
いきなり何言い出すんだ、この幼女神さま。
「んー、まあそうですけど……、格好いいですよ? みこみこ! ……てな感じで」
「何ですかその奇怪な掛け声は……。ともかく、私はこの服が一番動きやすいんで」
「う~ん……。残念ですが、仕方ありませんねぇ」
ククリさま、巫女服に何か思い入れでもあるのか?
だが、ただでさえ慣れないことをするのに、関係ないことを挟まれると混乱するんでやめてほしいね、まったく。
「まあ、万が一服が汚れたりしたら、その時は考えときます」
「ほんとですかっ! 俄然楽しみにしてます!」
これくらいの譲歩はしてあげるか……。
……てことで、まだおぼつかないながらも禍の浄化をすることになった。
禍だってロストとおんなじ、人の不幸の末路だ。
何も、ここに来たくて来てるわけじゃないらしい。
本来なら何事もなくあの世に向かうべき存在。
だから、こうして浄化をすることで正しい道へ戻してあげるという。
「……」
見ると、モルエとセフィは黙々と鎌を振り、矢を放っている。
二人ともいつも以上に真剣だ。
私も実際に浄化をしてみて、二人のお仕事が人や生き物にとって、とても大事なことなんだなって……少しだけど実感できたような気がする。
しばらく、次々にやってくる禍を浄化することに集中する。
「しかし、なんだってこんなに禍がいるんだ……? この辺は、あたしがこないだ浄化しきったはずなのに……」
セフィが背中の矢を抜きながら、不安そうに漏らした。
「たしかに、私たちがセフィに会った時だって、禍はほとんどいなかったよね?」
「ええ。ボクも、全くそういう気配は感じませんでした」
とすると、この禍たちは以前から今までの間に発生したってことだ。
「この禍たちは、生まれて間もないようですね。まだハッキリした形を成してませんし」
ククリさまが言う。
この辺にいる禍はみな、綿毛のような形状。
ロストの色違いみたいな形をしている。
「やっぱり、新しく湧いて出てきてるってことなんですか?」
「はい。間違いないと思います。しかし、禍も無から発生するということはありません。おそらくきっと、この禍たちの発生源……一際大きな禍が近くにいるはずです」
「大きい禍……ですか」
聞いた感じだけでも禍々しいったらないな……。
「おそらくそれが、悠のお身体に影響を与えた禍でしょう。もし出会ったら、みなさん、十分お気をつけくださいね」
「あの~……」
ククリさまに向かって、セフィがおずおずと手をあげた。
「はい、なんでしょう天使さん」
「大きい禍って…………もしかして、そいつ?」
「………………。……へ?」
セフィは、私とモルエ、そしてククリさまのいる、その後方を指差した。
その時初めて気がついたんだけどさ。
ククリさまの背後が、やけに暗いんだよね……。
セフィ以外の三人揃って一斉に冷や汗を流す。
「これって……振り向かないとダメなパターン?」
「ええ、きっと。というか、振り向かないと逆に危なそうです」
「……だよね」
意を決して恐る恐る振り返ると……。
――ギィェェェ……ェ"ェ"ェ"。
「ひぃ……ッ」
その影の主……ドでかい蜘蛛が、変なノイズを出しながらこっちを見下ろしていた。
「蜘蛛ッ!?」
やや紫がかった黒い巨大蜘蛛。
毛むくじゃらの体に、刺々しい足が何とも気持ち悪い……。
「あー!! これです! これがきっと大将の禍ですよ悠さん!」
「ええ、何となく察しました……!」
だって見るからに禍々しいもんね……!
――ォ"…………オオ"……。
「ん?」
でも、その蜘蛛は襲いかかってくるでもなく、その場でうめいている。
「ハルカ……、この蜘蛛、何か言おうとしてませんか?」
「え……蜘蛛って、しゃべるの?」
「いえ。そう聞こえるだけかもしれませんが……」
毛むくじゃらの大きな体。
そこから覗いた眼。
蜘蛛だけに8つのその眼の部分には、眼ではなく違うモノがついていた。
「か、顔だ……!」
セフィが驚いて叫ぶ。
「セフィの言う通りだ……。でも、あの顔……ひどく見覚えが」
――ぉ"ぉ"………………ォ"ネェ"…………ヂャン……。
蜘蛛がどこか言葉らしい声を出す。
……いや、そんなこと、あっははは。
ままま、まさか……、そんなはずないよね……?
「あれは、悠さんの妹さん、芽衣さんのお顔ですね……」
「や、やっぱり――――っっっ!?」
必死に否定しようとした私の心は、ククリさまの一言によって打ち砕かれた。
その巨大蜘蛛の本来眼がある部分には、私の昔からよく知った顔……。
私のたった一人の実妹、芽衣の顔がついていたのだ。




