38.弓矢使い VS
声のする方を見ると、誰かが立っていた。
といっても、シルエットしか見えない。
ちょうどその人物?の背後にあまてらすさんがいて、逆光になっているのだ。
そのシルエットが再び話し出す。
「あれだけ退治したって「あら?」のに、思ったよりもしぶ「あら~?」といヤツらだ「あらら~?」な」
「……。……ん?」
ちょっと、何を言ってるのかわからない。
今日はあまてらすさん、やたら声を出す日だな。
影の声が女の子のような感じなのはわかったけど……。
「ごめん。も一回言ってくれない? あまてらすさんの声が重なって内容が全然わかんなかった」
「え? う、うん……。……うん? いやいや、なんでこっちが「あら~?」お前たちの言うことなんて聞かないと「あらあら~?」……」
再びあまてらすさんの乱入。
さては機嫌がいいのかな?
「ちょ、ちょっとー! 少し静かにしててくれませんかねっ!?」
ついには、謎の人物があまてらすさんに直談判!
その声が届いたのか、あまてらすさんは「あらら~」と、心なしか残念そうな声を出しながら少し高度を上げていった。
「……ちゃんと、こっちのこと聞いてくれるんだね」
あまてらすさんが離れたおかげか、逆光は解かれて、謎の人物……少女の姿があらわになっていた。
モルエとほぼ同じ年くらいだろうか。
燃えるような赤い髪は短く切りそろえられている。
白いローブのようなものを羽織ってるけど、それは腰あたりまで巻き上げられていて、ショートパンツがラフな印象だ。
背中にはリュックのような物……そして、矢立てを背負っている。
さらに、右手には弓。
……これで、矢を放った正体が確定したようなもんだ。
「ごほん……」
気を取り直したように咳払いをしつつ、赤髪の少女がみたび話し始める。
「お前たち禍みたいな存在がどれだけ増えようたって、あたしがいるあいだは好きにはさせないぞ!」
「……ん?」
ちょっと……、何を言ってるのかわからない。
ちなみに、言葉自体はしっかり聞き取れた。
今回は言ってる内容の意味がわからないってことだ。
「禍って聞こえたけど……」
「たしかに、そう言いましたね」
「あなた……名前は?」
「お前たちに名乗る名前はない! ……セフィ・プラーミアだ!」
名乗るのかよ!
しかもしっかりフルネーム!
……まあ、そこは今はいいか。
「禍って言ったけど……、私たちは禍じゃないよ?」
「ふん、惑わしを使ってくる禍までいるのか。でも、あたしは騙されないぞ!」
ダメだ。
こちらの言葉は全く聞き入れてくれないらしい……。
「お前たちは、このセフィ・プラーミアが一つ残らず退治してやる!」
それどころか殺る気マンマンだ!
いきなりこちらに向けて弓を構えてきた!
「喰らえーいっ!!」
――ビュンッ。
容赦なく放たれる矢。
どどど、どうしよう……っ!
不老不死で強化された私でも、さすがに矢の軌道を読むなんて離れ業はできないよねっ?
「な、なんまんだぶ……、なんまんだぶ……っなのです……!」
ふと隣を見ると、泣沢女ちゃんが頭を抱えて念仏を唱えていた!
元ながら神さまが仏に助けを求めるのってどうなのっ!?
それだけテンパってるってことか……。
――バキンッ。
と、私と泣沢女ちゃんがオロオロしていると、すぐ側で音が聞こえた。
見ると、砕けてバラバラになった矢が足元に転がっている。
「あれ……?」
「平気ですか、お二人とも」
その矢を叩き折った本人は、大きな鎌を手にしながら赤髪の子をじぃっと睨みつけていた。
「モ、モルエ……、ありがと。助かった」
「お礼には及びません。ボクにとって、ハルカを助けるのは当たり前のことなんですから」
あ、それはつい先日、私がモルエに言った言葉だ。
真面目なモルエも、ちょっとずつシャレが通じる子になってきたんだねぇ。
……私が感慨にふけっているのも構わず、モルエは赤髪少女の方へずんずん歩いていった。
「あ、あたしの矢を防ぐなんて、ちょっと厄介なヤツそうだな……」
「あなたが何者かなんて、ボクはわかりたくもありません。……だけど、あなたからはどこか知った香りがしますね」
……おや?
ちょっと違和感を覚えた。
モルエ、もしかして……、ちょっとご機嫌ナナメ……?
ずっと一緒にいるせいもあってか、少しの変化でもなんとなく見て取れるようになったのだ。
「モ、モルエさん? 知った香りってことは……あの子は禍だったり?」
「いえ、おそらく違います。……けど、ボクが以前から知っている一族の一人なんだと思います」
てことは、モルエが死神世界にいた頃から知ってる……かもしれない人、ってこと?
なら、あの子も死神……。
いや、死神が弓矢なんて持ってるのか?
「モルエが住んでたファンタジーっぽい世界。そこで、弓矢を扱う種族といえば……」
ゴブリン?
……いや、きっと間違ってると思う。今のなし。
アルテミス?
月の女神かよ……。
でも、悪いけどあの女の子はそんなイメージじゃないな。
しかも、この世界には月の神さまいるしね。
あのキザったいイケメン……つくよみさんがさ。
モルエは、まるで尋問するかのような低い声で、そして確信のこもった様子で呟いた。
「あなた……、天使ですね?」
「て、天使かああ! それがあったかあああ!」
「え……、どうしてハルカがそんなに驚くんですか……?」
「……あ、いや……、こっちのことでつい……。き、気にしないで? あはは……」
いけね。
つい興奮して声をあげちまったよ……。
どこか緊迫した雰囲気なのに、私だけものすごく浮いてるような心地だ。
「天使……なのですか。自分はてっきり、弓を使う小鬼か何かかと思ってたのですよ」
「そ、そうそうっ。ぶっちゃけ私も最初はそう思ったよ!」
小鬼って、つまりはゴブリンだよね。
泣沢女ちゃんと私って、けっこう感性が近いのかもしれないね。
……でも、天使かぁ。
たしかに、弓矢を持ってるイメージだわ。
モルエの尋問にしばらく黙っていた当の少女は、やがて重く頷いた。
「……そう。あたしは天使だ。でも、あの業界には失望した。もううんざり……。なので、家出してきたんだっ!」
「家出って!」
つまりは、弓矢を持つあの赤髪の少女は家出天使ってことか!
ていうか、前から少し思ってたけど、天使とか死神って業界扱いなの……っ?
種族じゃないの……っ?
「……って、そんなこと禍に話す必要はない! ここで浄化するのみだっ!」
しっかり話したあとで、少女改め家出天使は再び弓を構えてきた!




