36.変なおっちゃんがいた
近くの石を集めて、簡単な焚き火をしながら夜を明かすことに。
もしものために、三人交代制で見張りをしつつ睡眠をとることにした。
一人が見張り、そのあいだに他二人が寝るという寸法だ。
「……」
私の番になって、体育座りで焚き火にあたりつつ、森の暗闇を眺める。
改めて、怖い雰囲気の森だなぁ。
光も届きづらいし、動物や虫の鳴き声もあんまりしない。
ここは生死のはざま世界だけど、この森はどこか"死"の方を強く連想してしまう。
「……ハルカ~」
「ん……モルエ? どしたの?」
と返事してみたものの、モルエはまだ取り寄せた布団の中で丸まっていた。
なんだ、寝言か。
よく見ると、モルエはいつぞやあげたイヌのぬいぐるみを抱きしめていた。
そのイヌを「ハルカ」と呼んだのか、たまたま私の名前を呼んだのか。
それはわからないけど、その様子にちょっとほっこりしてしまった。
「あ、そろそろ交代か。少し可哀相だけど、起こさないとね」
モルエの身体を軽く揺すると、モルエはしばらく唸ったあとに目を開いた。
起きたモルエに代わって、今度は私が布団に潜り込む。
「……。……はじめは、怖くて、ただただ早く抜け出したいと思ってたんですけど」
眠りにつくまでのあいだ、少しお話ししてるとモルエがこう切り出した。
「この森のこと?」
「はい。今も怖い雰囲気はありますけど……こうしてハルカや泣沢女さんと過ごしてると、ちょっと違う感じもあるんです」
なんとなくわかる気もする。
「今のモルエは、どんな感じなの?」
「はい。なんて言えばいいのかな……。子どもの頃に戻った、といいますか。ボクたち三人で森に遊びに来たような、アウトドアにでも来たような……ちょっとワクワクした気持ちがするっていうか……そんな感じです」
不謹慎ですけど、と、モルエは薄く笑うけど、そんなことないよ。
私だって似たような気持ちだ。
「弓矢事件はいただけないけどさ。そんな気負うこともないし、ワクワクした気持ちも大事だよ思うよ?」
こうして野宿するのも予定外だったけど、それもまた楽し。だね。
「ふあ~ぁ……。私はそろそろ寝させてもらおうかな」
「あ、ごめんなさい。お話しに付き合ってもらっちゃって」
「いいよいいよ。じゃ、お願いするね。モルエ」
「はい。おやすみなさい、ハルカ」
うとうとと目を閉じてしばらくすると、頬の近くに温かい感触があった。
ぼんやりと目を開くと、視界には、さっきまでモルエが抱いていたイヌのぬいぐるみが置かれていた。
◇
夜が明けて、私たちは再び森を抜けるべく歩いている。
「この道を引き返すと、最初の広場あたりにたどり着くはずなのです」
泣沢女ちゃんも、いつも以上に真剣な気がする。
昨日のリベンジに燃えてるんだろうな。
「あら~?」
木々のざわめきや生き物の声に混ざって、時折空からあまてらすさんの声も聞こえる。
「あまてらすさまはいつものんびりなさってますね」
「だね……。あの元神さまの存在が、これほど安心できるものだとは思わなかったよ」
あの方も白蛇ちゃんたちと同様、どこかゆるキャラ的な雰囲気があるしな。
「ちょいと待たれい」
「……ん?」
しばらく歩いていると、突然どこからか低い声がした。
モルエでも泣沢女ちゃんでもない、男性の声だ。
「ちょいと待たれい、お三方」
声のする方へ振り向くと、少し離れたところ。
木の幹を背にして、一人のおっちゃんが立っていた。
小太りで、ちょび髭。どこか麻呂っぽい雰囲気の小柄なおっちゃんだ。
……こんな人気のない森にいること自体びっくりだけど、元神さまの類かな?
「お三方って……もしかしなくても、私たちですよね?」
「いかにも」
言いながら、おっちゃんはいつのまにかすぐ側までやってきていた。
い、いつのまに……。
「さあ、願いを言え」
そしていきなりこんなことを言ってきた。
「は?」
「願いを言うのだ。どんな願いでも、一つだけ聞いてやろう」
どこかの願いを叶えてくれる龍みたいなセリフだけど…………え? ほんとに?
おっちゃんは、至って真面目な顔をしている。
真面目なんだけど、どこか面白い感じなのは、気にしたらダメなんだよね。




