番外編/その後のジェイドとアルマ
さて、かくしてジェイドとアルマは結ばれた。
◆ ◆ ◆
そして、早速二人は問題に直面していた。
いや、正確に言えば困っているのはアルマだけかもしれない。
「……嫌なら言ってくれ。俺はどこまでお前に触れていい?」
「え、ええっ」
──今までとは違う、『恋人』としての距離感の話である。
ジェイドは直球だった。どんなことでも、だいたいはジェイドは直球だ。『聖女』だなんだのことでうじうじしていたのはむしろ貴重な姿だった。
ジェイドの顔は真剣そのものである。アルマを困らせたくて言っているわけではないことは、アルマには充分よくわかる。今までも似たようなことはたびたびあった。なので、わかる。わかるのだが、アルマは困っていた。
「以前した時は『フリ』だったが、今は違うだろう。俺はどうしたらいい? お前は……どうしたい?」
「え、え、えーと、ま、待ってください」
「ああ」
困惑するアルマに、ジェイドは素直に待った。行儀良くソファに座り、真顔でジッとアルマを見つめる。
「どうしたい、というのは」
アルマは愚かにも、これが恋人としての距離感の話、とわかっているのにあえて聞き質してしまった。
「……どういうふうに触れ合えばいいか、だ」
「……ええと」
「今まで通りがいいならそうするが」
「ええーと……」
「どうしたい?」
真面目に聞かれるものだから、アルマは困るのだ。
正直、今まで通りの距離感も悪くはないが、せっかく晴れて両想い、となったのなら、それらしい付き合い方をしたい気持ちはあった。
「ジェイドはどうしたいんですか」
しかし、なんとも言い難く、アルマはジェイドに問い返した。
ジェイドは整った眉を少し寄せ、何やら考え込む仕草を見せる。
「……どう、と聞かれると困るな」
「そうでしょう!」
食い気味にアルマは言った。
どう、とか、そういうのは、困るのだ。具体的に何かを言わないといけないのはハードルが高い。
「──したいと思うことは多いんだ。一つずつ確認させてくれ」
「えっ」
アルマは何か、選択肢を間違えたようだった。
「頭を撫でられるのは」
「え、えっ、大丈夫です」
「頬は」
「だ、大丈夫です」
「首」
「だ、だいじょうぶです」
「肩」
「こ、これ、全部一個ずつ聞いていくんですか!?」
ジェイドは眉を顰めた。
目が「ちゃんと答えろ」と言っている。仕方がない、という雰囲気たっぷりにジェイドはアルマの問いに答えた。
「そのつもりだ」
「本気ですか!?」
「……男に、勝手に身体を触られることを世の女性は嫌がると聞いた」
「だ……誰に……?」
だから、一つ一つ聞いているのだとジェイドは言う。
ジェイドがそれを気にしているのは、何もアルマと想いが通じ合ってからのことではない。元々ジェイドはそういう認識を持っている様子だった。気になるのは、その認識は誰によってもたらされたか、である。
「エレナ、エスメラルダ。……あと、『聖女』」
「……まあ、だいたい、そうですよね」
『聖女』と口にするときだけ、ジェイドは少し逡巡してから口を開いた。ジェイドの身のまわりのちょっとお節介な人物、そして女性に理解があるとくれば、だいたいその辺りの人物になるだろう。
「……聖女……いや、その時はリーナという女性の姿を使っていたが、リーナに対して恋愛の感情を抱いたことはない」
「私、あまりそこは気にしてないですよ」
「……そうか」
ジェイドはなぜか怪訝な顔を浮かべた。
(女の子は恋人の昔の人が気になるものですよ、とかそういうのも言われたのかなあ)
ジェイドは昔のその聖女との関係をアルマが勘繰るのではと思っているようだが、アルマは本当に気にしていなかった。ジェイドが「そういうのではない」というなら、そうなのだろうし、もしも恋愛関係のようなものがあったとしてもそれはそれで別に良かった。
ジェイドがいちいち気にしていて面白いなあと思う程度の余裕がアルマにはあった。
さっきまで、ジェイドのいらない真面目さに散々翻弄されていたのだから、たまにはこれくらいの余裕があってもいい。
「……話が逸れたな、一つずつ聞いていかれるのは嫌か」
「嫌……というより……」
恥ずかしい。
この部位は許可を出すのに、ここはだめなのか、とか、こんなところに許可を出すのか、とかそういう意思の確認をされるのは、裏を返せば「そこを触って欲しい」と言っているような気持ちになってくるのだ。
まさか、人生で2回もこんなことを逐一聞かれる羽目になるとはアルマは想像だにしていなかった。しかも、どちらも同じ人物からである。なぜそんなことを聞かれている理由が『恋人のフリをするから』か『本当に恋人になったから』かの違いはあるが。
「……実地で行うがいいか?」
「……というのは」
「俺がやってみて、嫌なら言え」
アルマは少し迷って、頷いた。
その方が、幾分かマシな気がした。ジェイドの性格から言っても、いきなり突飛なことはしないだろう。
「じゃあ、ここに来い」
え、と思ってアルマが顔を上げると、ソファにどっかりと座り込んだジェイドが長い脚のそのふとももをぽんぽんと叩いていた。
アルマが怯んでいると、ジェイドは両腕を広げて見せる。ここに来い、そういうことだ。いや、そういうことだもなにも、ハッキリそう言っていた。
「……」
アルマは恐る恐る近づく。嫌なわけじゃないが、やはり、これも恥ずかしかった。
ジェイドと想いが通じ合う前、ジェイドに好きと言って欲しいといやいやしていたことを思い出す。自分は、こういうことをして欲しいがために、ああやってねだっていたのか? と考えが飛躍する。
「嫌ならいいが」
「……じぇ、ジェイドはしたいんですか」
膝抱っこ。
コクリとジェイドは頷く。
それはそうだろう。そうでもなければこんなことしない。したいからアルマを誘っているというのに。
意を決して、アルマはジェイドの股の間に座り込んだ。
アルマは決して女性としては小柄というわけでもなく、平均的な体格をしていたが、それでもすっぽりとジェイドの身体に包み込まれてしまう。
「……ああ、思っていたより、小さいんだな。お前」
後ろからアルマを抱き抱えながら、ジェイドが嘆息する。
想像よりも近い距離からジェイドの声がしてアルマはなんだか焦ってしまう。
「じぇ、ジェイドに比べたらほとんどの人は小さいですよ」
「お前は特別、小さく感じる」
アルマを抱き抱えたジェイドがクスクスと笑う。腰を抱く手のひらが笑うのにあわせて揺れるのがこそばゆい。
「……お前はやっぱり演技が下手だったんだな」
「え、えぇ?」
「あの時と一緒だ。反応が」
ジェイドの声は楽しげだった。
「……えぇと」
「かわいい」
「……その」
「あの時も、好ましいと。そう言っただろう?」
言っていた。
それはアルマも覚えている。「好ましい」と平然と言ったジェイドが、すぐに涼しい顔ですましていたことも。
「こうされても、嫌じゃないんだな?」
「……はい」
「それならよかった」
ふふ、とジェイドが静かに笑う。
「俺を意識してそうなっているなら、俺は嬉しい。かわいい」
アルマは知らなかったが、実は、ジェイドは好きなものは甘やかしたいタイプなのではないだろうか。
アルマを膝に抱えて抱っこして、やたらとジェイドは嬉しそうだ。
(ジェイドって、こういう感じなんだ……)
「な、慣れるようにします」
「別に慣れなくてもいい」
「ええっ!?」
「そうしているお前を見ているのは面白いし、かわいい」
「……慣れます!」
「そうか。それはそれでいいな」
(……なにがいいんだろう?)
アルマは首を傾げるが、いまいちジェイドの言葉が指す意味はわからなかった。
アルマとジェイドの人生は、おそらく長いだろう。いつかはきっと──慣れるのだろうか?
私は永遠にこの人に翻弄され続けるんじゃないだろうか。アルマは訝しんだ。
実は最終話掲載した時には書き上がっていたのですが「余韻が台無しになるのでは!?」みたいな思いがあり、ちょっと寝かせていて1ヶ月経った今こっそり載せてみます…。
何とは言いませんがわりとジェイドは""強い""方の男です。




