最終話 元聖女は隠居した魔王と暮らす
「……アルマ」
城下町から屋敷への帰り道。西の森に入り、どれほど歩いた頃だろうか。
アルマは、ジェイドの声で振り向く。
どうしたのだろう。いつになく真面目な顔のジェイドが、そこにいた。
ジェイドはアルマがしっかりと自分を見ていることを確認すると、ゆっくり口を開いた。
静かな森の中、木々が風に木の葉を揺らす音に混じり、ジェイドの低い声が響く。
「これからも、俺と一緒に暮らしてくれるか?」
「……え?」
アルマは戸惑う。
何を今更、と思う。むしろ、ジェイドに追い出されたら困る。
それ以外の選択肢があるわけないのに、なぜそんなことを今聞くのだろう。
「……困っているのか? 嫌か?」
「そんなわけ、ないじゃないですか」
「……伝わっていない……か」
ジェイドは片目を窄めて、口元に手をやった。
「──告白した、つもりだった」
この人は何を言っているのだろう。アルマは目を丸くした。
告白、とは。それは。
「わ、わからなかったです」
「そうか、難しいな」
「だ、だって」
急だ。脈絡がない。今日だって、特別な日じゃない。一緒に街まで買い出しに行った、その帰りだ。
なんの変哲もない、日常。アルマがずっとこのまま続くと思って油断していた帰り道だ。
何かあったとすれば、行く道でアルマがちょっと生意気なことを言ってみせたことくらいだ。
まさかアレが? アレがきっかけで?
ジェイドからは、特に言われないのかと思っていた。ただ、ジェイドのことが好きな自分のことを否定せず、受け入れてくれていることが、ジェイドなりの愛情の示し方なのかなと、アルマはあまり期待していなかった。
だから、今日だって行きの道すがらあんなふうに言えたのだ。
自分とのことはちゃんとしたい、と。確かに言ってもくれていたけれど、それが今日くるとは、アルマは全く想定していなかった。
いや、ジェイドが急にこんなことを言い出した理由はわからないけれど、それはどうだっていい。大事なことは、ジェイドが、それを言ってくれたということだけだ。
「……わからなかったから、もう一回、言ってください……」
アルマはジェイドに歩み寄ると、ジェイドの服のすそを、ぎゅうと掴んだ。
どきどきとしてしまっているアルマは、ジェイドの顔を見上げられなかった。祈るような気持ちで俯きながら、ジェイドの胸に頭を預ける。
トクトクとジェイドの落ち着いたリズムの心音と、温もりが心地よかったが、それでもアルマの心臓の早鐘は止まってはくれなかった。
やがて、ジェイドの手がアルマの頭を撫でた。アルマの栗色の髪を大きな手のひらが撫でる。
「アルマ」
そして名前が呼ばれた。
「好きだ。俺と一緒に、いてほしい」
今度は、もっとハッキリとした言葉だった。
「……はい!」
アルマは大きな声で笑って返事をした。
すると、急に、視界がかげる。ジェイドの大きな体がスッポリとアルマを包み込むように抱きしめていた。アルマもまた、抱き返す。
「……嫌じゃないか?」
「嫌なわけないじゃないですか」
「そうか」
ぼそりと呟かれたジェイドの言葉にアルマは首を横に振る。ジェイドの身体に埋もれながらアルマはふふ、とはにかんだ。
ジェイドに抱きしめられて、嬉しくないわけがなかった。
「でも、なんでまた急に……」
「『貸し一つ』と言ったのはお前だろう?」
アルマが顔を上げると、細められたジェイドの眼と目が合った。
「俺はもう、お前には一生頭が上がらない。お前は俺の命の恩人だし、しかもお前の命を普通の人の一生のものではなくしてしまった。……責任はとらないといけないだろう」
「……なかなか私たち、対等になれませんね?」
「本当だな」
アルマがニヤ、と笑うと、ジェイドも同じように口角を上げた。
「いいです、私。あなたに、好きって言ってもらえたなら、それで。なんでも」
「……別に、責任を感じたから言ったわけじゃないからな」
「わかってますよ」
なんだかバツの悪そうなジェイドの言い方に、アルマはまたクスクスと笑ってしまった。
「……アルマ、俺を好きになってくれてありがとう」
ぎゅう、と抱きしめる力を強めながら、ジェイドはアルマのつむじのあたりに顔を埋めながら、囁いた。
「な、なんですか、もう」
「つまらんことでこだわっていて、悪かった。もっと早くに、お前が俺を好きと言ってくれたその時から、応えてしまえばよかった」
「……私は、そういうあなたが好きだと思いました」
真面目で誠実で、そして優しい男であるジェイドをアルマは好きになった。だから、いいのだ。
今こうして、自分と向き合って「好き」と言ってくれたのだし、アルマはそれで全て報われた。
しばらく、二人は抱きしめ合っていたが、森の中でずっとこのままというわけにもいかない。どちらともなく、自然と身を離す。
「……ありがとう」
そして、ジェイドはアルマに感謝の言葉を繰り返した。翡翠の眼が蕩けて、アルマを見つめる。口元は柔らかな微笑を浮かべていた。
恐ろしいほど顔の整ったこの男は、こんなにも穏やかな優しい顔で笑うことができるのだと、アルマはこの時初めて知った。
「アルマ、帰ろう」
ジェイドが差し出す手を、アルマは掴む。
かつて『聖女』と呼ばれていたアルマは、魔王が眠ると噂される西の森の屋敷で、この男と暮らしていく。
これでジェイドとアルマの恋愛進行度も100%です。お付き合いくださりありがとうございました。
初めての連載を最後まで書き切ることができてホッとしています。数ある小説の中から拙作を見つけて最後までお読みいただきまして本当にありがとうございます。
差込むタイミングに悩んで没にした番外編のお話や、これからの二人のお話もちょっと書いてみたい気持ちがあるので、また折を見て本作の世界のお話を書きたいなと思います。
少しでもお楽しみいただけましたら
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